#17 親睦会

《黄金色の脅威》襲撃の日。

 その日は朝からにぎやかだった。それはいつものことでもあるけど、いつものようにシオンが騒いでいてうるさいというわけじゃない。

 やっとみんなが待ち焦がれていた日がやってきたのだ。短期間で力をつけ《脅威》と戦う日が来たのだ。

 一度は兵士になることを諦めていたとはいえ心の奥底に潜む兵士になりたいという願望までは完全に死んでいなかった。ただ、兵士になってからやりたいことと言うものは変わった。死ぬのではなく生きるために戦うこと。

 ゆっくりと終わりに向かっているこの世界を終わらせないために。終末と言うものを考えなくてもいいように。アンカモクラス、通称特殊組の生徒たちは静かに闘志を燃やしていた。

 その様子をハイドは教室の隅で黙って見守った。誰も死なせないように作戦を練った。多少の不備は《脅威》相手には命取り。そのために何パターンも考えた。唯一問題があるとすれば。眠い。ただそれだけ。

 本当ならニウスに助言をもらいつつ作戦を立てられれば良かったのだが、それは本人に断られた。変に未来を知ると確定的な未来も不確定なものに変わるだとか。その辺はよく理解できなかったが彼女にしかわからないことがあるのだろうと特に言及はしなかった。

 それでもニウスは一つだけ教えてくれた。それは《黄金色の脅威》の襲撃時間。今日の正午ピッタリに奴は西側の森に上陸するらしい。

 それならば先回りしようとも思ったが、そうすると未来がよくない方向に進むと怒られた。

 ちなみに、《脅威》が襲撃するということをこのクラスの生徒と学園長以外は知らない。ニウスの予知だけじゃ本当に来るのかはわからないという学園長の判断により、特殊組の負けが決定してから避難を呼びかけるという。

 明らかに遅いだろとは思ったが口にしなかった。要は、勝てばいいだけの話だ。

 襲撃時間まであと三時間。そろそろ始めるか。

「みんな静かに。これから戦闘前の特別講習を始める」

 教室が静かになったのを確認し黒板に昨日考えた班編成を書き込む。


 〇一班:ロギル、ニウス、フィメロ、ミルム、ハイド

 〇二班:レイネス、ネクタ、タイニー、ニト

 〇三班:シオン、メグ、ロイス、ハドント

 〇四班:チコ、ラプト、トフレ、エドパス、シント


「ロギル、レイネス、シオン、チコ。お前らが各班の班長だ。これを持っていてくれ」

 昨日買った魔道具を各班長へと渡し簡単な効力と使い方を説明する。

「んで、作戦だが。相手は『イグティクション』、消滅の魔力と『インパクト』、衝撃の魔力を使うことが出来るとのことだ。だから、不用意に近づけば消される可能性が充分に考えられる。ここで復習だ。相手の魔力を発動させない方法を、ハドント、答えてくれ」

 妖魔族鬼種の生徒を指名する。頭に二本の角を生やした白髪ロングの美青年が何のためらいもなく答える。

「相手の魔力を上回る魔力を発動する、だな?」

「そうだ。それともう一つ。魔力が発動される前に攻撃を仕掛ければいい。つうわけで、作戦一。ニトによる奇襲だ」

「にゃ⁉」

 教室の隅に座っていた猫ベースの獣人族が猫の鳴き声のような声を上げた。

「ニトの特殊能力は気配を完全に消すことが出来る。《脅威》のところに向かう途中でニトは別ルートから向かい奇襲を仕掛ける」

「うちは固有魔力がにゃいんだけど」

「武器のハンマーにありったけの魔力を込めた一撃を頼む」

「んー、了解にゃ」

 ニトは敬礼で応じた。最初は嫌がっているように見えたが尻尾がピーンと伸びている辺り満更でもないのだろう。

「作戦二。奇襲が成功したら各班が分かれて囲む。奴は二足歩行で四本の腕を持つ。加えて背も高いから先に足をなくす。これを一班と四班で担当し、二班と三班は注意をそらしてくれ。そして、作戦三。足をなくしたら奴を囲んだまま全力で討伐にかかる。いいな?」

『了解!』

 威勢のいい返事の後、生徒たちは早速各班で集まり交流を始めた。

 ニウスもまた同じ班になったハイドの下へと向かう。

「先生」

「ん?なんだ?」

「本当に勝てると思う?」

「じゃなきゃとっくに逃げているさ。・・・もしかして、悪い方向に導いているのか?」

「ううん。今のところは大丈夫」

 ハイドを不安にさせてしまったようだが、ニウスの予知によればこの作戦は成功する。びっくりするくらいスムーズに。これは、確定した未来。ただ勝てるかどうかは今のところ五分五分。

 勝てるかもしれないし、負けるかもしれない。不確定な未来。キーマンとなるのはハイド。彼の行動次第で未来は変わる。これは言わない方がいいか。変にプレッシャーになっても困るし、最悪な未来が待ち受けているのだから。


 ―一班。

 この班は水獣族ロギルを班長とし、妖魔族のニウス。天使族のフィメロ。悪魔族のミルム。そして、エルフ族のハイド。計五名で編成されている。

 主戦力はロギルとミルム。申し訳程度にハイド。今回ハイドは指揮官も務めるため、戦力にどう影響するかはわからない。

「さてさて、俺の特殊能力は通じるかな」

「数値的にはちょっと」

「予知的にも」

「おいお前ら、仲間を口撃してどうする。なぁ?ミルム」

「安心しろ!オレがぶった切ってやっから」

「いやだから精神的攻撃を叩き込むな。ロギルのライフはもうゼロだ」

「おっと聞き捨てなりませんね先生。俺が女性に負けるわけ」

 言いかけてロギルはミルムを見る。

 悪魔族である彼女は紫髪ショートで頭に小さな角を生やしている。そして、軍服の上からでもわかるくらい筋肉質。身体能力だけならシオンにも匹敵する。

 一方でロギルは細身。身体能力は人並み程度だ。

「よし、オレと一戦交えるか?」

「遠慮する!」

 一瞬で頭を下げたロギルに一班は笑いに包まれる。

 特に心配はなさそうだなとハイドは安堵のため息をついた。


 ―二班。

 この班の班長はエルフ族レイネス。班員はドラゴン族龍人種のネクタ。小獣族のタイニー。獣人族のニト。四名編成の班だ。

 さて、困った。何に困ったのかと言えばレイネスは今までこの班員の全員と関わったことがなかったのだ。少しだけハイドを恨めしく思う。

「で、レイネスよ。貴様はどう思う?」

「えっと、何が?」

「聞いてなかったの?」

「『イグティクション』の魔力についてだにゃ」

「え、嫌な予感しかしない」

「だよね。僕もそう思う」

 そう言ってタイニーはレイネスの頭に乗った。栗色髪の彼は小獣族で体長は十五センチくらいしかない。

「ねぇ、タイニーって戦えるの?」

「もちろん戦えますよ」

「ほう?では期待していよう」

「あまり期待も出来にゃいけどにゃ」

「まぁまぁ」

 涙目のタイニーを慰めながら思う。ネクタは体が大きくて表情も読み取りにくいけど悪いやつじゃない。ニトはニトで容赦ない部分があるが、悪意はない。楽しんでいる。少なくとも自分の敵になるようなタイプじゃない。

 レイネスは安堵してほほ笑む。


 ―三班。

 火獣族のシオンが班長。班員は雷獣族のメグ。妖魔族鬼種のハドント。機械族のロイス。計四名。

「ねぇメグちゃん。今日のパンツは」

「言わないわよ?っていうかどうして女子のパンツを欲しがったり色を聞いたりするのよ」

「それ俺も思った」

「実ハ、ワタクシモデス」

 三人から視線を向けられたシオンはなんでわからないの?と言う風に首を振り、屈託のない笑顔を浮かべて答える。

「だって、可愛い女の子のパンツの色って気になるし欲しくならい?ね?ハドント君」

「俺かぁ?まぁ、わからなくも」

「あんた見た目だけは良いのに最っ低ね」

「いやいや、ちょっと待て。これは男としてはどちらかと言えば普通のことで。ちょ、視線が痛い。けど、男ならそうなんだよ。な⁉ロイス!」

「ワタクシ聞カレテモ困リマスネ。ワタクシハ雄トイエドモ機械デスノデ。マァ、コノ搭載サレタ目ナラ布ノ一枚ヤ二枚簡単ニ透視デキルンデスケドネェ。カッカッカ」

「よしロイス君。メグちゃんの」

「やめてよ⁉なんなのこの班。変態しかいないじゃない!」

「俺は健全だからな?」

「私もー!」

「デハ、ワタクシモ」

 とにかく三班は騒がしかった。

 これをたまたま目にしたハイドがため息をついたのは言うまでもない。


 ―四班。

 班長は氷獣族のチコ。班員は妖精族のラプト。風民族のトフレ。獣人族のエドパス。天使族のシント。計五名。

 ラプトが三班を見てため息をついた。

「シオンちゃん。大丈夫かな」

 シントが一班を見てため息をついた。

「フィメロのところには先生がいるから大丈夫だろうけど、心配だなぁ」

 この二人を見てチコがため息をついた。

「まったく。あんたらはあの子らの保護者か。んでもってあんたら似てるよね。心配性でしっかりしているところとか」

「先生に言えば変えてくれるんじゃない?」

 と、トフレ。

「俺らのことは気にせんでもいいぞ?」

 と、エドパス。

 しかしラプトとシントはきっぱりと断る。

「先生が班分けをしたんですから何かしらの意味があると思うんです」

「だから、僕らはわがままを言っちゃいけない。それもまた、兵士としては重要なことでしょう?我慢することって」

「本当にしっかりしているよね。小さいとそんな風になれるのかな。トフレ、どう思う?」

「なんで僕に聞くんですか」

「小さいって言うのはやめてもらってもいいですか?」

「同感です。というか僕はそんなに小さくもないので」

「俺から見ればみんな小さいがな」

「エドパスがでかいだけっしょ。ねぇ、トフレ」

「だからなんで僕に聞くんですか。どうでもいいでしょ?身長のことなんて」

「ありゃトフレも気にしてたか」

「・・・そんなことないですし」

 トフレのふてくされたような態度にみんなして笑った。

(まさか、私の実践遠征がこんな和気あいあいとしたものになるなんてね)

 これはこれで楽しいかもとチコも一緒になって笑った。



 それから何者にも邪魔されることなく時は流れ、アーウェルサは正午を迎える。


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