#15 もし明日、世界が終るなら―抗え
チコが実践遠征に行くことをハイドは知っていた。それが一週間後から始まるということももちろん知っている。実践遠征をするにあたり、チコの特殊能力や魔力の状態を学校に報告したのはハイドなのだから。一週間後を指定したのもハイドだ。まだ教え切っていないことがあるからとかなり無茶を言って少しだけ当初の予定よりも遅くしてもらった。まぁ、教え切っていないというのはただの方便でしかないのだが。
チコが遠征に行くまでの一週間。ハイドのやることは変わらない。教師として兵士を目指す子供たちを指導するだけだ。
今日という日は《緑色の脅威》の襲撃以後初めての授業の日だった。あくまでもいつも通りに授業をしようと意気込み教室に入ると、そこはハイドの知らない空間だった。
静かで、まるで葬式後かのような空間。クラスメイトが二名も亡くなり仕方のないことかもしれないが、一部を除いて意欲と言うものを感じられなかった。一言でいうのなら、居心地が悪かった。
レイネスもまた居心地が悪いと感じていた。
元々静かな空間が好きだが、この空間はただ静かなのではなく空気が重たい。
(兵士になりたくない)(死にたくない)(帰りたい)(パンツの色は何色だろう)
明らかに能天気なものもいるがクラスの大半の生徒たちはそう言った負の感情を持っている。
ハイドはそのことに気付いているのだろうかと教壇を見上げたのと、ハイドが口を開けたのはほぼ同時だった。
「授業を始めるぞ。つっても最後の授業が数ヶ月前だから復習からな」
こんな雰囲気のなか普通に授業が始まった。けど、生徒の大半は授業を聞いているようで聞いていない。
そのことをハイドは気づいている。気づいているうえで何も言わずに授業を進めている。
レイネスがその意図を掴めないまま授業時間の半分の時間が過ぎた。すると、ハイドは不意にこんなことを問いかけてきた。
「お前らはもし明日、世界が終るとしたら何をしたい?」
突然の質問に首を傾げる者・質問の意味を理解できていない者―これはシオンだ。
「もしも世界が滅ぶとき。それが《脅威》によるものだった時。何もせず無力感に打ちひしがれて散るか。ギリギリまで抗って散るのならどっちがいい?」
その問いに答えるものはいなかった。それでもハイドは構わずに続ける。
「力があれば、ギリギリまで抗えば《脅威》を退けることも不可能じゃない。前にシオンが言っていただろ?『命を懸けて世界を守る』と。それにトフレも賛同していただろ?レイネスも言っていたな。『生き残るために兵士になる』って。どっちとも《脅威》に立ち向かって何かを守ろうとしていた」
ここでハイドは言葉を切り教室を見渡した。生徒たちは突然始まった話に聞き入っている。
「お前らは兵士になることをここで諦めて世界が終るその瞬間まで何もしないことを選ぶのか?だったらどうしてこの学校に入学した?兵士になるためじゃなかったのか?」
全体的にどこか聞いたことのあるような話だなと思った。そして気づく。これはレイネスがハイドの来たその日に交わした会話だ。あの会話の内容を彼は彼なりに解釈して生徒たちを指導する教材にしている。
それに気づきハイドを見た。すると、ハイドもレイネスの視線に気づき、レイネスにしか聞こえない声で「ありがとう」と言った。
それが無性に恥ずかしくなりレイネスはうつむいた。
さて、どんな状況だろうとレイネスの優秀な耳は音を拾う。
(死なないために兵士になる)(死ぬわけにはいかない)(早く魔力を開花させて戦えるようになりたい)(パンツ欲しいなぁ)
こんな時でも呑気なシオン以外は皆やる気に満ち溢れていた。元からやる気はあったのだから元通りと言った方がしっくりくる。
それにしてもハイドは凄い。生徒たちを引っ張って行けるだけの力があって、教師として、個人としても生徒たちのことを想っていて、かっこいい。口に出せば調子に乗るだろうから何も言わないことにする。
「よーし、お前らのやる気が充分に戻ったところで、やっと本題だ」
ハイドは一切笑うことなく眉をひそめて深刻そうな顔をする。その様にただならぬ雰囲気を感じ取った生徒たちは真っすぐな視線で話始められるのを待つ。
「この島から西に数百キロ行ったところに、自然が一切ない無人島があるのを知っているか?」
生徒たちは揃って首を傾げる。数百キロの距離となれば一般的には視認することはできない。レイネスもそっちから何か音を聞いたことはないので島があることを知ったのはそれが初めてだった。
「その様子だとお前らは知らなそうだが、その島にはいつからか《黄金色の脅威》が存在している」
《脅威》と言う単語に教室がざわつく。
「静かに。その《脅威》は少なくとも俺がここに来る前から存在している。だが、そいつは動くことなくずっとその島にいた。そいつが近日中、一週間以内にこの島にやってくるらしい」
「じゃあ私の実践遠征は?」
チコが声を上げる。
「お前の実践遠征はそれになる。で、本当に話したいのはここから。勘のいい奴はもう気づいているかもしれないが、《黄金色の脅威》を対処するのがうちのクラスということになった」
またも教室がざわつく。
つい
「私たちだけ、ですか?」
びくびくしながらラプトが訊ねる。
「今のところはその予定だ。なんでも、今回の相手は集団で挑めば挑むほど生存率が下がるらしい」
「じゃあ、なんで私たちなんですか?」
「ニウスの予知によるとこのクラスだと勝てるらしい」
一斉にニウスへと視線が集まるが当の本人は無反応。
「このクラスなら勝てるっていうのは、まだ不確定な未来。勝てる可能性が限りなく高いってだけ。けど、確定している未来もある。このクラスの生徒たちは一週間以内。《脅威》の襲撃までに覚醒する」
静かにそう言ったニウスの言葉にハイドが付け足す。
「ここ数ヶ月の間、授業はしていなかったが街の復興活動をしていただろ?その時に魔力や特殊能力を使わなかったか?それがトリガーになったらしい」
何人かの生徒は落ち着きなくそわそわしだした。覚醒しきっていない生徒も半分くらいは覚醒しているらしい。
「つーわけで、《脅威》が来るまでにお前らを徹底的に鍛えてやるから覚悟しておけよ」
にししと笑ってハイドは言う。
「ちなみに最悪な未来だと世界は終わる。最善の未来だと全員が生きてハッピーエンドだそうだ」
その言葉にレイネスは嘘を感じ取った。最悪か最善か。もしくはその両方が嘘である可能性がある。
レイネスはその日の授業が終わった放課後にハイドの下へと向かった。授業の合間は本当に厳しい授業ばかりで体を休めることに精いっぱいだった。
「先生、聞きたいことがあるんだけど」
「ん?どうした?《黄金色の脅威》についてか?」
「ううん。違う。何か、隠してない?」
嘘ついてない?とはさすがに聞けないので遠回し聞く。
「そりゃ隠し事はあるさ。特に過去に関してとかな」
「そうじゃなくて、ニウスの予知についてとか」
「まさか。それはないぞ。俺はあいつから聞いたことを正直に話しただけだ」
この言葉に嘘を言っている様子はなかった。と、いうことはニウスがハイドに嘘を教えたということだろうか。けど、ハイドが言っていることに嘘を感じたのだから嘘を言ったのはハイドのはず。
「何か気になることがあるなら直接ニウスのところに行ったらどうだ?大抵あいつは放課後に時間は図書室にいるはずだ」
「うん、そうする」
これ以上ハイドと話しても何も聞きだせそうになさそうなのでハイドの申し出通りニウスに話を聞くことにする。
ハイドと別れたその足で図書室に向かうと、ニウスがただ一人椅子に座って本を読んでいた。表紙に書かれたタイトルは『聖魔大戦の真実』。昔起きた戦争の考察本のようだ。
「レイネス、待ってた」
レイネスが傍によると、ニウスは本から一切目を離さずに言った。
「聞きたいこと、あるんでしょ?」
む。ばれている。ということは聞きたいこともわかっているのか。
「私からあなたに話すことはないよ。けど、そうね。一ついいこと。一つ忠告してあげる。どっちから聞きたい?」
いたずらっぽい笑みを浮かべてニウスは笑う。茶髪ツインテールの子供のような表情。この子のそう言う表情をレイネスは初めて見た。
それにしてもいいことと忠告。変わった選択肢の出し方だ。
「いいことからお願い」
「わかった。良いことっていうのは、私の特殊能力について。簡単に言えば予知なんだけど、予測できない未来もあるの。覚醒していないとかそう言うのじゃなくて。予知できない未来っていうのはね神が関連していたり、『奇跡』っていうイレギュラーな事態が発生したりした時。それは私には予知できない。だから、私の予知は完璧じゃない。それだけは覚えておいて」
頷く。
「次。忠告ね。前にあなたに話した不確定な未来が確定的になってきているから。気を付けて」
頷く。頷いた時にはもうニウスは本を閉じ図書室から出て行っていた。
聞きたかったことは分からなかったけど、情報は増えたしそれに嘘はなかった。『奇跡』か。レイネスは基本的にそう言ったものは信じない。奇跡なんてただの積み重ねの結果だとも思っている。だから、これからのことはニウスの予知通りいくのだろうと容易に察しがついた。
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