#14 どこの世界もどんな時も
《緑色の脅威》の襲撃からあっという間に数ヶ月が経過した。
はじめの一ヶ月ほどは、壊れた街の復興作業のため学校での授業はなし。仮に復興作業がなかったとしても授業なんてやっていられなかったと思う。
クラスメイトが二名も死んだのだ。他のクラスの犠牲者はもっといたようで、特殊組は比較的少ない犠牲者で済んだらしい。
だからどうした。生徒たちの同級生が死に、自分の教え子が死んだことになんの代わりはない。
―真っ赤な血。光のない目。不自然に曲がった手足。それから異臭。
あぁくそ。嫌なことが思い出される。あの時とは状況も場所も違う。完全に自分が悪くないというわけでもないが、それでもあの時のように全ての罪悪感を背負わなくて良いはずだ。
けど、教え子の死というのはどんな状況下だろうと辛い。
班分けなどせずにまとまって動いていれば犠牲はなくて済んだかもしれない。生徒にとっての教師は指揮官のようなものだ。指揮官であるハイドが出した指示に生徒たちは従い、結論として犠牲が出た。だから、犠牲が出たのは指揮官である自分のせいだ。
「先生、あまり自分を責めないで」
声をかけられて我にかえる。気づけば自分の背後に誰かが立っていた。ハイドは振り返ることなく言う。
「レイネス、いたのか」
ここはいつぞや《灰色の脅威》を目にした屋上だ。そして放課後の時間。前と違うのは夕日が見えずどんよりとした雲が空に広がり少し肌寒いことくらいだ。
「先生、言っていたよね。私たちを、立派な兵士にするって」
言った。実行もした。少なくともそのつもりでいる。その末がこのざまだ。
「教師も、職場も、俺には向いてなかったんだよ。お前の言う通りだった」
「違う。前にも言ったけど、私にとって先生は必要。先生の判断は間違っていなかった。これは、ニウスの言葉なんだけど『先生があの時に班分けをしなかったら、処理が遅れて犠牲者はもっと増えていた』って」
ニウスがそう言ったのなら間違いはないのだと思う。彼女の予知能力は優秀なもので、何通りもの未来のパターンが見えているのだと言う。最悪から最善までの数々の未来。班分けをしたのは正しかった。それはわかった。けどそれでも、あの二人は死なせたくなかった。他にも、二人が死なない未来だってあるかもしれなかった。
「あのね先生。あの二人は今回の戦いで死ぬ運命だったって。それは何をしても覆ることのない確定的な未来だったんだって。戦いが起きたのも確定的な未来。二人が死ぬところを見た子達には気の毒だけど、死んだ二人は死ぬ前に《脅威》と戦えてよかったと、私は思うよ」
死ぬことは決まっていたから自分を責めるなと背後に立つエルフ族の少女は言っている。
吹っ切ることはできない。忘れることもできやしないし忘れちゃいけない。けど、教師として、生きているあいつらだけでも立派な兵士にしてやらなくちゃならない。あの二人の死を引きずりながらもそれだけは果たさなくちゃいけない。
「明日から、またよろしくな」
振り返って言う。
「うん、よろしく」
無表情で、けれども少しだけ安心したようにレイネスは言った。
「あ、そうだ先生」
「ん?」
「なんで生きているの?」
「そりゃあ命があるからな」
「そうなんだけど。あの戦いで先生はお腹を貫かれていた。完全に、死んだように見えた。なのに、傷は塞がって、今もこうして生きている」
「んー、あー、そうだな」
そう言えば後で説明するって言っといて結局そのままだったか。さて、何処から話したものか。
「そうだな、長い話をかいつまんで話すと、三回だけ死んでも生き返る特殊能力を持っているってとこか。ただ、生き返るのにも頭か心臓が残っていなきゃいけないっていう制限付きだけどな」
レイネスは驚いて目を丸くした。
「ちょっと待って。そんなのあり?」
「ありかなしか、って聞かれるとなしってこともないだろ。実際、この世界には不死身の奴だっているだろ」
「そうだけど、だって、先生ってエルフ族でしょ?」
「そうだな」
嘘は言っていない。
「エルフ族がそんな能力を持っていたら絶対どこの里でも話題になる。なのに先生のことは知らない。ねぇ、先生。先生はどこの里の出身?」
ここでハイドはしまったと思う。やってしまったとも。レイネスは優秀な生徒だ。多分、ハイドが隠していることにも気づいている。いや、この考えていることすら筒抜けと言う可能性もある。今ハイドが隠している自分の正体。
「先生、人間なんだ」
やっぱりばれたか。
「隠そうとしないの?」
「ばれているならもう無理だろ。そうさ、俺は元人間。人間界で死にこの世界でエルフ族となった。それだけさ。まぁ、本当はこのことを隠さなきゃいけないんだが、お前なら大丈夫だろ」
「信頼してくれてるの?」
それとはちょっと違う気もするがとりあえず頷いておく。
「ねぇ、先生。先生が人間だったころ、教えて?」
「別に構わないが、長いうえに面白くないぞ?」
「それでも、いい」
「仕方ねぇな」
ハイドは頭をガリっとかいて過去の記憶をよみがえらせる。
俺は人間界にいるころは花井春斗と言う名だった。職業は今と変わらず教師。高校で数学を教える教師だったんだ。
まずどこから話そうか。え?教師になろうと思ったきっかけ?そうだな、ただ単純に人に教えるという行為が好きだったんだよ。それは今も変わらないけどな。ただそれだけの理由で俺は高校生くらいから教師を目指したんだ。
これは別に自慢と言うわけでもないんだが、成績は学校で一番よかったんだ。それで人に教えることが多くてな。内気な性格ではあったけど、教えることが癖になった。動機としてはこんな感じだな。
教師を目指す前は特にやりたいと思うこともなかった。こっちの世界のように何かが襲ってくるようなことはなかったし、こっちの世界のように特別な力を使えることもないしな。だから、教師になると決めてからは早かった。元々得意であった数学を伸ばしつつ高校を卒業後に教育学校へ入学。数年の実習と研修を繰り返して二十四歳になる歳で俺は初めてクラスの担任を持つことになった。これは極めて異例なことだった。なにせ、俺が教員免許を取って初めての学校で担任を受け持つことになったんだからな。
当然困惑したし今ほど堂々ともしていなかった。人に教えるのは好きだけど人前に立つってのはあまり得意じゃないんだよ。それでも俺は俺なりに頑張ってきたつもりだった。生徒たちの悩みの相談に乗ったり、できるだけ楽しくかつ分かりやすく授業をしたりした。そのつもりだった。
そう思い込んでいたから、俺は生徒の抱える本当の悩みと言うものに気付いてやることが出来なかったんだ。
簡単に言えば、俺の担当していたクラスでいじめが起きていたんだ。被害にあったのは物静かで本ばかり読んでいるような女の子だった。
彼女は授業を除くすべての時間で本を読んでいた。友達が少なそうだなと、当時の俺は見ていたんだ。
何回か進路のこともあって面談もした。その時に一度だけ友達はいるかって聞いたことがあったんだ。今にして思うと直球すぎた気もするが、彼女は笑って答えたんだ。「そんなものはいません」ってな。
そう言う子がいることも当時は珍しくなかったし俺はしばらく様子を見ることにした。それからだ、彼女がいじめられていると知ったのは。
いじめられていた理由は、彼女が本ばかり読んでいるから。ただそれだけだ。馬鹿らしいだろ?ただ本を読んでいるだけでいじめの対象になるんだから。ただ本が好きなだけの変わったところもない少女だったんだ。なのに、いじめは起きた。いや、起きていた。
それを相談されることはなかった。
言えば何をされるかわからない。信頼されていなかった。理由は考えれば考えるほど浮かんだ。だからこそ、相談されなかった自分が歯がゆく思った。
いじめが発覚したのはたまたま拾った一枚の紙きれだった。そこには誹謗中傷が書かれているだけだったが、それだけでクラスで何かが起きているのだと理解した。ご丁寧に彼女の名前が書いてあったものだからいじめの対象が彼女であることも理解した。
その紙切れをもって俺はとりあえず校長のもとに向かった。そこで何を言われたと思う?「気にするな。放っておけ」ってさ、一切感情をこめないで言ったんだ。
それは何かが違うということはできなかった。けど、俺は静かに行動を開始した。
進路の相談としてクラスから事情徴収を行い、彼女の兄が精神障害で不祥事をおこしていたことを知った。
そう、彼女自身に変わったことはなかったが彼女の周りが少し普通とは違っていただけでいじめが発生した。
くだらないって思うだろ?けど、それが人間っていう生き物なんだ。自分と違うところを見つけて弱さに付け込んで自分よりも下であることに気付いて強がる。そんなろくでもない種族だ。
いじめが発覚してから彼女に対するいじめは止まらなかった。俺がいじめに気付いていることをわかっていながら激しさは増したんだ。そんな折、いじめられていた女の子は俺に言ったんだ。「先生が余計なことをしたせいだ」ってな。
それはショックだったし校長の行った通り放っておけばよかったかもしれないって思った。けどそれは人間として見過ごすことはできなかった。教育委員会にも申し出たが、そこではあくまで書類のアンケートを取っただけ。そこに正直に書くようなバカはおらず「いじめはない」ってことにされたんだ。それが、俺の二つ目の大きなショックだった。
それから一年後のことだ。彼女の学年は上がり俺はその子の担任ではなくなった。けど、クラスが変わってもいじめは続いていたらしい。それでも、止めようとする教師はいなかった。俺もまた、クラスが違うと言う理由で関わることができなくなっていた。
そして、彼女は高校二年生の夏に自殺した。
教室の窓から飛び降りたんだ。
俺はそのとき職員室にいたんだけどな、運がいいのやら悪いのやらで窓側にいた。その横を彼女は落下していったんだ。だから、俺は落下中の彼女を一瞬だけ見た。表情なんてわからなかった。けど、慌てて階下に降りて見たその顔には怒りと憎しみを感じさせられた。
頭から流れる真っ赤な血。見開かれているけれど光が全くない目。落下の衝撃か不自然に曲がった手足。
それが、俺の初めて見た死体だった。その光景は今でも忘れることができずに頭の中に残っている。
それからしばらくして、花井春斗という人間はこの世を去った。
最後までなにもできなかった虚しさ。悔しさ。教師の裏事情。その全てに俺は耐えることができなかったんだ。二十五という若さで、自宅で首を吊って死んだ。
「これが、俺の過去の話さ」
そう言ってハイドは話を締めた。
レイネスの表情は悲しみと怒りが混ざったような複雑なものだった。
「あくまで過去の話だ、こっちの世界でのおよそ三百年くらい前だな」
人間界とアーウェルサでは時間の流れが全然違う。明確に何年、何ヶ月のズレがあるかは明らかじゃないが、こっちの世界での一年は割とあっという間に終わる。人間界でもそう感じることもあるがそれとは違う。向こうが十二ヶ月で一年ならばこちらは六ヶ月で一年が終わる。感覚としてはそれくらいの差がある。時間の流れ方は違うからあまり考える必要もないことではあるけどな。
「で?まだ何か聞きたそうな顔をしているな」
「あ、うん。なんで元人間の先生がエルフ族になったの?」
「やっぱり気になるか」
人間界ではあまり認知されていないがアーウェルサとは人間にとっての死後の世界だ。いわゆる異世界というやつなのだが、本来人間の魂はここに送られ転生の順番が来るまで強制労働を強いられるのが一般常識だ。つまり、ハイドのように別の種族になるというのは極めて異例。
「ここの神様がいるだろ?」
「エスト・テリッサだよね?」
「そうそいつ。そいつが人間時の俺の待遇を気の毒に思ったらしくてな、本当に特別の特別。もう一度だけ生きるチャンスをやろうということで素直に受け取った」
「それでエルフ族を選んで教師になったの?」
「エルフ族を選んだのは俺の意思だが、教師になったのは本当にたまたまさ。本当ならゆっくりと過ごそうと思ったんだが、・・・異世界転生ものの物語ってわかるか?」
レイネスは首を横に振る。そりゃそうか。
「人間界にはな自分が死んで異世界に転生する物語っていうのが流行っていたんだ。そう言う物語は大きく二つに分けられる。一つは圧倒的なチート能力を手に入れる。もう一つが、何も与えられず理不尽な世界で頑張っていく」
「先生は?」
「俺は、蘇生と言うある程度のチート能力。それから、この世界のありとあらゆる、明らかにされている、はっきりしている知識と言うものが全て頭に入っている。圧倒的な力ではないが、そこそこのチート能力だな」
「チート能力。で、なんで先生になったの?」
「知識があったから。ただそれだけさ」
普通に使わない知識がたくさん蓄えられていたが、それをそのままにするのはなんだかもったいないなと思ったのと、教師と言う職業には未練があった。当然、あの出来事はトラウマになっていたため、直ぐにと言うわけにもいかなかったが、こっちの世界に来てから数年後、エストの助けもあり教師となった。
それまでは、ミリフェリアのように多数の種族が住む島。特産品は果物と言う平和なところにいた。
「さて、と。俺はそろそろ帰るよ」
話をしたらなんだかスッキリした。けれど、空に浮かぶは依然として分厚い。まるで、ハイド自身の心のようだと苦笑する。
レイネスには自分を責めるなと言われ、明日からまた頑張ろうと思ったのにまだ教師でいることを迷っている。生徒を失ったのは事実なのだ。また、失ってしまうかもしれないのが。怖い。怖くて仕方ない。向こうの世界と違い、こっちの世界で命は簡単に消える。ここの生徒たちは特に。
「じゃあな。また明日」
なんて考えていることをレイネスに聞かれても困るので、逃げるようにして屋上から退散する。しかし、
「待って」
止められた。
「あのさ、先生。もし明日、世界が終わるなら」
レイネスが口にしたのはあの質問。今は、答えられるような答えを持ち合わせていないんだけどなと振り返らず続きを待つ。
「もし明日、世界が終わるとしたら。私と一緒にいてくれる?」
・・・は?
普段なら何を言っているんだと一蹴していただろう。無理だとか、無茶言うなとか言って断っていただろう。なのに本当に明日、世界が終わるとして、そのときレイネスと一緒にいられたらどうだろうと考える。レイネスのことだ。きっと《脅威》に最後まで抗うから見ていてとかそう言う意味なのだろうとも考える。・・・冗談じゃない。
「あぁ、一緒にいる。そして、離さねぇ」
「え?」
レイネスの素っ頓狂な声が聞こえた。レイネスは後ろにいるため表情は見えないが、驚いているのは確かなようだ。そして、ハイドもまた静かに驚いていた。
「悪い。何でもない。一緒にいる。それは、約束する」
「もしかして、本当は嫌だった?」
「そんなことないさ。いつこの世界が終わるなってわからないけど、その時にお前と一緒にいられたら、今度は未練なく死ねそうだ」
「そう。よかった」
レイネスの表情は笑っているのか。困っているのか。言葉だけでは判断できなかった。しかし、それを確認することなくハイドは屋上を後にした。
「遅くならないうちに帰れよ」
そう言い残して。
レイネスはハイドが屋上からいなくなるのを目で見送りその背中が見えなくなったところで深く息を吐いた。と、同時に顔が赤くなるのを感じる。
「まさかあんなことを言われるなんて思っていなかった。って顔をしているねぇ。何かあった?」
「チコ⁉いつからここに?」
屋上のもう少し上、校舎内へと通じる階段のある建物の屋根の上に水色髪のチコがいた。
「ついさっきだよ」
そう言いながらチコは屋上に飛び降りた。
レイネスはついさっきと聞いて胸をなでおろす。
「具体的に言うのなら、考え事をしている先生に、『あまり自分を責めないで』って言っていた時くらいからかな」
「それ全然ついさっきじゃないから。むしろ最初っから」
レイネスの慌てふためくさまを楽しむかのようにケラケラと笑いながらチコは近づいてくる。
「あの先生が元人間でチート持ちだったとはねぇ。見た目じゃわからないものだよねぇ。あ、そんなに警戒しないで。ただちょっと話がしたいだけだからさ。あの、後ずさらないで?本気で傷つくって」
「だって、チコとする話なんて、ない。じゃあね」
そう言いながらチコの横を通り過ぎて帰ろうとする。
「冷たいなぁ。私の手のひらよりも冷たいよ。やっぱりあの先生にしか心は開いていないってことか」
聞き捨てならない。足をぴたりと止めてチコと向き合う。
「それ、どういうこと?」
「まぁまぁ、そんな怖い目しないでって。説明するからさ。あの先生が来る前、あんたは孤高の天才を気取っていた」
気取っていたつもりはないが、ここは論点ではないと何も言わない。
「実際魔力の扱いも身体能力も優れていたからそこは私も認めるよ。けど、あの先生が来てから、あんたはクラスとの交流をするようになった」
「・・・何が言いたいの?」
これは好意的なものじゃない。何と言うか、悪意をもった言葉のように聞こえた。警戒を強める。
「・・・羨ましかった」
チコのその言葉は風に乗りすぐに消えてしまったけれど、レイネスには聞き取れた。
「どういう意味?」
「簡単にあんたの凍り付いた心を溶かしたあの先生が。私たちの苦労が何だったのかわからないよねまったく」
本当によくわからなかった。理解できなかった。その感情が表情として出ていたのか、チコは薄く笑って言う。
「私とも仲良くして欲しいなって思ったり思わなかったりしてさ」
「あー、うん」
返答に困る。
いつだったかハイドにこんな話をした。「仲間という意識を持つと戦場で仲間が死んだとき、自分の戦闘に何かしらの影響があるかもしれない。だから、私は友情も愛情も必要ない」と。
思えばその話をしたころから既に心のどこかであの教師のことを信頼していた気もするが今はどうでもいい。今考えることはチコとの関係をどうするかだ。
ハイドが来る前は一人だった。ボッチだった。言い訳とかなんでもなくそれが楽だったからだ。最近はシオンやラプトとよく話すようになった。楽かどうかと聞かれれば、楽ではない。疲れる時もある。それでも、楽しいとは思う。ある程度親しい仲だと思うし、シオンとラプトにレイネスは友達かという質問をすればイエスと言う答えが返ってくる予想もできる。けど、レイネス自身が彼女との間に友情と言うものが芽生えているのかを考えた時。その答えはノーだ。
・・・本当にそうだろうか。友情と言うものはある程度親しいからこそ芽生えるのではないか?なら、レイネス自身が気づいていない。気づこうとしていないだけで友情は見えないけれどそこにあるのかもしれない。
「あのさ、そんなに悩まれるとこちらとしても申し訳なくなってくるんだけど」
「えっと、ごめん」
「何に対しての謝罪かはわからないけど。そうだ、そんなに悩むなら二択にしよう」
「二択?」
「そう。ズバリ、あんたは私のことが嫌い?それとも好き?どっちでもないは許されないよ?嫌いなら嫌いって言ってくれた方がいっそ清々しいからね」
なんて強引なんだ。チコのそう言うところはあまり好かないと思いつつ、中身自体はそこまで嫌いではないかなと思う。性格はシオンに似ているところがある。アレよりはまだましではあるけど、周りを引っ張って行くような、姉御肌というものを感じる。
「チコのことは嫌いじゃない。好き、だよ」
少したじろぎながらもそう言い切ったその瞬間。レイネスはチコの豊満な胸に抱き寄せられた。
体温があまり高くないのは氷の精霊である氷獣族だからいいとして、レイネスはその手で引き寄せられたのに凍っていない。彼女の特殊能力は『触れたものを凍結させる』はずなのに。
「行く前にあんたからその言葉が聞けて良かったよ」
「それって、どういう」
「あんたももう気づいているんだろ?私はね、特殊能力の制御ができるようになって、魔力も完全に開花したんだ。それで、来週から実践遠征に行くことになったんだ」
どこか寂し気な笑みを浮かべてチコはそう言う。
何とも急な話だと思ったが、よく考えればバセッタの時もそうだったなと思い出す。そのバセッタとは音信不通状態で未だ見つかっていない。
「ま、そんなわけだからあと一週間はよろしくね」
「なんだか、最期の言葉みたい」
「おっとぉ⁉私はまだ死なないからね」
けけけと笑ってチコはレイネスのことを抱きしめた。
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