#13 《緑色の脅威》は植え付ける
「先生、変わったね」
「何がだ?」
何がと聞かれるとそれも難しいが、
「全体的に」
と返しておいた。
つい数ヶ月前は兵にすることも戦わせることも拒んでいたというのに今回は街を守るために戦えと言った。一歩間違えれば死ぬ生徒もいるのに。これは大きな変化であるとレイネスは思う。
「魔力切れを起こして戦えなくなるようなやわな鍛え方はしていないからな。大丈夫だ」
「そ、先生がそれでいいなら、いいや」
教師が言うことが必ずしも正しいとは限らない。それでも、ハイドの言葉には妙な説得力があり正しいと思えるようになっていた。
これはレイネス自身の変化だ。心のどこかでこの教師のことを信用し信頼していた。
「ほんとこの二人は仲がいいねぇ」
「同族同士波長が合うということなんだよ。チコちゃん」
「お?シオンにしては比較的まともなことを」
「先生と生徒の禁断の恋とかめったにないシチュエーションだよね」
「うん、やっぱ取り消すわ」
後ろでそんなやり取りを交わしているのはシオンと氷獣族のチコ。
水色髪のロングヘアーで触れたものを一瞬で凍結させる特殊能力がある。
「お前ら、ばっちり聞こえているからな?」
ハイドが振り返らずに咎めるような口調で言った。
「さて、右前方に二匹いるな。チコ、やってこい」
「了解ー」
軽い口調でそう言ったチコは、これもまた軽い身のこなしで音もなく《脅威》の背後に回り手を付ける。すると、たちまち《脅威》は音もなく凍り付いた。
彼女もまたレイネス、シオン、ラプトのように特殊能力、魔力の開花をちらつかせているうちの一人。そんな存在がクラスの五本指に入る存在なのだが、それがこの班には四人もいる。けど、ラプトは絶賛気絶中だから戦力にはならないか。
「シオン、レイネス。ゴー!」
「「了解」」
チコの合図で《脅威》の下へ駆け寄り体得した体術で粉々に砕く。氷が少しだけ冷たかったが切り裂くよりも時間も体力もとられない。
「よし順調だな」
遅れてやってきたハイドが満足げに言う。
さっきからこれの繰り返し。それでも着実に敵の数は減ってきている。
「他は大丈夫なんかねぇ」
「大丈夫だろ」
「お?やけに自信たっぷりじゃん」
「当然だ。お前のように戦闘向けの特殊能力を持つ奴は各班に一人はいる。それに戦闘のイロハだって教えただろ。俺は優秀な教え子たちを信じているんだよ」
「うわ、気持ち悪い」
「そう言うのは心の中にとどめてくれ。傷つく」
ケラケラと笑いチコは次の目標を見つけ駆けていく。レイネスはその姿を眺めながら街中のかすかな音を聞く。
「ハイド先生を呼んで来い」「まずい、油断した」「死にたくないぃ」どこかの班がピンチのようだ。けど、助けに行けるような状況ではないし距離もある。戦場って残酷なんだなと思い知る。
「・・・ごめん」
小さく呟いてチコが凍らせた《脅威》を粉々に砕く。
―また音を聞いた。今度はピンチでもなんでもなく、どことなく余裕そうな男女の声。場所はここからそう遠くない。
「レイネス、この辺にはもういない。どこかめぼしい場所はないか?」
「こっち」
ハイドを先導し声が聞こえた方へと行く。好奇心で動いているわけではない。その場所がこの街に残っている最後の《脅威》なのだ。行かない手はない。
ここの市街地には珍しい大きな通りと狭い水路が並列した通り。そこにいたのはトフレ、エドパス、雷獣族のメグ、水獣族のロギル、妖魔族のニウス。
トフレ、エドパス、メグの三人は重傷。一方でロギルとニウスはほとんど無傷だ。
魔力の開花、特殊能力の覚醒が見えているロギルが無傷なのはまだ納得できるが、身体能力の乏しいニウスまで無傷というのには違和感を覚える。
「ニウスの特殊能力はもともと覚醒していたようなものだからな」
心中を察したかのようにハイドがつぶやく。
「予知能力があれば攻撃を避けることも可能だな」
予知能力。普段からあまり存在感のない彼女がそんなにも強大な力を持っていたとは。いや、知らないのも無理はないか。なにせ、彼女がこの学校に来たのはつい最近のことなのだから。
「お、先生が見てるね。ちょっと評価でも」
「右に跳んで距離を詰める。手を触れて蒸発」
「先に言うなよ」
なにやら文句を言いながらも紺色髪のロギルは茶髪にツインテールのニウスが言った通りに行動し、《脅威》の体はボコボコと音を立てて内側から爆発した。
「どんな物にも必ず水分がある。それを沸騰させて内側からドーンだ」
「さっき聞いた」
「困り顔のレイネスに説明したんだ。ニウスは少し黙ることを覚えろ」
「私が教えなきゃロギスは死んでたよ?」
「ありがとうございます助かりました」
何という変わり身の早さ。なんだか見ていて面白いコンビだ。
「よし、お前らよくやった。今のでこの街にいる《脅威》は消え去った。つう訳で広場に戻るぞ」
ロギルがメグを背負い、ハイドが重傷の生徒の応急手当をして背負っていたラプトをレイネスに、空いた体でトフレと巨漢のエドパスを魔力で強化した腕力で担いだ。そして、軽い身のこなしで屋根に飛び乗ると駆けて行った。
生徒たちは呆気にとられながらもそれに続く。
「ねぇレイネス」
「何?」
隣を走るニウスに話しかけられ、視線を進行方向に向けたまま返事する。
「これは確定した未来じゃないから聞き流してくれていいんだけど、先生とはこれ以上一緒にいない方がいいよ」
その言葉に悪意や咎めているような感じはなかった。心配されているようなそんな物言いだ。
特殊能力による予知。素直に聞いた方がいいのかもしれないが、確定した未来じゃないというのが気にかかる。
「私の予知能力は近い未来も遠い未来も見える。近ければ近いほど的確で、遠ければ遠いほど漠然と見えるの。レイネスから見えたのは遠い漠然とした未来。それには先生が関わっていて不幸が訪れるってだけ。具体的にはわからない。そして、変えることもできるから聞き流してくれていい」
じゃあどうしてこの子は聞き流してもいいようなことを話したのだろう。単純にそういう未来があるかもしれないから気をつけろ。ということか。
「ありがとう。気をつけるよ」
静かにそう言ってハイドの背中を追った。
広場に着くと既に他の二班が戻ってきていた。けど、全員が浮かばない顔で雰囲気も重い。そして気づく。人数が少なくなっていたことに。
「・・・誰か、報告してくれるか?」
ハイドも表情を曇らせながらも生徒たちに聞く。彼も気づいているのだろうが教師としては聞かなければならないことなのだろう。
「・・・ました」
誰かがポツリと言った。その声はあまりに細く、小さく、ハイドの耳には届いていなかったようだが、レイネスの優秀な耳は違う。『殺されました』という音声を確実に拾った。
「《脅威》に殺されて、《脅威》へと姿を変えて、今度は自分たちの手で」
今度ははっきりと聞こえたが、それも最後までは持たなかった。
レイネスたちも死体に寄生した《脅威》とは対峙したが、それは自分たちの知らない死体だった。けど、話してくれた彼らは違った。知らない死体ではなく知っている者の死体。ある程度親しかったものが殺されただけでもかなりのショックになるだろうに、おまけに《脅威》となって襲いかかって来た。そして、今度はそれを自分たちの手で息の根を止める。それがどれだけ辛いのかは同じ子供であるレイネスにはよくわかった。
そんななか、ハイドが出した指示は「全員、寮へと帰還しろ」だった。
生徒たちは黙ってそれに従い、学校の近くにある寮へと歩みを進めた。雰囲気は重く、何かを話せるような空気でもない。
去り際にレイネスが見たハイドの顔は今までに見たことがないほど険しく複雑なものだった。
アンカモクラス全十九名。うち死者二名。重傷者四名。軽傷者十名。これが兵士の卵たちの初陣の結果だった。
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