#11 成長した芽

 ハイドが《灰色の脅威》の破壊活動を見てから数日のように一ヶ月が経った。

 その間にハイドが恐れていたような事態は起きず、特殊組の生徒たちが立派な兵士になれるように日々指導してきた。

 アーウェルサの一般常識に始まり、魔術について、体術、戦術について、詠唱術について、兵になるうえで必要不可欠な知識を叩き込んだ。

 中には自身の特殊能力、魔力の開花を見せる生徒もちらほらと見受けられるようになり、そのたびにハイドはげんなりした。

 特殊能力と魔力が開花してもよっぽど特殊じゃない限りバセッタのように実践遠征が行われることもないという。

 唯一の例外ともいえるバセッタとの連絡が途切れてからも一ヶ月が経っているが以前消息不明。学校の教職員たちも生存している可能性は低いと結論付けた。バセッタのクラスの担当であるハイドもその可能性が高いだろうと、その顔を見ることは無理だろうと諦めた。

「なぁ、レイネス」

「ん、なに?」

 授業が終わった放課後の時間。かかしに向かって大きな剣を振るレイネスに声をかける。

「あの声が聞こえることってあるか?」

「ううん、ない」

「そうか」

 あの時気絶したレイネスから聞いた話によると、あの《脅威》の鳴き声を聞き頭痛を起こしたという。あれだけの距離がある音を聞いたのはさすがに初めてだったようで体にも負担がかかっていた。と言うのが保険医の判断だった。

「って、お前ひと月前よりもだいぶ剣の速度上がってないか?」

「え、そう?」

 本人に自覚はないようだがレイネスの持つ大剣の振るわれる速度が確実に速くなっている。もっといえばレイネスは汗をほとんどかいていない。

「ほんと、優秀な生徒だ」

 その小さな呟きをレイネスの優秀な耳は拾い動きを止めた。

「私は優秀なんかじゃ、ない。先生の教えが、いいいだけ。感謝してる」

「お前からお礼を言われるとはな」

「私だって、礼くらい、言える」

 若干怒り気味にレイネスは言った。それでもハイドは驚いていた。たったひと月でこんなにも変わるものなのかと。人間でもないのに。

「悪かった」

「別に、いい」

 そう言ってかかしに向かって剣を振り始めた。

 このひと月でレイネスのことも何となくわかってきた。

 一人でいることを好んでいるが大勢でいることに関しては苦に思っていない。誰よりも兵士になりたいと言う願望が強く努力家。それから、戦場で仲間意識を持つと自分の戦闘に影響が出るかもしれないから一人でいたい、友情も愛情も必要ないということらしい。これはレイネスから直接聞いたことで信頼していないから話せないと言われた内容だった。それでも話してくれたのだから一応は信頼されるようになったのだろう。教師としては嬉しい。

 と、レイネスの剣術を見ていると二つの影が屋外修練上へとやってきた。

「お?先生とレイネスちゃんだ!レイネスちゃん、今日のパンツは何色?」

「シオンちゃん!大声でそう言うのを聞くのはやめなって」

 緋色の髪のシオンと緑色の髪のラプトだった。

 レイネスと同じように自主練習に来たのかシオンの手にはメリケンサックが、ラプトの手には片刃の短剣が握られていた。

 特殊能力、魔力の開花がめぼしい二人だ。

 シオンは言動・行動からアホの子と思われがち、実際アホの子ではあるが高い身体能力を持ち、魔力を使わずともクラスの男子を圧倒する。

 ラプトは高い身体能力こそないものの真面目な性格が幸いし魔術に関することのほぼすべてを自分のものにした。

 そして、レイネスも魔力の開花をちらつかせている。さらにシオンを上回る身体能力、魔力の扱いにも慣れ、特殊組で一番兵士に近い存在となっている。

 特殊能力に関しては自己申告でしか把握できないのでラプト、レイネスがどの程度扱えるのかはわかっていない。が、近々覚醒してしまうだろう。

 教師としては大変喜ばしいことではあるが、ハイド個人としては、

「兵士に、なってほしくない?」

 剣を振りながらレイネスが聞いてきた。

「口に出てたか?」

「ううん。私の優秀な耳が、先生の心の声を拾った。先生が最初に言っていた、将来が楽しみって、こういうことだったの?」

 返答に困る。

 耳がいいと聞いた時にもしかしたらそうなるのかもしれないと思った。それが、心の声まで拾うということ。まさか、現実になるとは。

「まぁ、そんなところだ。で、どの程度まで拾える?」

「まだ先生以外からは拾ったことないし、タイミングもまちまち」

 じゃあ完全と言うわけではなさそうだ。というか、完全になったらレイネスの前では考え事も出来なくなるな。筒抜けになるわけだし。

 それにしてもだ。わずかひと月程度で特殊能力も力をつけてくるとは。いや、違うか。特殊能力は生まれながらに持っている力だ。たまたまハイドが来てからひと月と言う短い期間で大きくなったというだけだ。

 それがわかっているのに自分のおかげだと思ってしまっている自分を殴りたくなる。

「先生!見てみて、私の特殊能力!」

 そう声を上げるシオンの方を見る。

 メリケンサックを握る右手が数十メートル先のかかしを粉砕した。シオン自身は全く動かずに、だ。要すると、右手が伸びた。それをつないでいるのは燃え盛る炎。

「どう⁉」

「前よりも距離が伸びたか?」

 一度だけ、ここに来てから数日してから見せてもらった時には五メートルも伸びていなかったはずだ。それが、二倍ほどまで伸びた。

「すごいでしょ」

「あぁ、そうだな」

 けど、レイネス同様完全ではないか。やっぱり複雑な気持ちだ。

「あの、先生。私もいいですか?」

「ん?ラプト、もしかしてお前もか?」

「はい。そうなんです」

 マジかよとうなだれる。

 ラプトの特殊能力は植物と意思疎通ができると言うもの。レイネス同様自己申告でしかその能力がどの程度のものか知ることが出来ないが、前に聞いた時は聞くことしかできなかったと言っていた。

「最近、少しずつですけど言っていることを理解してくれるようになったんです!」

 嬉々としてラプトは話す。生徒からしても能力が芽生えていくのは嬉しいものなのだ。

「そうか、よかったな」

 優しく笑って言う。

 この学校で個人の感情を生徒にぶつけてはいけない。教師として生徒の成長は喜ぶものなのだ。

 あぁくそ。胸糞悪い。

 なんて口に出せるわけもなく心の中でとどめておいた。

「先生、やっぱり向いてないね」

「聞いていたか。で、それは職場か?教師か?」

「どっちも」

 せめて職場の方だけにしてほしかった。

「けど、私には先生が、必要」

「え?」

 かかしに向かって剣を振りながらレイネスは言う。・・・舌噛まないのかな。

「先生は嫌がっているし、生徒の成長を素直に喜べないのは、教師としてどうかと思う。けど、教え方うまいし、このひとについていけば兵士になれるんだって、そう思った。先生は、私たちが兵士になることを望んでいないようだけど、せめて私だけでも、最期まで導いて」

「そのつもりではある。けどな、俺は兵士じゃないし兵士としての経験もない」

「え?」

 レイネスが動きを止めてこちらを見た。その顔は明らかに困惑していた。

 それもそのはず。この学校の教員となるためには兵士としての経験が必要不可欠なのだ。

「なんで、先生はここに?」

「それは俺が知りたい。ただ上の指示に従っているだけだからな。だから、兵士の育成学校に転任と聞いた時は本当に驚いた。今までは一般常識を教える教師だったのにさ」

 この学校では新人だったというのはそう言うことだ。軍人としての知識は何一つなかったのだから。そのため、授業の時には一般常識を戦闘用にアレンジしたものを教えている。多分、他の教員にこれを知られると怒られるだろうが、教えているのが特殊組ということで何とか成り立っている。

 体術に関しては護衛術の知識しかないため、ただ見て思ったことを言うだけ。それがいいのか悪いのかは考えず己の直観力を信じた。結果的には成功と見える。

「これを聞いてもなお、俺から教わりたいか?」

「もちろん。先生は、必要」

 それは生徒として教師を必要としているだけだ。なのに、異性から真っすぐそう言うことを言われると図らずともドキッとさせられる。

 それを悟られぬようそっとその場を立ち去ることにした。

 ―どこからか強大な魔力が発せられた。

 それに気づいたのはハイドだけ。他の三人は魔力が完全に開花していないために他の魔力を感じることはできない。

 方角は北の方。この島の北側にあるのはたくさんの種族が住む市街地。そこに何かが迫っている。

「先生」

「レイネス、どうかしたか?」

「町の方から、悲鳴が聞こえる」

 魔力を感じずとも聴力で街の異変を嗅ぎ取ったらしい。

「ちょっと行ってくる。遅くなる前に」

 帰れよ。そう続ける前にレイネスが走り出していた。

「あ、おい!」

 慌てて追いかけようとし、いまだ鍛錬を続けるシオンとラプトには早めに帰るように伝え市街地へと向かった。

 視界にレイネスの姿はない。魔力をうまいことを使い先に行ったようだ。

「ったく。本当に優秀な教え子だよ」

 言いながら足に魔力を集中させた。

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