#8 戦闘講習
「これから戦闘講習を始める!礼!」
号令により横一列に並んだ生徒たちは静かに揃って礼をした。兵士の育成学校なだけに見事な一体感だと修練室の壁によりかかり眺めていたハイドは感心する。
特殊組全十九名がそれぞれ自分に見合った武器を手に特別講師であるトリアの話を聞いている。剣、弓、槍、薙刀、ナックルスター、メリケンサックに大鎌。それぞれこの島の市街地にある武器工房で作ってもらった特注品らしい。
ちなみに、トリアの腰には大きな剣が差さっている。なんでも兵長になった時に当時の神から与えられたものだという。
「さて、二人一組になってくれるか」
講師の指示により続々とペアが作られる。しかし、今日いる人数は奇数だ。あまりが一人でてしまう。
その余った一人は案の定と言うと失礼かもしれないがやはりレイネスだった。
「普段なら俺と組むことになっていたが、今日は適任がいるな」
そう呟きハイドをチラッとするトリア。なんだろう嫌な予感しかしない。
「暇だろ?協力してくれ」
「んなことだろうと思ったよ。けどな、俺は戦闘型じゃないぞ?」
「大丈夫なるようになるさ」
本っ当に適当な奴だ。が、ここでハイドが出ればトリアは他の生徒のことをきちんと見ることが出来る。そのことはちゃんと頭で理解している。仕方ない。やるか。
進まない気持ちで余ったレイネスの下へ行く。
「先生、戦えるの?」
「無理」
即答した。
生まれてこの方誰かとの戦闘経験などほとんどない。剣を握ったことも授業の関係上ある。けれどもそれはあくまで授業であり護身用なのであって戦闘用ではない。いや、一回だけ戦闘と言うものをしたことはあったか。
「『クリエイトウェポン タイプ:アタッカー』」
ハイドの右手に両刃の長剣が出現する。
その瞬間。場がざわついた。
そういえば、試練を受けなきゃ使うことのできない魔力だったことを思い出しながらレイネスへと改めて向き直る。
レイネスの手には華奢なその体には似合わない、トリアの持っている物とは大差ない大きさの剣が握られている。さすがにこれと素手で組み手をするわけにもいかない。
「武器の使用は許せよ?」
レイネスは驚きながらもうなずく。
「準備は良いな?各自、始め!」
トリアの号令で修練室内の空気が変わった。緩んだ雰囲気ではなくどこか張り詰めたような感じで、そこかしこから耳に障る金属音とトリアの指導の声が聞こえる。
生徒たちの顔は真剣そのもの。シオンも、ラプトも顔に汗を浮かべながらお互いに襲い掛かる。
「先生、余所見、厳禁」
静かな声がしたかと思えばすぐそばまでレイネスが近づいていた。その距離はおよそ三メートル。充分レイネスの間合いだ。
体を捻ることにより生じた推進力を利用し大剣が横に振るわれる。それをバックステップで回避したものの、レイネスの猛攻は止まらない。縦に、横に、斜めに途切れることなく続き、レイネス自身もそれに合わせて体の場所を変化さるため動きを捉えることも出来ない。
防戦一方。巨大な割に素早く動く剣に違和感を覚え眼に魔力を集中させる。すると、剣にもレイネスの体全体にも魔力がいきわたっているのが確認できた。身体能力の強化と武器の基礎能力の向上。魔力の扱い方がよくわかっている。
右からの太刀を左へ流し、後ろからの攻撃を身を捻って回避。時には手にした剣を使って受け流す。
力をものにできているようだが、まだまだ甘いな。戦闘に関しての知識がなくてもそれははっきりと分かった。経験則だ。
そろそろ終わりにするか。
手にした剣の柄を両手で構え薄っすらと魔力を纏わせレイネスの太刀を受け流すことも回避することもなく真正面から受け止める。
「なかなかやるじゃねぇか」
「っさい」
大剣がじりじりとハイドの方へと押される。
いくら兵士の卵とはいえ自分よりも細身。しかも子供に負けてはいられない。
足へと魔力を集中させ強く地面をけり大きくバックステップ。
支えるものがなくなりレイネスはバランスを崩した。その隙をつき再度強く地面を蹴ってレイネスの首筋へと剣を添えた。
「俺の勝ち」
にししと笑いそう言った。
「・・・大人げない」
小さく不満そうにレイネスは言って額に浮かんだ汗を拭いた。そして、気づく。
「先生、汗かいてない?」
ただでさえ軍服は暑いのに。それに加えてこれだけの運動をしたというのに。
「実際大して動いていないからな」
そう言われて思い返す。最初にバックステップで回避。その後はずっと同じ場所にいるハイドに向かってレイネスは攻撃を仕掛けていた。その時も受け流すか、回避をしていただけ。
「それだけでも、結構な運動量になるはずじゃ」
「んー?まぁ、いい運動にはなったかな」
レイネスは驚いて目を丸くする。
「どうして?」
周りを見ても、どの生徒も滝のような汗をかいているというのに。
「ハイドは魔力の使い方がうまいんだよ」
トリアがニコニコしながら二人に近づいてくる。
「どういうこと?」
「そのままだ。ハイドは魔力をどのようにどこに集めればどうなるかと言うのをよく理解している。目に魔力を集めるのにも種類があってな、視力を上げると言うものとハイドがしていたように魔力の流れを見ることが出来るもの。魔力の流れを見ることによってどんな攻撃が来るのかを見切ったんだよ」
「そう言うこと」
ハイドは満足げに言っているがレイネスにはまだ納得できない。組み手をする前に『俺は戦闘型じゃない』と言っているのをこの耳で聞いた。
「あれは、嘘?」
「いや、事実だ。ただ、教師をやっているとある程度の剣技が身につくってのと、そこの仕事バカに一回だけ鍛えてもらったことがある。・・・それも半ば強制的にではあったがな」
「悪かったって。なにせ鍛えがいがあるなと思ってさ。けど、やっぱりハイド、お前はここにきて正解だな」
む?レイネスの下した評価とは逆だ。
「トリア、どういう意味?」
「せっかく戦闘の素質があるのに今までは使おうともしなかった。もったいなかった。けど、ここなら戦闘スキルを磨くことが出来るし、お前らが立派に兵士になれる日も近づくってわけだ」
悔しいがトリアの言う通りなのかもしれないとレイネスは思う。
トリアはこんなに汗をかくのは魔力の扱いがまだまだ未熟だからと遠回しに言った。
扱いが上手くなれば。上手な者が近くにいれば。兵士により近づくことが出来る。
「先生。これからも、指導、よろしく」
「おう。任せとけ。俺はお前らの教師だからな」
ハイドがそう答えたのをトリアは内心驚きながら聞いていた。
つい先ほど、廊下で話した時は兵士にさせたくないような節があったが、今は堂々とそれが役目だからと言うわけでもなく、この男自身が兵士にさせたがっているように見える。
短期間の変化に単純だなと苦笑し、ここは特別講師として一肌脱ぐことにした。
「ハイド。俺と一戦願えるか?」
「断る」
即答した。ただの教員が現役と一戦したところで瞬殺と言うオチが簡単に読める。
「最近書類業務ばっかりで体がなまってさ」
言いながらストレッチを始めるトリア。
レイネスがそれを見てそっとハイドから離れ小声で言った。
「頑張って」
「え、おい」
他の生徒たちも組み手をやめて何かが始まろうとしているのを黙って見守っている。その目はきらきらと何かを期待しているように輝いていてとても断れるような状況ではない。
くそったれ。こうなりゃやけだ。
「『クリエイトウェポン タイプ:アタッカー』」
ハイドの手にもう一本剣が増える。
「準備は良いか?」
トリアが腰の剣を抜く。光り輝く刃。武器のレベルが違いすぎるだろ。
「加減してくれよ?」
双剣を構え戦闘態勢に入る。
「それはお前次第かな」
言い終わると同時。二十歩ほど先にいたトリアの姿が消え、次に現れた時は充分トリアの間合いだった。
大きな剣が横に振るわれるのをバックステップで回避。次から次へと来る四方八方からの攻撃を受け流しながらハイドは違和感を覚える。
この動きはさっきのレイネスと変わらない。再現しているといったところか。それでも一撃が重いし速さも違うからすべてが同じと言うわけでもないか。当然のことだ。トリアは魔力をきちんと扱えるのだから。
隙が無く反撃する間もない。ならば、作ればいい。『ないものは作ればいい』と誰かが言っていた。それとは少しばかりこの状況は違うかもしれないが気にしない。
腕へと魔力を集中し腕力を強化。さらに双剣をクロスしトリアの剣を真正面から受け止める。さらにトリアの勢いをそのまま後方へと受け流しバランスを崩す。
「うぉ⁉」
一瞬で右手の剣をトリアの首筋へとあてる。もらった。
「なんてな」
気づけばハイドの首筋にトリアの持つ刃があった。しかも、背後から。さっきまで正面にいてその首筋に自身の刃を突きつけたはずなのに。
「爪が甘いぞ、ハイド。そんなんじゃ立派な兵にはなれないぞ」
「ん、悪い。・・・いや、なんで俺が指導されてるんだよ。つか、何でレイネスと同じ動きをしたんだよ」
「その方があいつには伝わると思ったからだ。・・・レイネス!こっちへ来い」
呼ばれたレイネスが小走りで近づいてくる。
「お前の戦闘スタイルを忠実に再現してみたが、客観的にみてどう思った?」
「隙が、大きい」
「そうだな。いくら魔力で自分の体を制御したとて反撃のチャンスはいくらでもあった。まぁ、ハイドは気づいてなかったみたいだけど」
クスクス笑いトリアは言う。悪かったな、戦闘型じゃなくて。なんて言う気にもなれずただ黙ってどう指導するのかを聞くことにする。
「で、ハイド。レイネスから隙をなくすためにはどうすればいいと思う?」
「俺に振るなよ」
せっかく聞き専に回ろうと思ったのに。
「だって、わかっているんだろ?」
まったくもってその通りであるため何も言い返せない。だが、トリアが言った方が説得力が生まれると思うんだけど。
「身体能力は高いし魔力の扱い方も未熟ではあるけど筋は良い。それでも隙が大きくなるのはその身の丈に合わない大剣のせいだろうな。せっかくの身体能力が武器に相殺されて普通の人よりも若干速い動きにしかなっていない。と思う」
戦闘型ではない一般人からの視点ではあるがレイネスのそれは誰の目から見ても明らかであったように思える。
「と言うわけだ。そうだな、ハイド。その剣をレイネスに貸してやってくれ。で、レイネスの剣を持って少し離れろ」
トリアに言われた通り剣を一本レイネスに渡し地面に立てられた大剣を持ち上げる。想像以上の重さ。腕力を強化してやっと持ち運べた。
「よし、レイネス。いつも通りかかってきな」
ハイドが充分に離れたのを確認しトリアは言った。
いつも通り。できるだろうか。今のレイネスに握られた剣は普段の何倍もの軽さの長剣。一撃も軽い。それでいつも通りやれと言われても武器が違う時点でいつも通りにはならない。
それでも兵になるためにはやらなくてはいけないことだ。
「・・・行きます」
「あぁ、来な」
いつものように両手で剣を構え相手の懐へと入り込み横に振るう。
トリアはバックステップでそれを回避した。あくまでもいつも通りに。
回避行動によって生じた距離を一歩で詰め真正面から振り下ろす。それははじかれトリア後方で着地。間髪入れず足に魔力を集中させ地を蹴る。
後方から脇腹を狙った攻撃。いつも通りならそれは体に触れることなくはじかれ次の攻撃へと入るはずだった。しかし今回は違う。手にした剣は何にも邪魔されることなくトリアの脇腹へと食い込み勢いを変えぬままレイネスは通り過ぎた。
いつもと違う感触に思わず動きを止めトリアを見る。脇腹から血が溢れ出ていた。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててレイネスは頭を下げたがトリアは気にすることはないと言わんばかりに笑っていた。
「謝ることじゃない。俺が油断していただけだからな。まさか、素の速さがここまでだとは。あぁ、傷は気にしなくていいぞ。こんなのただのかすり傷だからな」
かすり傷と呼ぶにふさわしくない出血量にあたふたしてしまう。というか、どんな経験をしたらその出血量をかすり傷と呼べるのか。それが恐ろしかった。
「『キュアー』これでしっかり元通り。つってな」
回復術により出血は止まり傷も塞がった。だが、地面は大きな血のシミが残っていた。
「いやぁ、一分かからずに一本取られるとはな。俺もすっかり弱っちまったな」
「でもあれは剣が」
「確かに剣が軽かったのもある。けど、剣へ通す魔力が減る分を身体能力に回せる。それがどんな利点になるのかは言わずともわかるな?」
黙って頷いた。けど、その言い方だと。普段使っている剣を否定されることになる。それだけは認めたくなかった。
「あとはあの剣を使って同じ立ち回りが出来るように精進してくれ。俺からは以上。何か質問は?」
・・・あれ?
「え、私は、あの剣を使ってもいいの?」
ハイドには否定されたあの大剣を。
「何を勘違いしているのかは知らないが、あの剣は戦場に必ず必要になるものだからな。それに、お前にはあれを扱う素質がある。使わないのはもったいない」
そう言われ、剣をもらった時のことを思い出した。
あの大剣をくれたのはレイネスのいた里の長だった。里唯一この学校に行くこととなり、それならばと里に代々受け継がれてきた身の丈に合わない剣を渡された。レイネスはその里で生まれたわけでもないのに。本当の故郷は幼いころに《脅威》によって滅ぼされた。だからこの剣をくれたのかと今になってみれば思う。
「それは神器なんだよ。何代も前のエルフ族の神様のな」
「え?」
いきなりトリアが何か言いだした。
「エルフ族にしか扱えないということでどこかの里に保管されていた。それがその剣だ。《脅威》との戦いにおいて必要な戦力となる。その自覚をしっかりと持ってくれ」
「うん。わかった」
神器だと知ったのは今が初めてではあったけどそれが神器だろうと量産型の武器だろうと実際のところどうでもいい。ただ立派な兵になりたいという思いは変わらないのだから。
話は終わったと特殊組の生徒たちのもとに行くトリアと共にレイネスはハイドの下へ向かう。
「お疲れ」
「別に、疲れてない」
「あっそ。ほれ返す。お前の剣だ」
レイネスも借りていた剣を返し自分の剣を受け取る。自分の体には合わない。けれども大切なもの。いつか自分の思い通りに扱えるようになることを願い、その柄をぎゅっと握りしめた。
―ゴーン、ゴーンと授業の終了を告げる鐘が鳴る。
「おっともう終了か。あまり全体を見られていなかったような気もするが、各自立派な兵士を目指し日々の鍛錬に望んでくれ。以上!礼!」
「ありがとうございました」
言い終わるなりトリアは背中に白い鳥のような翼を出現させた。
「ん?もう行くのか?」
「これでも多忙の身だからな。じゃあハイド。またな」
「おう」
トリアは大きな翼を広げさっさと広い大空へ飛び去った。
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