#7 茶髪の天使族
レイネスがクラスの皆から拍手を受けていた。
それを確認し校舎内にいたハイドは耳への魔力集中を解いた。魔力を耳に集めることで聴力を強化し室内にいながらクラスの様子を聞いていたが、レイネスの特殊能力には敵わないのだろうなと苦笑する。
魔力についてレイネスが詳しいと知ったのは渡された資料にそう書かれていたからだ。それをラプトに伝えた。
校内放送で呼ばれたのは想定外だったがレイネスにとってはいい経験になったのではないかと思う。
教え方もうまかった。正直、教師をやっていて自信を無くすレベルで。あれに教師が向いてないと言われたら立ち直れるだろうか。
ちなみに、ハイドが職員室に呼ばれたのは単純に遅刻したことに対する叱責を受けるためだった。別に授業中じゃなくてもいいだろと思いながら悪魔族の教頭の話をガン無視した。
「あれ?ハイド?」
名前を呼ばれてハイドは廊下を見渡した。茶髪の人間にしか見えない青年が少し離れたところに立っていた。
「お、やっぱりそうだ。よう、久しぶり」
右手を挙げて近づいてくる青年に同じく右手を挙げて応える。
「今度はここだったか。教員職も大変だな」
「そんなことねぇよ。アークに比べたらな」
「そりゃ俺とお前じゃ職種が全然違うからな。つか、そっちの名で呼ぶなって前に言わなかったか?」
「悪かったよ。トリア」
笑いながらそう言う青年に笑いながら返す。
「けどよ、点より手前が名前で後が苗字じゃないのかよ」
「だーかーら。前にも言ったろ?『アーク』ってのは肩書みたいなものだって。『アーク・トリア』は本名じゃない。俺の真の名は『トリア・タジェルク』だ」
「はいはい、分かったって。でもさ、自分で名乗る時はアーク・トリアだろ。なんでだ?」
「そりゃ『タジェルク』って長いだろ」
おい、そんな理由かよ。もっとまともな理由があると思ったが、自分の名前くらいめんどくさがらず言えよ。
基本的に適当とみられがち、少なくともハイドはそう見ているトリアなのだが、その経歴だけは素晴らしい。
とある戦争でただ一人生き残り、天使族の王城で兵長として仕え、現在は神の秘書官。まるで何かの物語の主人公みたいなやつだ。
「特殊組がお前の担当クラスか?」
「ん?あぁ、そうだ」
「俺、次の時間受け持つことになっているからよろしくな」
「あー、うん、よろしく」
思わず返答に詰まってしまった。教師として生徒を導くと決意しておきながらまだ子供を兵士にすることに抵抗があるようだ。それを、トリアは何か迷いがあると判断したようだ。
「何かあったのか?」
「そんなとこだ」
相変わらず洞察力がいい。
「お前ってさ、あいつらを指導してからどのくらい経つ?」
「そうだな、十年以上は剣技やら体術やらを教えている。この学校は兵士を育てるための学校だからな。ここに呼ばれた俺の役目はあいつらが簡単に死なないように鍛えることだ」
つまり、兵士として立派にするとも解釈できる。そこに迷いはない。おそらく、それが普通なのだ。
「それはさ、《脅威》からこの世界を守るため、だよな」
「そうだな。今は兵士のほとんどが《脅威》と戦うために使われているからな」
使うという言葉に胸がチクリと痛む。
「《脅威》に対して神側は何もしてはくれないのか?」
「一応最低限の援助金は出しているようだが、悪いな。それ以上のことは何もしてやれていない。というかエストは《脅威》を《脅威》だとは考えていないみたいなんだよ」
「世界が終わりに向かっているとしてもか?」
「所詮は魔性生物だ。本当に世界が危機に瀕せばさすがにエストは動くだろうし、俺も戦うことにはなると思うぜ」
危機が近づいてからでは遅いだろ。そう反論しようとしてトリアの口から重大な事実が語られていたことに気付く。
「アーウェルサを襲っている《脅威》が、魔性生物だと?」
「現段階では俺もエストもそう考えている。どの種族にも似てもつかず妖魔族とも考えにくい。そうなると魔性生物と考えるのが妥当ってわけだ。ま、確たる証拠もないただの憶測でしかないんだけどな」
どこか残念そうにトリアは言っているが、さんざん《脅威》と言っていたものの正体がわかっただけでも充分大きな進歩だ。正体がわかれば対処だってできる。だが、疑問が生じる。
「魔性生物ってことは誰かが作り出しているってことじゃないのか?」
「その辺についての調べはついていない。確かに魔性生物は誰かの手によって生み出される生命ではあるけれど、自然と発生した例もある。総合的な戦闘力で見ても自然に発生した方が強いということも明らか。もっと言えば、あの大きさで《脅威》と呼ばれるほど強大な力を持つ魔性生物を作り出すには莫大なコストと費用がかかる。現在確認できている数は七体。これらを誰かが作り出しているとは少しばかり考えにくい」
「なるほどな」
そう言いながら校庭へと目を向ける。
ラプトがシオンの口を塞いでいた。また何か変なことを口走ろうとしたのだろうなと考え、ふっと笑みがこぼれた。
「なぁハイド。バセッタってクラスにいただろ?」
「実践遠征中の魔神族か。そいつがどうかしたのか?」
聞きながらトリアの顔を見ると楽しい話をしようとしているのではないとわかった。近況報告か何かだろうか。
「あいつの特殊能力を覚えているか?」
「悪いな、この学校に来たのは今日なんだ。バセッタと言うやつには会ったことすらない」
一応手渡された資料に情報もあるだろうがまだ全てに目を通したわけではない。
「こんな変な時期に転任?何かやらかしたか?」
「なわけねぇだろ。で?続けろ」
確かに新学期でもない変な時期と言えば変な時期でもあるが特別気にするようなことでもないと続きを促す。
「バセッタの特殊能力はな、周囲の魔力を無に変えちまうんだよ」
「・・・マジで?」
「マジで。昔は制御することができなくて周囲にある魔力を片っ端から使えなくしていたんだがな、つい一ヶ月前のことだ。制御できるようになったんだ。それと同時に魔力も開花した」
魔力を無効化できる魔神族。考えただけでもぞっとする。へたすれば世界が簡単に滅ぶような力だ。
「ハイド、どう思う?」
「恐ろしいなって」
「バセッタ自身のことじゃなくて、《脅威》に対してだよ」
《脅威》に対して、か。
トリアの言っていたように《脅威》イコール魔性生物だと仮定してみよう。魔性生物の正体と言うのは魔力の塊。それに魔力を無に変える奴が戦えば、
「勝てる?」
「かもしれねぇな。今まで撤退に追い込むのが精いっぱい。かつ、犠牲者もたくさん出た。だが、これからはその犠牲者を減らせ、さらに世界の終わりを止めることも出来る」
「そっか」
安心したような、少しだけ気が抜けたような。
あの子たちが兵士になって《脅威》と戦うことになっても生存率が上がる。
よかったと、心から思った。これで、何の迷いもなくあいつらを、特殊組の生徒たちを導くことが出来そうだ。
「そういえばハイド。今の時間って授業中だと思うんだが、俺と話していていいのか?」
やばい。すっかり忘れてた。というか、話しかけてきたのはそっちだろ。なんて言えず、急がなければならないこの状況でこんなことを聞いてみた。
「トリア、もし明日、世界が終わるなら何をする?」
きょとんとし、すぐに笑みを浮かべてトリアは答える。
「俺は、ギリギリまで終わりと言うものに抗うさ」
レイネスと似たような答えだ。心の中で苦笑しハイドは校庭へと向かった。
足に魔力を集中させた全力疾走により授業が終わるかなり前に先ほどと同じく教壇に立った。
「先生、遅いよ!だから後で」
「シオンちゃん!」
シオンが何かいけないことを言いかけラプトが口を塞ぐ。そのさまに苦笑を浮かべつつ自習の結果を聞く。
「魔力そのものについて話し合った結果をそうだな」
言っている最中にシオンが挙手した。
「チコ、頼めるか?」
「ちょっと!シオンに話させてよ」
正直お前からはチンプンカンプンな答えが飛び出てきそうであえて無視してみたんだけど。やる気なのはいいことだ。と、言うことにして渋々とシオンを指名する。
「いい先生?」
ビシッと指先を伸ばして立ち上がってシオンは言う。このポーズに何も意味はないと思う。
「魔力!すなわち命!」
そう言い切った。いや、終わりか?
「それで?」
「終わり!」
やっぱり終わりかよ。しかも満面の笑みを浮かべるなこの野郎。
「よしシオン。座れ」
着席させハイドは思いのほかまともな答えだったなと改めて感嘆する。
「いい線だな。魔力切れを起こしても死ぬことはないが、兵士になってからの魔力切れは常に死と隣り合わせになると思った方がいい。戦場では力なきものが簡単にくたばってしまうからな。まぁ、そうならないように魔力講習を行うわけだが」
タイミングばっちり。計ったわけでもないのにちょうどよく授業終了を告げる鐘が鳴った。
「と、言うわけで今日は終わりだな。魔力切れを起こしても戦えるように行う次の授業の準備を始めてくれ。あぁ、お前らの議論は聞いていてなかなか楽しかったよ」
クラスでどよめきが起こるのを背に受けハイドも次の授業の準備をしに一度校舎へ戻った。
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