#6 魔力講習

 学校裏にある広い校庭。

 土のグラウンドがあり、訓練用のかかしがあり、修練用の小屋があり、広いプールまで完備された広い校庭。その一角に青空教室を思わせる椅子と教壇。

 特殊組の生徒たちは戦闘用の軍服へと着替え各自席に座り教師の登場を今か今かと待っている。

 その中にはレイネスの姿もある。目で確認するには授業に出るしかない。本当なら従う必要もないはずだが魔力講習となれば話は変わる。

 この授業では魔力の制御、扱い方を主として学ぶ。アーウェルサの住民が戦闘時に一番使うのは身体能力ではなく魔力だ。兵士になるためにはさぼることはできない。

 ―ゴーン、ゴーンと授業の始まる鐘が鳴ると同時に一つの影が教壇に向かって突撃、止まった。

「よし、ギリギリセーフ」

 ギリギリでアウトだと思うがレイネスは口にせずハイドの言葉を待つ。

「これから魔力講習を始める。が、その前に聞きたいことがある。・・・お前らはどうして兵士になりたい?」

 クラスの大半、特にシオンなんかは質問の意味が分からず動揺の色を露わにしていた。

「自信を持って答えられる奴、いるか?」

 ハイドはどこか挑戦的な笑みを浮かべクラスの生徒たちを見渡す。

 生徒たちは誰一人として答えようとしない。答えがないのか。それとも、答えるという行為に抵抗があるのか。

 レイネスは後者だ。椅子に座りただじっと話が進むのを待つ。

「何だ?誰もいないのか?」

 残念そうにハイドは笑う。

「俺はお前らの担当教師となった。そうなった以上、お前らを立派な兵士へと導いてやる。だが、その前にどうして兵士と言う危険で報われないものになりたいのか。俺はそれが知りたい。それを知ることが出来ないのなら俺から教えられることもない。授業もできない。よって、魔力講習を終わ」

「ちょっと待ったぁぁあ!」

 大きな声がハイドの言葉を遮る。ハイドはそれを待っていたとばかりに静かに微笑む。

「私にはあるよ!兵士になりたい理由!」

 挙手してそう言うのはようやく質問の意味を理解したシオン。

「だって、カッコいいじゃん。命を懸けて世界を守るなんて。何かの主人公みたいだしさ!」

 きらきらと眩しい笑顔を浮かべて言うシオンに嘘を言っている様子はない。

「そ、そうか」

 あまりの勢いに若干引きながらもハイドは他にいないか生徒たちを見渡す。

 目が合った。ばっちりと。そして察す。これは言う流れだと。

 しかし、すぐにハイドの方が目を逸らし別の生徒を指名した。

「トフレ、お前はどうだ?」

 指名されたのは小麦色の髪をした男子。

「僕ですか?」

「そ、お前」

「僕は・・・」

 トフレは少し思案した後に言った。

「シオンと同じ、じゃあダメですか?」

「いや、別に構わないさ。理由が同じだろうとそれがこの質問から逃げるためじゃなくてしっかりと自分自身の目標となっているならな。・・・シオンと他の奴はいるか?」

 誰も手を上げない。発言をしない。妙な空気が流れる中またハイドと目が合った。今度は逸らされずに指名される。

「レイネス、どうだ?」

 聞かれたところでシオンと根本的なものは変わらない。《脅威》と戦いこの世界を守る。それ以外の理由。

「生きたいから、かな」

 ハイドがニヤリと笑った、ような気がした。

「兵士になって、無茶かもしれないけど、無謀かもしれないけど、《脅威》と戦って、勝って、生還して、生きるということを実感したい、から」

 生というものに執着はあまりないと思っていたが、自分は思ったよりもこの世界で生きていたいのだなと実感する。

 ハイドはレイネスの言葉を聞き白い歯を見せて笑った。

「よし、お前らがどうして兵士になりたいというのかがよく分かった。と、言うわけでやっと魔力講習を始める」

 そう言い終わるや否や設置されたスピーカーから校内アナウンスが流れた。

『ハイド・ナムハ。大至急職員室へ来なさい。繰り返す―』

「ったく、せっかくこれからってとこだったのに。・・・悪いお前ら。また自習な。そうだな、固有魔力と付加魔力。それから魔力そのものについて周りと話し合っていてくれ。戻ってきたら三つのうちのどれかを誰かに聞くから」

 そう言い残してハイドは校舎へと姿を消した。

 残された生徒たちは言われた通り魔力について考え始める。

「ねぇラプトちゃん。固有魔力ってなんだっけ?」

 隣に聞くだけなのに一々声の大きいシオンのその言葉はクラスの全員が聞いた。そして呆れたように苦笑を浮かべる。

「シオンちゃん。そのくらいは最低限覚えよ?えーと、説明するとね、固有魔力は各種族が決まって持つ魔力のことだよ。シオンちゃんは火獣族だから『ヴォルカニック』。私は妖精族だから『ベジテーション』みたいにね」

 ラプトは説明しながら自身の手のひらに赤い花を咲かせて見せた。

「へぇー、すごいね!」

「私はまだまだだよ。魔力が完全に開花しているわけじゃないからこの大きさ以上の植物を咲かせられないし」

 ラプトは恥ずかしながら言っているが特別恥ずかしがるようなことでもない。

 レイネスもそうであるエルフ族の固有魔力もまた妖精族同じ『ベジテーション』。レイネスもまだ魔力が開花していないがゆえに小さな花、よくて幼木を生やす程度しかできない。

 魔力が開花すればありとあらゆる植物を生やし、操ることが可能となるという。その開花の条件と言うのは成人になるか何かしらのきっかけにより起こるものらしい。

 きっかけさえあれば成人になる前に魔力が開花する。実践遠征中のバセッタがいい例だ。彼は特殊能力の制御が可能になったと同時に魔力が開花した。それにより、彼は子供でありながら一人の兵士として戦場に行った。

「ねぇねぇ、レイネスちゃん」

「ん?何?」

 気づけばシオンが目の前に立ちニコニコと笑顔を浮かべていた。

「今日のパンツは」

「シオンちゃん!違うでしょ!」

 何かを言いかけたシオンの口をラプトが小さな両手で塞ぐ。

「レイネスちゃん。ごめんなさい!」

「いや、えーと?」

 何が起きたのか理解できずにただただ困惑する。

「何か、あった?」

「はい、あのですね。付加魔力についてお聞きしたくて」

「・・・私に?」

「はい!それを頼むのをシオンちゃんがやるっていうから任せたら・・・本っ当にごめんなさい!」

 ただでさえ小さなラプトの体がさらに小さく見えた。ラプトはシオンの親か何かだろうかとも思ってしまう。

「気にしなくて、いい」

 ぽつりと言い、深く息を吐いた。

「一つ聞きたいんだけど、いい?」

「何でしょうか」

「どうして私なの?」

 ラプトは困惑と言うか、不思議そうにレイネスを見ていた。

「レイネスちゃんが魔力についての知識が深いと、ハイド先生が」

 あの教師が?なんでそんな余計なことを。

「それに、同じクラスメイトですし。あの、えっと、迷惑でしたか?」

 正直その通りだがそれを口にすることはためらわれた。きっとハイドがラプトに情報を与えたのは何かしらの意味があってのことのはずだ。変に動くのはいい方向には進まない。ここはハイドの何かしらの策略にかかってみることにした。

「別に、気にしなくていい。説明、するから」

「本当ですか!ありがとうございます!」

 ラプトはシオンの口に手を当てたまま、ぱぁぁぁと笑顔を見せた。それを気にも留めずに説明を始める。

「付加魔力っていうのは固有魔力と違って生まれながらに持たない。遺伝は除いてね」

「遺伝?何それおいしいの?」

 シオンがラプトから抜け出し口にしたのがそれだ。少し黙っていて欲しかったがまたラプトが止めたので構わず続ける。

「例えば、時の神であるメチ・エクルディ。彼女の家系は代々時の神になることを決められている。それに伴って、次の神となる子には『メニキュレイトタイム』という時間を操る魔力を固有魔力とは別に持っているの」

「おぉー」

 と、クラス中から歓声が起きるがこんなのはまだまだ序の口だ。

「遺伝じゃない付加魔力。これは、何か特別な職に就くとか、特別な経験を経ることによって身につく。身についてから開花まではそれなりに時間がかかるみたいだけど固有魔力よりは強力」

 例えばアーウェルサの現在の神であるエスト・テリッサは『セイクリッド』。神の秘書官で時々この学校で戦闘の特別講師をしてくれるアーク・トリアは『ブリリアント』。互いに天使族ではあるが、固有魔力である『ホーリーブライト』とは比にならないほどの光属性の魔力を扱う。

 エストの場合は神になってから身についたとされ、トリアに関しては過去にいろいろあったのだと直接本人から聞いた。

「ここまで、理解した?」

 ラプトに向けたはずの問いかけにクラスの全員がうなずきで返した。教師になったような不思議な気分になりながら説明を再開する。

「他にも付加魔力を習得する方法としてはポーションの摂取。これは一時的なものではあるけれど自分の持たない魔力をつかうことが出来る」

『爆発のポーション』を摂取すれば『インパクト』の魔力を。『火炎のポーション』を摂取すれば『ブレイズ』の魔力を誰もが使えるようになる。

「けど、この方法はおすすめしない。効果が長ければ長いほどその値は高価だし、安価なものでも学生の手には届かないくらい貴重なものだから。・・・何か質問、ある?」

 ぐるっとあたりを見渡し誰も何も言わないのを確認する。

「じゃあ私の話は」

「ちょっと待ってくれるか?」

 話を遮ってきたのは背中に茶色の翼をもつ、巨漢の鷲型獣人族の男。

「何?エドパス」

「『クリエイトウェポン』と言う武器を作るための魔力があるだろ?あれはどうすれば身につく?種族関係なしに持っているから付加魔力ということはわかるが、付加魔力と言うのは特定の魔力を身につけることも可能なのか?」

「うん。さっき話した特別な経験をすれば特定の付加魔力を得ることが出来る。ダークエルフ族は戦うことを宿命づけられた種族だから固有魔力として『クリエイトウェポン』を持っているけど、他の種族は試練を受けることで身に着けることが出来る」

「試練?」

「そう。詳しくは知らないけどこの学校はそれを受けさせてくれる、はず。というか卒業する前に全員が受ける」

「卒業試験と言うわけですか?」

「そういうこと、になるね」

 ラプトの質問にも答え一息つく。

「全員、理解した?」

 そう聞くとどこからとなく拍手された。

 驚いて目を見開く。今までにしたことのない経験だった。当然だ。人前に出ることはあまり好きじゃないのだ。だから今まで静かに生きてきたのだ。だからこんな風に囲まれて称賛されるのはどこか恥ずかしくて、けど心地よくて。変な感じ。

 しっかりしろ。自分は立派な兵士になるのだと自信に言い聞かせ何とか冷静にその場をやり過ごした。

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