#3 特殊組と黒髪
本当に黒髪のエルフ族だった。
レイネスはそう思いながらつい先ほどまでの教室の様子を思い出す。
学園長が朝礼で新人の新任教師がアンカモクラスの担当教諭になるといったのを聞き、運が悪いなと思いながら教室で読書をしていると、朝礼終了後に来た緋色の髪の少女が少女の友達にこんなことを言っているのを耳にした。
「森の中で黒髪のエルフ族の男性に助けられた」と。
緋色の少女が言っていたのを聞いたのはレイネスだけではない。少女の声が大きいゆえにクラスにいた全員がそれを耳にした。
「じゃあそのエルフ族が学園長の言っていた新人の新任教師なのかな」
「軍服に身を包んでいたからそうだと思う。って、新人の新任教師?」
「チェ!男かよ。可愛い女教師ならよかったのに」
「それは欲望丸出しだろ」
教室はどんどんにぎやかになっていく。
新人の新任教師が来ることを友達から説明された緋色の少女は黒髪のエルフ族について話す。
「身長は170くらい。男気に溢れた感じはなくて天然のイケメンだね。自分がイケメンであることに気付いていないというか何とも思っていないようなそんな感じ」
その説明にレイネスはエルフ族とは大体そんなものだろうと思った。
ナルシスト気質でもなければ自身が美男美女であることを気にしないのがエルフ族だ。自分もエルフ族ではあるが何度も可愛い、美しいと言われたことはある。
だが周りからの評価と自身の評価が必ずしもイコールではない。レイネス自身、自分のことを美しい、可愛いと思ったことはない。自分とは比べ物にならないほどの美貌を持つエルフ族もいるのだ。それゆえに悩んだこともあった。
なのに、周りはレイネスがエルフ族だというだけで容姿を褒めてくる。こちらの悩みなどお構いなしに。エルフ族に生まれたくて生まれたわけでもないのに。レイネスはエルフ族と言う種族が嫌いだった。
ゴーン、ゴーンと授業の開始を告げる鐘が鳴った。教室は一度静かになったが教師が現れず一向に授業が始まらないという事態に再び騒がしくなる。
「誰か呼びに行った方がいいんじゃない?」
「誰かって誰が?」
「お前が行けば?」
「やだよ。面倒くさい」
そんな声を聴きレイネスは読んでいた本を静かに閉じて静かに席を立った。
誰かが行かなくちゃならないのに誰も行こうとしない。無駄な会話ばかりが繰り広げられて埒が明かない。ならば、自分で行くのが一番早い。
レイネスが教室から出ると教室内は一瞬だけ静かになった。が、静かになったのはほんとうに一瞬だった。
「まさかあいつが行くとはな」
「いやいや、あいつだって所詮は女だ。同族の男となれば女として興味がわいても不思議じゃないだろ」
「他の奴に興味なさそうなあいつが?けど、同族となると妙な説得力があるな」
教室から離れてもレイネスの優秀な耳はそんな音を拾った。
言いたいだけ、好きなだけ言えばいいと職員室へと向かう。
そして今に至る。
緋色の少女が言っていたように新人の新任教師は黒髪のエルフ族だった。
魔族や脆弱な種族と呼ばれる人間しか持たないと言われているきれいな黒髪。
自分の生まれ育った里にはいなかった。その周辺にも、遠く離れたエルフ族の里でも黒髪のエルフ族がいたという情報はない。染色した可能性もあるが、この黒髪のエルフ族のそれは作られたものではなく天然のもののような気がした。
そうなると気になる疑問はただ一つ。後ろを歩くこの男は本当にエルフ族なのか。
足を止めてくるりと振り返る。
「ついたのか?」
そう訊ねてくる男に首を振りレイネスは問う。
「あなたは、その、何者?」
目を丸くする男。よく見るとその見開かれた両の眼も闇に染まったかのように真っ黒だった。これも普通のエルフ族には珍しいことだ。
「自己紹介は教室でやろうと思ったんだが。俺はハイド。ハイド・ナムハだ。こう見えてもエルフ族だ。よろしくな」
レイネスは今まで生きてきた経験からある程度の嘘は見抜ける。しかし、ハイドの堂々たる態度に嘘を言っている様子はない。隠すのがうまいのか。それとも事実なのか。
「えーと。うん、よろしく」
言いながら男に背を向けてまた歩みを進める。
横長の校舎、四階北側の突き当りを目指しレイネスは歩く。ハイドは名も知らぬエルフ族の少女に若干戸惑いながらも黙ってそれに続く。
いくつかの教室の横を通り抜けレイネスは特殊組の教室横で歩みを止める。
「ここが、私たちのクラス。入るときは、気を付けて」
きっと騒がれるから。とは言わずにレイネスは先に教室の中へ姿を消した。
廊下に一人残されたハイドは考える。
入る時に気を付ける?入り口に細工はなさそう、というか直前に使用されていたのだから問題はない。
となると入ってから気を付けろということか。・・・まさか爆発とかじゃないよな?
ありえない話ではないために想像してしまったことを後悔する。いやいや、そんなはずはない。ないと思いたい。
落ち着くために深呼吸をして静かにアンカモクラス、通称特殊組へと足を踏み入れた。
「黒髪のエルフ族だ!」
足を踏み入れた途端そんな声が鼓膜を突き刺した。次いで、
「イケメンだ!」
「黒髪って久しぶりに見た気がする」
「シオンちゃんの言う通りでしたね!」
「でしょでしょ!だから後でパンツ頂戴!」
「何で⁉」
なるほど気を付けろと言うのはこのことだったのか。こんなの事前に教えられていても対処のしようがねぇよ、と教室の中心あたりの席に座る先ほどのエルフ族をチラ見する。
銀髪の彼女はハイドが教室に来たことに微塵も興味がないかのように読書に勤しんでいた。
誰ともつるまないようなタイプだったか。こういうタイプは何かしらの闇を心に抱えていると経験が告げている。まぁ、来たばっかりでは力になることも出来ないだろう。
「んっうん!」
わざとらしい咳払いをしてハイドは黒板の前にある教壇に立った。
教室内の喧騒が徐々に収まっていくのを確認し、完全に物音がせず生徒の全員、ただし中心のエルフ族を除く全員がハイドに視線を集めるのを待ちやっと口を開く。
「これからアンカモクラスを担当することになった。ハイド・ナムハだ。見た目でわかりにくいかもしれないが」
「黒髪のエルフ族!」
森の中で出会った緋色の少女が声をあげる。ほらやっぱりすぐに再会した。
「その子の言う通りエルフ族だ。これからよろしく」
そう言って頭を下げる。
レイネスはその様子を一切見ることなく手にしていた本に目を通す。だが、その内容が全然頭に入ってこない。理由は単純明白。ハイドのせいだ。
自分には関係ないと思っていた新人で新任の教師がクラスの担当教諭。それだけでも予想外だったというのにレイネスと同族。さらには世にも珍しい黒髪・黒眼。
何と言うか、こう、厄介?いや、違う。うまく言えないけど、面倒ごとに巻き込まれるような、そんな予感がする。
と言っても、この学校にいる時点で面倒ごとに巻き込まれていると言っても過言ではないんだけど、とレイネスは心の中で苦笑し、名前を呼ばれていることに気付かなかった。
「レイネス・メリケル!」
「え?あぁ、はい?」
まさか優秀な耳が音を拾ってくれなかったのだろうか。そんなわけない、考えすぎていただけだと自分に言い聞かせる。
「具合が悪いなら医務室に行ってもかまわないが、その前に自己紹介をしてくれると助かる」
「はい、わかりました」
別に具合が悪いわけではないが向こうが何か勘違いしてくれているのなら利用しない手はない。話だけして医務室に行くことにしよう。
そう決めて静かに話す。
「私は、レイネス・メリケル。エルフ族。よろしく。・・・じゃあ具合が悪いので医務室に」
「まだだ」
「え?」
席を立つレイネスにハイドは言う。
「ここはアンカモクラス。特殊組と呼ばれるクラスだ。類まれな特殊能力を生まれながらに持つ者が集められていると聞く。実際他の生徒たちもそうだったようだしな。つまり、お前にもあるんだろ?」
あるにはある。ただ、それが特殊かどうか聞かれると正直迷ってしまうくらい特殊と呼ぶにはふさわしくない能力。
「強化聴力。ただ単に異常なまでに耳がいい。それだけ」
「なるほどな。それは将来が楽しみな能力だな」
「はぁ・・・」
本当に将来が待ち遠しいという風にハイドが言うのに対しレイネスは困惑するしかなかった。ただ聴力がいいというだけの能力がこれからどのように役立つかなんてたかが知れている。
レイネスは少しだけブルーになりながらも医務室へと向かった。
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