第150歩: キミは魔法使いじゃん

 アルルが言う。

「別の……って、あんな特徴的な子、間違うわけないぞ。ハマハッキさんだって見ただろ?」

「へ、あの変なガキんちょかぁ? 男の子なのに『わたし』とか言っちゃって、奇妙なガキだったよな」

「んん?」


 ロッキとクービアックを除く全員が眉をひそめてハマハッキを見た。ハニですら、怪訝な声を出した。

「ハマハッキさまぁ?」

「いや大人なら『わたし』っつう男も珍しかないよ。でも十歳そこらのガキんちょだぜえ?」

 たじろぐハマハッキに、ケトが呆れた声で述べた。

わらわと言ったであろうに、何と思っていたのか」

なんて言われてもさぁ、わっかんないって。帆柱にガキんちょっぽいのがいたから『あー、ガキんちょの事かな』ぐらいには思ったけども」

 反論する主人の膝の上、ためらうように尻を揺らして蜘蛛が言う。

「あのぅ、でもぉ、ハマハッキさまぁ。ハニにはねーえ? どっちも白い女の子に見えましたよぅ」

 ハマハッキが顎を落として、愕然とした。

 かもめクービアックが喉を、くるるる、と鳴らす。

「こりゃあ、考えることが増えちまった感じですかい?」

 

 船室の奥、シェマの手からケトがするりと抜け出した。

「あるじよ、よいか?」

 大猫の金色の瞳が、蜂蜜色の瞳と向き合う。

「……どうしたのよ?」

 魔法使いの娘は少し身構えた。

「あるじが件の、白きわらわに会ったのは、ここ最近に限ったことではないのだよ」



 ケトが話を終える。そして今度はひとりひとりが、帆柱の童女、まっしろ白い女の子をどこで見たのかを話し始めた。

 ヨゾラは宿舎の下で二回、馬車から一回見たと伝え、アルルは高波の日に二回会ったと言った。

 聞き終わってシェマは

「不気味だわ」

 と目を伏せて下唇を噛み「──魔法使いがこんなことを言ってはいけないんでしょうけど」と付け足した。

 アルル、ヨゾラ、ケト、ハニの四人。あの子どものを「白い」と言った四人の共通点が何なのか、ヨゾラにも誰にもわからなかった。



「旦那がた全員そいつに会ったことあるなんて、こちとら思いもしやせんでしたぜ。ロッキ様、なにかご存知ですかい?」

 クービアックが主人の側頭部を軽くついばむ。

「クービ、髪をついばむのはやめて下さい。──ヒトに似たなら私も幾つか心当たりがありますが、発動した魔法に干渉してくるは、私も寡聞にして知りません」

 揺れる吊り床ハンモックでロッキが顔をしかめる。

 シェマは浅く呼吸を繰り返し、もう一度尋ねた。

「ねぇ、ケト……私がその子に、五年前にも会ってたって本当?」

「あるじには嘘を言わぬよ」

「──違うのよ、疑ってるわけじゃないの。だけど、あの時の子も、少なくとも白い髪の子じゃなかったのよ」

 片方の手でしっぽ髪が顔を覆った。

 クロサァリの学院からアヴァツローへと帰る途中の船でも、アヴァツローの街中でも、あの子を見たとケトは言った。

 どこにでもいそうな女の子。

 しっぽ髪はそう覚えていた。

 どっちも、どこにでもいそうな子だったと。


「ブラシをお願いしたの、よくなかったかな……?」

 みんなの様子がおちつかないので、ヨゾラもざわざわと不安になる。そもそも、お願いした時の事は寝ぼけててあまりよく思い出せない。

 ──でも、したよ?

 そうなのだ。したのだ。

 上からアルルが声をかけてくる

「お前の話を聞くだけなら、そこまで悪いだと思えないんだけどな。まだ叶ってないけど、ブラシ買ってもらう約束はしたわけだし」


「私が」


 低く強く、シェマの声。

「そうしたいと思ったからよ。ヨゾラさんにブラシを贈ろうと思ったのは、私の意志だわ。その白い女の子のせいなんかじゃない」

 薄茶うすちゃの瞳がギラギラと光っていた。怒っているように見えた。なぜ怒っているのかは、ヨゾラにはわからなかった。

 大きく息をついて、さっきよりは幾分か抑えた口調でシェマが言う。

「この五年か、それよりずっと前からか知らないけど、正体不明の、私の心を左右したかも知れないが、周りにずっといたって事よね。本当なら大発見なはずなのに凄く……気持ち悪いわ。本当に気持ち悪い。それに──」

 しっぽ髪が言葉を吐き出すたびに、瞳に宿った光が強くなるように思えた。

 ヨゾラは、ふいに思った。


 これは、だ。自分が毛を逆立て、牙を剥いてみせるのと同じだ。目に見えない、わからないものに対して、こうやって瞳を光らせ、強いふりをしているのだ。

 同じなんだ、あたしと。


 ケトとアルルが声をかける。

「考えすぎであろうよ。あるじ、らしからぬ。私が見ればそやつとわかるのだ。そやつがずっと付きまとっていた訳ではないよ」

「それに、同じ種類のを、別の場所で見たって方が自然だろ? 何のかはわからないけどさ」

 シェマが下唇を噛んで、声を絞り出した。


「凶兆だったら、どうしよう」


「──そうと決まったわけじゃない」

「そうね、そうよ。決まったわけじゃない。でもアルルくんがガザミいちでその子を見て、高波が起こったわ。さっきだって、あの子を追いかけたきみが……!」

 瞳を光らせるしっぽ髪の顔に一瞬、別の気持ちが見えた。いかくの下にある気持ち。

 こわいんだ。しっぽ髪は怖がってる。

「……今頃、アヴァツローで、何かあったら」

 シェマの瞳から光が引いていく。顔からは血の気が。


するの、やめちゃだめだよ」


 声をかけた。やめたらどうなるか、身を持って知ってる。

「威嚇……?」

 伝わってないような気もしたけれど、構わなかった。

「怖いの、わかるけど、いかくするのやめたら食べられちゃう。えっと、だから」


 構いはしないが、まとまらない


「負けちゃだめだ。アヴァツローって、キミの街だろ? アルルのララカウァラには、ペブルさんがいるんだ。何かあっても、きっと大丈夫な人だ。エレスク・ルーならドゥトーとか髭おじさんがいるから、きっと大丈夫なんだ。アルルがウ・ルーに来たのだって、大丈夫にするために来たんだぞ。ヒトってさ、そういうさ、そういうのじゃん。そういう人って、キミの街にもいるだろ?」


 しゃべり出したら、勢いはついた。


「あたし、まっしろ白いのには四回会ってるけど、悪いことは二回だけだ。あたしと会ってアルルは銃で撃たれたけど、それはあたしのせいじゃない。魔法使いは、不思議があれば調べなきゃいけないんだろ? あの白い子が何なのかわかれば、それだけ魔法がするんだろ? ええと、だからほら──キミは魔法使いじゃん」


 ヨゾラは話し終えて、周りがぽかんと口を開けるのを見て、背中にアルルの手が触れたのを感じた。

 同時に、しっぽ髪の瞳が色を変えていくのを見た。口の端が持ち上がって、挑発的な笑顔が浮かぶ。


「言うわね、不思議な黒猫さん」


 そして、ふっと力をぬく。

「でも、あなたの言う通りだわ。不可解を怖がるのは魔法使いの仕事じゃないわね──私、あなたのことも調べたいのよ?」

 しっぽ髪が、強気を身にまとう。

「いいよ」

 答えると、ふふ、とシェマが優しく笑う。

「でも、その役割はアルルくんに譲る。あなたたちが先に出会ったのだものね。そのかわり、帆柱の子は私がもらうわ」

 こうだね。なんとなく、こういう方が、しっぽ髪っぽくていいやとヨゾラは思う。

 背中に添えられたアルルの指が、とんとんと動く。くすぐったい。

 

 ロッキが丁寧に述べた。

「シェマさん、お察ししますが、帆柱の子についてははっきりしない事が多すぎますね。まずは落ち着いて、海竜捕獲に集中しましょう。該当するがいないか、支部を通して他の協会や学院へも当たってみます」

「はい。ありがとうございます」

「オレも、こんなザマだけど、なんかあったら報せるわぁ」

「助かるわ、ハマハッキさん」

「俺も親父と伝手を当たってみるよ」

「ありがと、

「うっさい」


 やりとりを耳にふと目をやると、ケトの口が「にぃーっ」と開いて「えいをいう」と動いた。

 礼を言う、なのかな。

 「にっ」で返した。

 良かった、と素直に思えた。口に出して良かった。



 揺れる船室の中で打ち合わせは続き、一通り話し終えた頃にようやく、船はハイオルト島に到着した。

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