第142歩: 帆柱、カケス、櫂、士官
シェマが相棒の
そのケトが緊迫した様子で先導する。
揺れる船の狭い甲板下の通路を、体のあちこちをぶつけながら通り抜け、両手両足を駆使して狭い階段を登る。大猫が甲板への
彼らが見上げる先、帆柱の最上部にはためく
「あれね」
「さよう。
件の、というのが何を指すのかピンと来ない。遠目でみる人影は、どうやら子どもか、という程度にしか見えない。
だが、ただの子どもが、誰にも気づかれずにあそこまで登れるとは思えなかった。四角帆上部の見張り台からさらに十
「あるじよ、あれが何者かわかるか?」
「いいえ。残念だけど」
背筋が緊張する。あれがものであるとして、シェマにも予備知識がない。何を引き起こすのか読めない。
ケトが緊迫していたのもこの理由だろう。見知らぬ人間を生死を気にかけるほど使い魔は博愛ではない。
「シェマさぁん、お尻どけて欲しいですぅ」
甘ったるい口調の文句が来て、急いで階段から抜け出た。立ち上がろうにもよろけるので、手早く魔法を発動する。
「
どっしり構えた。
ハニが勢いよく飛び出たのに続いて、ハマハッキも階段をよろよろ登ってくる。
「ロッキさんらは、まだ『止まり木』を出さないんかねぇ」
明るい場所で見ると、その顔は青ざめていた。船酔いだろうか。
気の毒には思うが「かもめの止まり木」の使用は船長判断でとなっていた。船一隻に対しての「止まり木」がどれぐらいで限界を迎えるか、他ならぬこの船が帰ってきた日にわかっているのだ。
よろけたハマハッキがぶつかってきそうで、シェマは先手を打つ。
「私の手を取って。魔法を分けるから」
手を取り、安定を感じたのか「こりゃいいわ」と小さくハマハッキが声を漏らす。
次いで小さい方の黒猫が上がってきて、この姿に目を止めた。
「なにやってるの?」
「転ばない魔法よ」
「いや何やってんだ」
その向こうに覗いた後輩の真っ黒な瞳は、曇り空へまっすぐ向いていた。
くぉおおおん! 船の鐘がひとつ鳴って半刻を知らせる。
じぇええええ! 鳥の甲高い鳴き声が聞こえる。
「当番中の者は手をとめるんじゃあない!!」
士官が水夫へ怒鳴る声のなか、アルルは素早く周りを見回した。船の上は「翼」を開くには障害物が多すぎる。固定された小舟や数門の大砲が目に付くが、頑丈で無駄に転がっているものはない。
杖を持ってくればよかった。軽く舌打ちする。
いや、小舟があるなら、当然あれもあるはずだ。
「アルルくん?」
「マズいだろ行かなきゃ」
短く返し、上を指し、数歩離れた小舟へぶつかるように身を運んだ。中を覗く。あった。中へ転がり込んで掴む。
「待って。正体不明のものかもしれないのよ?」
「子どもかもしれないだろ?」
取り外した櫂を手に、小舟から言い返した。
先輩の言いたい事もわかる。しかし魔法使いと使い魔が、揃いも揃って何を見てるんだ、という苛立ちもあった。あれこれ考えている間に何かが起こるのは、水壁だけでもうたくさんだった。
じぇ! じぇえええええ!
上空から再びの甲高い声に、アルルは再び舌打ちする。四ツ把カケスめ、時と場合が悪すぎる。
先ほど水夫を怒鳴っていた士官がこちらへ向かってくる。
ヨゾラが小舟の縁に飛び乗ろうとして、失敗して転がり込んでくる。
「いってぇ……」
「ヨゾラ、今回は下で──」
「魔法使いさんがた、ありゃ何だ!? 何とかできないか!?」
じぇっ! じぇじぇ、じぇっ!
ヨゾラを説得しようとする所に、先程水夫を怒鳴っていた士官が、そしてカケスが。
安定しない足場。けたたましく鳴き、顔の前で羽をバタつかせるカケス。櫂で塞がっている両手。詰め寄る士官。
「あそこにゃ支索も繋がってないんだ! 登るにも揺れがキツすぎて手が出ん!」
一度に色々な方向から詰め寄られ、それぞれの対応が頭の中で引っ張り合いを起こして、アルルの手が止まる。
すっ、と青い袖が目の前を横切った。
「カケスさん、カケスさん、どうぞこちらへ」
羽音と鳴き声が止んで、視界が開ける。
「はい、手紙と銅貨とって」
小舟のへりで身を支えて、先輩が腕にとまらせたカケスを差し出していた。
その向こうでハマハッキが「はいはい、大丈夫です。今から何とかしますんで」と士官の相手をする。
「私にはけっこう重たいの。はやく」
言葉の通り、わずかに顔を歪めた先輩のまっすぐに伸びた腕は、鳥を乗せて小刻みに震えていた。櫂を立て、アルルは素早く手紙とカケス銅貨を受け取ると、鞄の中のパンを雑にちぎってシェマに渡した。
「助かった。悪いけど、エサを頼むよ。──ヨゾラ」
声をかけながら、ちらりと帆柱の上をうかがう。今行くからな。
小さな黒猫が、顎をツンと上げて先を促してくる。頼みたい仕事ができた。
「俺の代わりに手紙を読んでおいてくれ。親父からだ。海竜について調べてくれたはずだ」
「いいよ」
ヨゾラの返事が力強い。
カケス銅貨をポケットへ、筒状の手紙をヨゾラの足元へ。そして、立てた櫂の
魔力を取り込む。
「気をつけるんだぜ?」
ヨゾラに釘をさされて、ひとつ足元へ頷いて応える。
「行ってくる」
櫂を握る手に力を込め、アルルは
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