第122歩: ナワバリだぞ
あっちのほう、と前足でさすたんびに
「ビッコの居所わかるのすごいね! 魔法!?」
と何度でもフラビーは驚くのでいいかげんヨゾラは面倒くさい。
このカンを外したことはないけど、フラビーは簡単に信じちゃうんだなぁ。なんだか、ええと──
──心配?
そうだ、心配になる。
「キミはあそこで何してたの?」
はさみ使いにしゃべりかけながら、ヨゾラはアルルの方角をさしなおした。動いてる。あたりまえだけど。
「なんだろ、お散歩かなぁ」
ぼんやりと答えて、はさみ使いが道を選んでいく。
しゃべりながらだったら「魔法!?」とならないみたいだった。最初からこうすれば良かった。
フラビーの両腕に抱きかかえられ、ヨゾラの背中はその胸に挟まる。ふかふかだ。
「髪切るのも
黒猫が顔を上に向ければ、赤毛娘が下を向く。お互いの緑の瞳が合う。
「違うよ?」
「ちがうの?」
ちがうのか。
「うん。ほんとうなら、日曜日はお客さんたくさん来るんだけど、ちょっとね」
フラビーにしては声の調子が落ちる。
「水が来たから?」
髪切り娘が頷いて、今度は前を見る。合っていた瞳が外れる。
「……悪い知らせが二つもあったの。今日は店じまいにしようって」
だけど何したらいいかもわからなくて困ってたんだ、と続け、フラビーがぽつんと言葉を落とす。
「なんだか──街の全部がお葬式みたい」
相変わらず人通りは少ない。よっぽど野良猫の方が目につく。ふわふわと漂う湯気だか煙だかで、猫の姿はヨゾラには
カンをたどって、アルルはすぐに見つかった。
「ビッコほんとにいたー!」
フラビーの声が大きい。ついさっきは落ち込んだ感じだったのに、とヨゾラは思う。
アルルは怖い顔してたのが、声で気づくなり黒い目をぱちぱちさせ、口がぼんやり開いて、何を言おうか迷っているように見えた。
ややあって、
「──ビッコって言うな」
「そこなんだ」
思った事が口にでて、
「ヨゾラ、お前は知らないだろうけど、西部の半島産まれはみんな背が高いんだ。南部や東部なら俺だって小さいわけじゃないんだからな」
「ほらほらムキにならないのー」
ヨゾラの頭上からフラビー。二つの顔が縦に並んでいるから、アルルの目が下に向いたり前に向いたり忙しい。
「あとちょっとでフラは追い越せたのにな」
「ゆび一本分。惜しかったねぇ」
お姉ちゃんそのにが立てた人差し指を水平にする。アルルの目がヨゾラを向いた。
「ところで、何やってたんだ? お前らが一緒にいるとは思わなかった」
しかしフラビーが答えた。
「なんだろ。お散歩かなぁ」
「キミを探してたんだよ」
ヨゾラは割り込んで主張する。
「お願いがあるんだ」
少し道に迷った。
アルルはそもそも街に来たばかりで、フラビーはヨゾラの指すほうへ歩いただけで、ヨゾラは自分の足で歩かなかったからだ。
誰かに訊こうにも人通りがないので、アルルが手近な家の戸を叩いた。茶色いヒゲを蓄えたおじさんが「なんだよ」とばかりに出てきたけれど、事情を話して道を訊いたら丁寧に教えてくれた。
「悪いな、どうも昨日の今日でピリピリしちまってよ」
と頭をかきながら言っていたので、ほんとうは怖い人じゃないのだろう。
フラビーが戸口の向こうへ手を振っていて、どうやらそれは中の子どもに向けたものだったらしい。
日曜でも開いている雑貨屋さんが見つかったのは、道に迷ったおかげだ。食べ物も少しあって、財布を持って後で来ようとアルルが言っていた。
「ねえアルル、蜘蛛と縦長は?」
「縦長?」
「ハマハッキ」
「普通に名前で言えよ。とっつかまえた野郎を
「アルルは帰ってきていいんだ」
「捕まえたのがハニだからってのもあるけど──ハマハッキさんに気を使わせたみたいでさ。俺は別にいいって」
「ひどい目には? なぐった?」
「俺を何だと思ってるんだお前は」
目を細めてアルルが鼻の穴を膨らませるのを、ヨゾラはフラビーの胸から見る。
「なるべくひどい目に遭わせてくれてるといいけど、だってさ。しっぽ髪が」
「シェマか」「シェマさんか」
通じた。アルルとフラビーの声が揃った。
「ホップもそうだけど、名前で呼ぼうぜ、ヨゾラ」
「蛙はやだね。あいつだってあたしを名前で呼ばないもん」
「じゃシェマはいいだろ。さんまで付いてるぞ」
「しっぽ髪の事は名前でも呼んだんだぞ? 意外と気に入ってるんだよ、しっぽ髪」
そういう問題かよ、とアルルがぼやいたらフラビーから「くひひひ」と含み笑いがもれた。
「ビッコ父ちゃん」
「なんだと?」
「フビッカも結婚しちゃって、前みたいに可愛がれないもんね。でもアルビッコには年上がいいと思うよ?」
「なんの話だよ」
「シェマさんはどうなのって話。じゃ父ちゃん抱っこ交代」
ふかふかから引き離され、軽々とアルルの前に差し出されるヨゾラの身体。
「どうって……いきなり言われてもさ」
ぺたんこの鼻をしごいて口ごもる魔法使いの青年をみていたら、しゃべる黒猫はちょっと噛みついてやりたくなった。
「父ちゃん抱っこ!」
「とっ……!?」
絶句しながらも、アルルは肩に乗せてくれる。
これだな、これこれ。
弾力のある肉の感触と、嗅ぎ慣れたにおいに落ち着きを覚え、ヨゾラは鼻先を茶色い首に擦り付けてやった。
噛み付くのはかわいそうだからがまんするけど、キミはあたしのナワバリだぞ。
「あれ煙! なにかな火事かな?」
指差した先の空がけぶっている。海に向かって右側、南西の空。
「ヘンなの」
魔法使いの肩の上、ヨゾラはつぶやいた。陽の光でやけに煙が光って見える。それをアルルに伝えたら、魔法使いは目を細めて煙を見つめ
「火事じゃないよ」
と言った。
ほ、とフラビーが息をつくのにかぶさって、次の一言が続いた。
「火葬の煙だ」
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