魔法使いのお仕事

第99歩: 白くて女の子のアルル

 かけ。


 ええと、かけがね。掛け金。よしよし。

 ちょっと赤茶けてるのは、サビ。サビるのは、鉄。

 だからこれはちょっとサビた鉄の掛け金。

 よしよし。

 この掛け金の端っこを前足で上げて、まわ、す。

 

 がっちん。


 回った掛け金が反対側の受け軸にぶつかって、けっこう大きな音が出た。

 起こしたかな、と思ったけれどアルルはまだ寝ている。

 いつも早起きなのに。

 窓の向こうは城壁ぐらいしか見えないけど、もうずいぶん明るいから、あたしもいつもより遅いんだろうな。

 そんな事を考えながらヨゾラは頭でくぐり戸を押し開けた。

 ララカウァラで作ってもらった出入り口と似た作りだ。扉の隅を四角く切って、そこに紐で板をぶら下げる。


 こんな小さい出入り口に、掛け金なんかいるのかな。


 猫が潜り戸からするり、外に出る。

 ひとつの階に、部屋は三つ。アルルの部屋は階段から一番遠い部屋だ。

 隣が誰だか気になって入ろうとしたけれど、潜り戸は押してもがちゃがちゃいうだけで開かない。掛け金か。いるのか。

 誰が開けたのか、廊下の窓もそれぞれ少しだけ開いていた。勢いをつけて窓枠に飛び乗ると、色とりどりの屋根が、とん、てん、とんと続いていくのが見える。

 昨日、果物に見えた屋根だ。

 下を見れば、次の家との間に草木が生い茂る。

 ならあそこかな、と目的地を決めて、ヨゾラはまた廊下へ飛び降りた。


 

 ──すっきりして周りを見回してみる。茂みの隣は道だけど人通りはなく、茂みの中は薄暗くて静かだ。

 アルルには、森がこういう風に見えるのかな。

 いや、これが森ならアルルももっとちっちゃいな。

 茂みを形作る名前も知らない木の間に、豆粒みたいな魔法使いを想像する。


 小さいぞ、アルル。それともあたしがおっきいのか。これならアルルを背中にのっけてやれる。あ、でも背中に乗せろと言われたら、いちど言ってやろう。「自分で歩けよな」って。一回だけ。


 そろそろ起きるかな。


 戻ろうとヨゾラが身体の向きを変えたら、茂みの中に女の子がいた。


 真っ白い女の子だった。


 腹ばいになって茂みにもぐり、真っ白な髪を所々くしゃっと跳ねさせて、赤い瞳をいっぱいに見開いている。

 見たことのないヒトだ。柔らかそうな白い服。アルルが家で寝るときに着る服に似ているように思う。

 まっしろしろい女の子は、今度は目を細めた。

 ララカウァラの母親フーヴィア赤ん坊グッカをあやしていて、こんな顔をするのを見たことがある。たいてい鼻をさせたあとだ。

 目を細めた女の子は、フーヴィアみたいに言った。

「猫ちゃんおまえ……うんちしたでしょ?」

 わるいか。


 こっちはそれなりにヒトに気を使ってやってるんだぞ。


 ヨゾラは子どもが苦手だった。特にこれぐらいの、十歳にならないぐらいの子どもは。やたらと触りたがるし、たいていしっぽかヒゲに手を出してくる。

 そろそろとヨゾラが横にずれると、赤い瞳が追ってくる。短いまつげも真っ白で、目の周りが金色に縁取られて見える。全体的に黒と茶色のアルルとは正反対だ。だけれど、顔の雰囲気は西部半島このへんのヒトとも違う。しっぽ髪もこの辺りのヒトとは違った雰囲気だけど、それとも違う。

 あ、そうだアルルに近い。白くて女の子のアルル。

 

 ずいっと女の子が這いよって来て、ヨゾラは素早く距離を取った。

「待ってよぅ」

 女の子が体の上半分を持ち上げて、その首に紐がぶら下がっているのが見えた。紐の先に黒い石。真っ白の中でそれだけが黒い。

「ねぇお前、わたしとお友だちにならない?」

 と言われたけれど、ヨゾラはまだまだ気を許すつもりはなかった。無邪気な顔でヒゲに手を伸ばして来るのがヒトの子どもなのだ。

 真っ赤な目としばらくにらみ合っていると、まっしろ白い女の子は、ひらめいた! とばかりにぱっと顔を輝かせて言った。

「そうだ!」

 なにがさ。

「お前のお願い、きいてあげるよ!」


 お願い。

 それを言うというのはという事で。

 この子も、猫としゃべれるって思ってるのかな。

 今までにもこういう事はあった。猫と話ができると思っている子どもはたまにいる。どうしてなのかずっとわからなかったけれど、今なら想像がついた。きっと魔法使いがしゃべる動物を連れているせいだ。

 お願いを聞く、と言われたのは初めてだけれど、この女の子に頼みたい事もヨゾラにはない。


「にゃー」

 だから猫のフリをすることにした。

「変な鳴きごえー」

 つまらなそうに女の子が言う。帰ろうとしたら、なおも茂みをぱきぱき折りながら腹ばいで分け入ってこようとする。

 ヨゾラは振り返らず進んで、さっき自分で出したの脇を通り過ぎて茂みを抜けた。

 予想通り後ろから「やぁだぁ!」と悲鳴が聞こえて、女の子はもう追いかけて来なかった。


 なんだっけ、ペブルさんが言ってたの。「クソが役にもたたねぇ」だっけ。役にたつじゃん。



 宿舎の井戸を過ぎて洗い場を抜け、階段を跳び上がって登る。登りきると目の前が開けるのは、壁も階段も一緒だ。

 昨日はここまでケトたちが一緒だった。明日はお昼に来てくれればいいからって、しっぽ髪がそんな事を言っていた。

 もう一度階段を上る。


 アルルが仕事をするらしい。

 街のあちこちに行って、人の話を聞いて、魔法で助けてやるとお金が貰える仕組みだと言う。そのお金がどこから来るかといえば、魔法使いに何か頼みがある人が持ってきてるわけで、つまりお金を渡すと魔法を使ってもらえるって事だ。

 お金を渡せば、ごはんを作ってもらえたり、乗ってないけどバシャテツ道に乗れたりする。あんな箱なんて、飛び乗れば乗れちゃえるけどな。


 アルルは「不思議なものたち」が見えない。しっぽ髪もそれを気にしてたけれど、アルルが言うには

「やつらの痕跡をたどるぐらいなら、今までもよくやってるから大丈夫」

 なんだって。


 そんなの、頼んでくれればいいのにな。

 あたし、ちゃんとるのに。


 つらつら考えながらヨゾラが部屋に戻りベッドに飛び乗ると、茶色くて鼻のぺたんこな魔法使いがニヤニヤしながら薄く目をあけた。


「……なにニヤけてんのさ?」

 ウ・ルーでの最初の朝は、こんなふうに始まった。

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