四月の風に種は飛ぶ

第88歩: 二通の手紙

 四月アブリュウの四日、土曜の半日仕事を終えたララカウァラの男たちのなかに、用事があるふりをして南の森に入り、がっかりして出てきた者が何人かあったらしい。


 アカマツのてっぺんに咲いた花について話す人も最初こそ多かったが、特に何も起こらずに二週間も経てば話題にものぼらなくなった。


 村の子のひとりがそのアカマツを登ろうとし、登っても登っても花までたどり着けなかったという。他の子は木の途中でジタバタしていただけだと言い、それでケンカになったのがせいぜい唯一の出来事だ。

 久しぶりにその花を話題にしたのは、日曜プリマの昼間、鐘を鳴らしてやってきた郵便夫だった。


 四月の十九日。

 麦の穂も伸び始めて、家畜の放牧が始まる。そんな中の鐘の音に、家にいる者は顔をのぞかせ、畑にいるものは手紙の有る無しを遠くから問いかける。駆け寄った子供が口々に「うちは? うちは?」と問いかける。


「やあハッカネンさん。二通来とるが──あの木の上の綿帽子みたいのはなんなんだ? 前は花だったろ!?」

 いつの間にかアカマツの上に丸く綿毛がそよいでいて、言われてみれば、とその場の誰もが思った。

「モッサなフロなんとかって話を、幽霊屋敷のペブさんがしてたっけどなぁあ? 不思議さんたちの何からしいぞ」

 手紙を受け取り、ハッカネンが言う。 

 郵便夫は「ララカウァラ行」と書かれた小箱からくすんだ紙の封筒を取り出しては渡していく。


「そういや、だぁいぶ前にも化け蛙騒ぎがあっただろ? おう箱屋さんじゃないか。文具屋さんから来とるよ──つい最近も夜空に光る球が出たって、カヌスあたりじゃ騒ぎんなっとった。奇妙な事が多いなここぁ!?──やあ、ファビオラさんご機嫌よう。妹さんからエカさん宛てだよ」

 そう言って小箱から取り出したのは、しっかりした紙の封筒だった。すこし値段のはる封筒。

「あと、お隣さんにも一通来とる。すまんが、持ってってやってくれんか。封蝋付きの手紙なんて久方ぶりに見たよ」

 ファビオラに二通の手紙を渡すと、年嵩の郵便夫は幌馬車の御者台に登り

「ありゃ!? ファビオラさんそういえばあんたヨメ──」

 と言いかけて、口をつぐんだ。


 ファビオラが無言でにっこり微笑んでいた。




 ファビオラの姪っ子グッカが言葉らしきものをしゃべるようになって、いよいよ母のエカは孫の所に足繁く通うようになった。「おかあさん」と「おばあちゃん」のどっちを先におぼえるかねぇ、と事あるごとに言うものだからいい加減うんざりする。

 

 ウ・ルーで働く妹がわざわざ高い封筒を使っているのは、きっと良い知らせなのだろう。

 ファビオラはため息をついて、妹からの封筒を、もう一つの封筒の後ろに隠した。真っ白で、封に赤い蝋がたらされ、押印された封筒。田舎ララカウァラには不似合いの、厳めしい手紙だ。樹と海の意匠をぐるりと囲む知らない言葉は、隣の家の魔法使いの男の子──といっても、もう大人だけれど──がたまに使うリンガンチーガとかいう言葉かもしれない。

 封筒の立派な装いに対して、表の宛名書きは簡素、というより雑だった。


 ユリエスカ郡 ララなんとか

 アルル様


 差出人は……チェム・カタ? チェンメ・カッタ?

 これでよく届いたものだと思う。

 男の子は家にいて、手紙を受け取るなり言った。


「これでよく届いたもんだな!」

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