第170歩: 蒸し風呂の三人
全裸でどっかりと座る白髪の魔法使いが、水桶に差し入れられた若枝の束をがしりとつかむ。
釜の上で焼ける石へ、水をたっぷり含んだ豊かな青葉をざっと振れば、じゅんじゅんと蒸気が浴室に巡って白樺の芳香が若者二人にも届く。
白髪の魔法使いが、隣の息子に問いかけた。
「なるのか?」
「ならない」
「ならねーのか」
鷲鼻の
村一番の長身ペブルと村一番の筋肉エルクに挟まれた茶色い魔法使いの青年は、指で額をぱらぱらと叩いた。
「いやだってエルク、お前は知ってるだろ。親父もさ。俺……できねえんだからさ」
口に出したら、ぐっさりと来た。
つい先ほどまでは他の男衆もいて、そもそもの発端はテーテンホクの爺さんだった。洗身を終えた魔法使い親子が浴室に入って来るなり「
曰わく
「男たるもの、産まれてくる子にゃあ、責任を持たねばならん」
そして詳細を聞いたアルルの喉から、ひしゃげたアヒルのような音が出た。
遠い都会へ華々しく嫁いでいったと思ったら、数年で帰ってきたファビオラ。そのお腹に子供ができた。父親は嫁ぎ先の男ではなく、アルル・ペブルビク、お
拾い子で、ララカウァラ近隣ではめったにいない南部系の、茶色い肌をした魔法使いの青年。つい最近もウ・ルーで大活躍したらしい村の若者が、どこの誰だかよくわからない金持ちから村の女を取り戻した。よくやった。なにはともあれめでたい。お前もとうとうこっち側に来たか。
というのがその場にいた男衆のざっくりした感想だった。
──ファビオラちゃんがおめでただってんなら、エカが何か言ってきそうなモンだがなぁ。
ペブルの疑問をきっかけに深堀りしてみれば、誰も本人からはっきりと聞いたわけではないらしい。より具体的には「嫁から聞いた」という事だった。
いろいろとげんなりしたが、ともかくアルルは身に覚えがない。
否定はしたが、はたして伝わったのかどうか。
途中でエルクがやってきて、入って来るなり「ビッコ聞いてくれよー。グーちゃんが転がるよーになってよー」と始めて、話題は転がる。
今日はエルクが釜落としの当番だ。
エルクはファビ姉の義理の弟でもあるし、何か知ってるかもしれない、と、魔法使い親子は湖畔で涼みつつ、他の人間が帰るのを待った。
「ファビ
「そんなん知らんぜ。おれだって農場でその噂聞いてよ、口からアヒルが出るぐらいビビったんだぜ。ファビ姉のお腹に赤ん
「ちょっと待てフーヴィアも知ってんの!? 俺の、その、コレの話」
「オレの息子のムスコの話な」
「親父うるさい」
「そりゃヨメには話すって。あのモッサなフロなんとかって奴ん所から帰ってきてすぐ話したわ」
そのちいさな騒動の中で、アルルの性的不能がこの二人に知られている。
エカおばさんは知っているように思えないので、フーヴィアは母親には言わずにいてくれたらしい。
「ともかく俺の子供ってのは有り得ないって。ファビ姉にはこないだの
「おー、それな。エカさんがうちに来た時に、フビッカに言ったらしいんだよ。急にオエってなったり、居眠りしたり、ぼーっとしてたりすることあるみてーでさ。フビッカも、グーちゃんがお腹にいる時そうだったしよ。でも何より、洗濯物がさ。月のモノが来た時って、洗濯物増えるはずだろ?」
「生々しいな」
親子の声が揃う。エルクは構わず続ける。
「ここんとこ、それが無いらしいんだよ。だから、たぶん子供はホントなんじゃねーかなー。でも、ビッコが父ちゃんじゃねーんだったら、誰よってさ」
ペブルが立ち上がり、若枝に含ませた水を無言で焼け石に落とした。
じゃん、じゅんじゅん。
一斉に湯気があがって視界がふさがれる。
ペブルの低い呟きが聞こえる。
「レンファートの子なら、ちと面倒な話になっちまいそうだな」
ぱたた、と天井から水滴がおちた。
湯気の中で、白髪の魔法使いが若枝の束でぱしぱしと体を軽く叩いている。
曲がらぬ右膝にアルルの助けをもらい、腰掛にのっそり戻るとペブルは、唐突に明るい声を出して全く違う話をした。
「ところでエル坊よ、今度グーちゃんを描きに行っていいか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます