第59歩: 眠れない夜 出発の朝

 ヨゾラはなかなか寝られなかった。


 「朝、やらなかったから」とアルルはちょっと魔法の練習をして、すぐに寝た。

 寝られないので退屈して、一度アルルを起こしたのだが「おしっこか?」と外に出された。

 夜はまだ寒かったけれど、せっかくだから用も足した。戻ってきたら、入り口の所でアルルがうつらうつらしている。

 待っててくれたらしい。


 いいやつ、と思った。

 朝がきたらおやしろにお参りして、服を受け取って、買い物して、あちこち挨拶して出発するそうだ。やること多いな。


 花火のあと、ピファちゃんを送っていく帰り道でドゥトーたちに会った。


 山の向こうに見えたヒトについて訊いてみたが、ドゥトーもそんなのは見ていない、と言った。なんだったのかは、誰も知らないようだった。

 アルルは工場のシャチョーとドゥトーの事や、町のこれからの事が気になっているみたいだった。ドゥトーはそれを聞いて、これからの事は町の人間でなんとかする、と言ってアルルの肩をたたいた。ばすん、と音がしてアルルは痛そうだった。

 それとは別に、明日渡したいものがあるとも言っていたけど、あのお茶だろうか。お茶だったらいいな。


 そのあと、ピファちゃんはウーウィーくんとハルが送っていった。ハルをみてピファちゃんは「変なの! 可愛い!」と言っていた。どっちなんだろう。

 あたしは、ヘンで、いいやつだと思う。一緒に踊ったし。


 もなくて、アルルみたいに魔法の光を出しているわけでもないのにウーウィーくんがすいすいと歩いていくから、ピファちゃんが慌ててその袖に掴まるのが見えた。仲良しなんだな、と思った。

「あわせてやれよ」とアルルが苦笑いしてたのだが、どういう事だろう。



 明日、ここを離れる。

 今までだってあちこち歩き回っていたけれど、今度のはなんだか違う。

 明日、ここを離れる。

 それで、ここじゃないところに行く。

 眠れない。


 そのあと、いつ寝たのか思い出せないけれど、とにかく気が付いたら朝だった。




「起きたか、ヨゾラ」

 食欲をそそる魔力を吐き出しながら、アルルが言った。

「起きたー。おはよー」

「おはよう」

 ヨゾラは大きくあくびと伸びをした。

「おなか減ったよ。ひと狩りしてくる」

「ずいぶん簡単に言うんだな」

「言うだけなら簡単だもん」

 アルルは扉を開けて、

「山から陽がでる頃には戻ってこいよ」

 と言った。今日もどうやら天気がいい。

 

 ヨゾラが外にでると、あんなにたくさんあった飾り布がすっかりなくなっていた。昨日の大騒ぎが嘘のようにとても静かで、すこしさびしい朝だった。

 まつりたちが、掃除をしている。

 ヒトが見えるところにあまり獲物はいないから、ヨゾラはおやしろからちょっと離れる事にした。

 



 アルルは入り口の石段に腰掛けて待つ。口の中のビスケットもそろそろふやけてきた。

 まだ、陽は山陰から顔を出し切っていない。

 向こうでヨゾラが石塀を飛び降り、歩いて来るのが見えた。

「思ったより、早かったじゃないか」

 ビスケットを飲み込んでそう声をかける。

「運が良かったよ。木の下に鳥が落ちてた」

 前足をペロリと舐めて、ヨゾラが応える。

 巣から落ちた雛鳥だろうか、とアルルは思った。迷わず食うあたり、容赦がない。ヨゾラに言わせればムダがない。

「じゃ、行くとするか」

 お参りと、祭司さんへの挨拶は済ませた。本殿の中にある祭壇には、ちょっと多めに寄付もしてある。お礼代わりにはなるだろう。

「ん、行こっか」

 ヨゾラの返事を聞くと、アルルは立ち上がった。

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