第55歩: てどんとどんで町がいく

 ばららん! てどんと、てどどん、どん。

 ばららん! てどん、てどん、

 とくでん、とろでん、とろでん、てどんとどん!


 大波のように左右に体を振り、二本のばちがひるがえる。房飾りが袖口に跳ねる。楽隊が揺れるのにあわせて、人が揺れる。

 楽隊を真似て見えない太鼓を叩く子どもがいる。


 ばららん! てどんと、てどどん、どん!


 二十数名とは思えないほどの音のが坂を流れ落ちていく。

 かねが鳴る。楽隊が祭司さんに目を向ける。音の模様が変わる。

「あーはー!」

 と誰かが奇声を上げた。


 てどんと、てどどん、てどんと、てどどん、

 とくでん、とろでん、とろでん、てどんとどん!


 「さい!!」


 てどとどん!


 左右に揺れる楽隊が、そのまま前に進み出した。四列よんれつ縦隊じゅうたいで、徐々に近づいてくる。アルルの肩の上で、ヨゾラはずっと奇声をあげてとはしゃいでいた。

「かっこいい、みんな格好いい! ピっファちゃーーん!!」

 楽隊がいよいよ近づいてくる。響く音だけでなく、撥が革に当たる鋭い音までよく聞こえる。

 アルルも圧倒された。音の一つ一つが体に突き抜けるようだった。胸が高鳴るのを押さえる事ができない。

 魔力がどう、なんて事はどうでもよかった。これは確かに元気になる。

 通り過ぎた楽隊の後ろを、人がぞろぞろと着いていく。ただ着いていく人もあれば、何か決まった振りを繰り返して行く人もいた。酒瓶を手にはしゃぎあう若者もいたし、調子外れに手をたたいて着いていく老人もいた。

 道沿いの庭先や玄関先で集まっていた人たちは、これを待っていたのか、とアルルは納得がいく。


「アルル、行こう行こう!」

 黒猫が肩を前足でばしばしと叩いてくる。

「……アルルは踊らないの?」

 来たよこの質問、と青年は思う。

「俺はいいよ。なんだか恥ずかしいしさ」

「もったいないなー。あそこ、すんごい楽しそう」

 ヨゾラが指し示した辺りで一心不乱に踊る、十五、六歳くらいの太っちょの少年がいた。単純かつ明解で、小気味のいい動きを繰り返し、それに後ろの人たちがあわせながら着いていく。

 あの少年、羊串の樽で一緒だったよな、とアルルは思い出した。

「あの人、す、すごいですよね。みんなから師匠メストリって呼ばれてます」

 のんびりと歩きながらウーウィーが解説してくれた。

「あたし、ちょっと行ってくる!」

 急に肩から飛び降りようとしたヨゾラをアルルは慌てて捕まえた。

「お前、脚ケガしてるだろうが」

「大丈夫だよちょっとぐらい。おろせ! お、ろ、せ! おーろーせー!」

 だだをこねる。この言葉の意味を後で教えてやろうとアルルは思った。

「おーろーせーよー!」

 ついに根負けして、ゆっくり道の上に降ろしてやった。この気持ちがどっちか、なんてどうでもよかった。

「踏まれないように気をつけろよ」

「へいよ!」

 変な返事をして、ひょこっ、ひょこっ、とヨゾラが駆けていく。

 不意に頭上で笑い声がした。

「あ、アルルさん、なんだかヨゾラさんの、お父さん、みたいですね」

「……やめてくれよなー。まだ二十一だっての」

 十四歳を相手にそう言ったら、急に老け込んだ気がした。言うんじゃなかった。

 ヨゾラを見れば、意外とちゃんと踊っている。身体の形が違うので、まったく同じにというわけには行かない。それでも、動く方向だったり、足の置き方だったりで、ヨゾラなりにヒトの踊りを再現しているように見えた。

 後ろ足一本でくるっと回って見せさえしたのだ。


 師匠メストリとヨゾラを中心にして、人の輪ができつつあった。あの輪の中で、師匠メストリだけがヨゾラに気づいていない。

「あ、こら」

 と頭上でまた声がする。

 ごく薄い紅色の生き物がするすると、輪の中に滑り込んでいった。さすがに驚かれていたが、そのオタマジャクシ型の生き物がヨゾラの隣でペタペタと動き出すと、なんとなく受け入れられたようだった。

「あれが、そうか?」

「はい。そ、そうです。影から出ちゃいました」

 照れくさそうにウーウィーが答えた。

「おめでとう」

「はい! ありがとうございます」

 蛇行した道が終わり、道がまっすぐになった。新市街の河沿いに入った。堤防上から行進を眺めるおじさん連中がいた。

 居並ぶ建物の二階や三階からみている人たちもいる。中には、細かく千切った紙を降らせる人もいた。


 アーファーヤが、てどんとどんが町を行く。


「アルルさん、ち、近道があるんです」

 不意にウーウィーがそう言う。

「目抜き通りで、楽隊の、正面にでましょう!」


 「おいで」と主に言われて素直に戻る使い魔と。

 「ヨゾラ」と呼ばれて首を横に振る黒猫と。

 しかし、風向きが変わってが止まらなくなり、ヨゾラもトコトコと戻ってきた。

「せっかく楽しかったのになっくし!」

「近道して、目抜き通りに先回りするってさ。あっちなら、そんなにくしゃみ出ないだろ」

 アルルはそう言って歩き出し、気がついた。

「お前、脚」

「治った! やっぱり元気がでる太鼓だよ、あれ」

 信じられなかった。歩きたくなくて嘘ついてたんじゃないか、ぐらいには思ったが

「やっぱり、自分の脚で歩くっていいや」

 そう言うくらいだから、本当に動かなかったのだろう。こんなに効くのか。


 アルルと、ヨゾラと、ウーウィーと、薄紅色の小ぶりな元ヤミモリ。連れだって、建物の隙間を縫って歩く。

「ねえねえ、キミは誰?」

 とヨゾラがウーウィーの使い魔に話しかけた。

「ハルー」

 と、元ヤミモリが甲高く空気を震わせた。

「ハル、です。ヨゾラさん」

 ウーウィーが自らの使い魔を紹介した。

「へぇえ。はじめましてハル。あたしヨゾラだよ。こっちはアルル」

「ハーじめまーシてー」

 ハルは妙に間延びした口調でしゃべる。

「ハル。春だからか?」

 アルルが由来を尋ねた。

「はい。昨日の帰り道で、シ、シロハナスノキの花が咲いてて、春だなって思ったんです。それで」

 それを聞いて、なるほどな、と思った。シロハナスノキは丸っこい釣り鐘型の、仄かな紅色の花をつける。色も形もこの元ヤミモリに似ていた。

 使い魔の儀式も無事完了したというわけだ。

「シロハナスノキって何?」

 足元からヨゾラが訊いてきた。

「木の名前だよ。地元ララカウァラでもそろそろ花が咲いてるだろうから、帰り道で見たら教える」

「帰り道?」

「帰り道ってのは」

「意味は知ってる。あたしも行くの?」

 意外な反応だった。

「そう思ってたんだけど……来ないのか?」

 アルルがそう問いかけると、ヨゾラは緑の目をいっぱいに見開いて

「行く!」

 と答えた。


 裏道を抜けた。

「あれ、猫連れのお兄さんじゃないか。それにドゥトーさんとこのお弟子さん」

 声をかけてきたのは、羊串の女将だった。店番ではなく、普通に見にきているようだった。

「こんにちは」

「こんにちわ」

「こ、こんにちは」

「コーんにーチは」

 それぞれが挨拶する。

「あはは、皆さんご丁寧にどうも」

 ケタケタと女将さんが笑う。

「楽隊にさ、ウチのバカ息子が選ばれたのさ。あんたがたもせいぜい笑い飛ばしてやってくんな!」

 言葉に反して、誇らしげな笑顔だった。

 きっと、この町でも名誉な事なのだろう。

 太鼓と鉦のうねりが近づいてくる。その後ろに続く人の数が膨れ上がっていた。

 そして何より、明るい。さっきよりも衣装がくっきり鮮やかに浮き立って見える。

 なぜだろうと考えて、アルルは気が付いた。光の向きだ。今度は太陽に向かって進んでいるからだ。

 楽隊が通るたびに紙吹雪があちこちの窓から降っていた。


 きんきんつきんき、つつきんきん

 どんどんてどんと、どてどんどん


 目の前で鉦と太鼓が掛け合いを始める。

 

 両腕をあげて伸び上がり、腕と腰を引いて縮み込み、という動作を祭司さんが始めると、楽隊はそれに動きをあわせた。

 太鼓を膝で持ち上げて叩き、膝を引いて屈んで叩き、と繰り返す。

 その動きにあわせて、

「えぇぇぇっほぉぉぉう!」

 と方々ほうぼうでかけ声があがっていた。

「ヨルン! ヨルーン! しっかりやんなぁ!」

 女将さんが声を張り上げて、ちぎれんばかりに手を振る。巻き毛の少年は母を一度みて、それからは必死に見ないようにしていた。

「照れちゃってまあ」

 と女将さんが言う。

 母親か。羨ましいな、とアルルは思った。

 三列目のピファが上気した顔で撥をひるがえす。南からまっすぐ差し込む陽の光で、おでこの汗の粒まで輝いていた。アルルをみて、それから少し上の方をみて、はにかんで目をそらして、また見て。


 もうだめだ、とアルルは思った。

 こっちが恥ずかしくて見ていられない。

「ヨゾラ、踊るぞ」

 ヤケクソだ。コートの帯もボタンも外した。

「あはっ! いいじゃんいいじゃん。行こうよ!」

 ぴゅっとヨゾラが駆け出す。

 師匠メストリの後ろについて、ヨゾラを踏まないように、アルルも真似して踊った。

「いいよ南部のあんちゃん!」

 どこかからそんな声も聞こえた。

 

 道の先の、春の陽にむかって。

 アーファーヤで、てどんとどんで町が行く。


 陽の光を真正面に受け、アルルは急に理解した。

 おやしろ広場の正門が北を向いていたのは、目抜き通りが北へ伸びていたのは、これがやりたかったからなんだ。


 町中を巻き込んで、春分の太陽へ向かう行進。

 ずどん! と正午の大砲がぶっ放された。

「いやっはー!」

 とヨゾラが気勢をあげる。

 山の稜線を模したお社のなだらかな屋根が、その中央に太陽を戴く。


 しかしですよ、ファヤ様。

 アルルは心の中で呟いた。

 お日様に向かうのは、やっぱりちょっと眩しいです。

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