第54歩: 旧市街、日時計広場へ

 旧市街の日時計広場です。そろそろ混み始めるから急いだ方が良いですよ。


 太鼓が見たいと言ったら、子どものまつりはそう教えてくれた。洗濯してくれた子だ。

 おやしろの南側の市街地は、歩いてみるとちょっとした坂や、曲がった道が多かった。背の低い煉瓦作りの家並みは、目抜き通りの鮮やかさに比べて目にも大人しい。

 混み始めると言われたので騒がしいのかと思っていたら、思いのほか静かなところだった。

 不思議なのは、家の庭や玄関の前で集まっている人が妙に多いことだった。椅子やテーブルを出してお茶を飲んだり、軽食を摘まんだり、盤上に駒を並べて遊んでいたりする。

 その誰もが一様にちらちらと道の向こう、今アルルたちが向かう先を気にしているのだ。

 目抜き通りやお社広場と違って出店や屋台があるわけでもないし、人通りが多い訳でもない。

 幅広で、左へ右へと曲がるこの道の向こうが日時計広場だったはずだ。


 アルルのお腹のあたりから、くふぁ、と聞こえた。

 あくびだった。

「寝るな」

 朝、起こされた身としては、それぐらい言ってもいいとアルルは思っている。

「ごはん食べると眠くなるよね」

「食べ過ぎだ、め」

「なにそれ?」

「食い物をさんざん頂く猫」

「へぇえ! いるの? そういうの」

「いる。お前」

「む?」

 黙祷をしてから広場を出るまで、色んな人がヨゾラに食べ物をくれることくれること。

 金平糖コンフェイト、ジャムビスケット、角鹿の炙り、豆瓜まめうりの揚げ酢浸し、羊串、黒パン、他、他、他。

「今みたいのを、『皮肉』って言うんだ」

「にく!」

「違う」

 するとヨゾラがカラカラと笑った。

 こいつ、わざとトボけたか。アルルは鼻白む。

「キミが思うよりは知ってるんだぜ?」

 わざわざ襟元から顔を出してそう言う黒猫は、牙を見せて、目を細めて。つまり笑っていた。

「ちっちゃい魚がおいしかったよ。アルルも後で食べなよ」

「揚げ酢浸しか」

 意外と、酸っぱいのも好みなんだな。

 

 道の蛇行が終わって急に視界が開けた。

 円形に広がる広場には、目の覚めるような青色に身を包んだ一団と、それを左右に囲む人、人、人。

 声のざわめき。太鼓を担ぎ直して、木の胴がきしむ音。皮の張りを確かめるように軽く打つ音。見にきた家族や友達と話す声。


 青色は楽隊の面々だ。赤と黄色の大きな刺繍に縁取られた真っ青な衣装。頭にも刺繍飾りの布を巻いて、男性はズボンにブーツ、女性はゆったりと広がるスカートをまとって。

 そのスカートの裾を気にする、緊張した面もちの女の子がいた。

「ピファちゃーん!」

 ヨゾラが大きな声で呼びかけた。顔を上げたピファが、大きな口でにこっと笑って、ばちを振った。

 可愛いじゃないか、とアルルは思った。

 ウーウィーが惚れるわけだよ。

「お兄さん? 今の声、あんたか?」

 となりの男に怪訝な声でそう訊かれる。

 ヨゾラの声がしてアルルがいれば、そうなるのも不思議はない。

「今のは──俺ではないです」

「はん。まぁいいや。道の端によりなよ。楽隊さんの通り道をふさいじゃダメだぜ?」

「あ、すいません」

 端によって楽隊に目を戻すと、ピファが口を引き結んで、まっすぐ前をみて、頷いていた。頷いた後、大きな瞳だけで笑った。

 見ててね、任せといて。

 そんな感じがした。

 誰が来たかなんて見なくてもわかった。

「あ。ア、アルルさん」

 本当に、お前らいったい何があったんだ?

「おう、ウーウィー」

 

 陽は高い。もうじきに正午になるだろう。

「アルルよく見えない。肩のっけてよ」

 ヨゾラがねだる声に、先ほどの男がぎょっとする。説明する。

「今度は頭叩くなよ」

 黒猫の頭を前に、お腹を肩に。


 楽隊の前に、やはり青に身を包んだ祭司さんが現れた。人並みがざわりとする。

 

 きんきんきんきん


 四度のかねの音。楽隊が撥を構えた。

 祭司さんが振り向き、両腕を大きく広げて、周りをぐるっと見回した。

 待ってました! この芸人祭司! 今年もよろしくね! 頑張れよ新人! 

 そんな声があちこちからあがる。

 祭司さんは得意げに、耳に手を当てた。どっと笑い声があがる。さらに祭司さんは「もっと!」と身振りで煽った。

 誰もが口々に、好き勝手な事を叫んで広場が、と反響する。

「頑張れっ!」

 アルルの頭上でウーウィーの声がした。

「あはっ!」

 耳元でヨゾラの声がした。

 アルルは声をあげそびれて、しかし自然と笑みがこぼれるのが自分でもわかった。

 祭司さんが撥をもった手を胸にあてた。

 そして、おおげさに、しかし厳粛に三度叩いた。楽隊も、周りも、同じように胸を叩いた。ちょっと遅れてアルルもヨゾラも真似をする。どん、どん、どん、と広場に音がした。


 アウ・ファヤ。ファヤに捧ぐ。それが訛ってアーファーヤ。順手と逆手の二本のばち。空と大地を向く二本の撥。

 祭司さんが楽隊に向き直り、鉦を高く掲げて構えた。真鍮の円が陽の光に重なる。すっ、と右手があがる。


 つきーん、きんきん

 つきーん、きんきん

 つきーん、きんきん


 三度打ち鳴らす。ほんの一瞬の完全な静寂。そして突風のように


 ばららん、どんどて、どん!!


 アーファーヤが立ち上がった。

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