第56歩: 年も大きさもぜんぜん違うじゃん

 「あっつい」

 アルルとヨゾラが、同じ言葉を口にした。


「キミはいいよね、服脱げばいいんだもん」

 本殿脇の木陰で、仰向けに転がってヨゾラは言った。アルルはもらったばかりのコートを脱いで、隣にあぐらをかいて座っている。


 町中を引き連れて広場に雪崩れ込んだアーファーヤは、どんどて、どん! とさっき終わった。


 まだ広場は活況に包まれているが、本殿では水と硫黄の奉納が行われている。本殿前に四角く立てられた丸木柱の中に、銀の壺と陶製の皿が収められた。

 皿に乗った黄色く脆そうな石が硫黄とわかったのは、祭司さんが挨拶でそう言ったからだ。

 本殿の壇上から語りかける祭司さんの影に、ギデがこっそりと控えていた。祭司さんの声が随分大きいのは、ギデがだまの魔法を使っているからだとアルルが教えてくれた。

 祭司さんが何かしゃべるたんびに、緑色の細い紐みたいのが広場の上を飛び回っていたから、あれが木霊だったんだろう。


って、生き物だと思ってた」

 ヨゾラは言う。黄色い石だとは思ってなかった。

「火薬の原料だって言うから、俺はなにか黒いドロっとしたものだと思ってた」

「火薬って黒いの?」

「うん。黒い粉だよ」

「でも、あれは黄色いし、石だし。どうやって作るんだろうね」



「それはねぇ、ヨゾラちゃん」

 不意に、はきはきとした声がした。

 アルルが振り向く。いつの間にかピファが木の背後からのぞき込んでいた。

「硫黄と木炭と、硝石をそれぞれ粉にして混ぜ合わせて作ります。とっても危ないものだから、気をつけなくちゃいけません。火気厳禁!」

 膝に左手をあててかがみ込み、右手の人差し指を立てて、子どもに物を教えるような姿勢だ。

「あ!」

 仰向けのままヨゾラが声を上げる。

 ピファはまだアーファーヤの衣装を着たままだ。

「ヨゾラちゃん、聞いたよ! 踊ってたんだってね? 見てみたかったなぁ」

「うん。めちゃくちゃ楽しかった! なんだか、体中にビリビリきた。あっつい。あの男の子すごいね」

「あ、師匠メストリさんね! わたしも去年みたよ。春分祭の有名人なの。アルルさんも見てくれてたのわかりました。どうでした? アーファーヤ」

「ものすごかったよ、びっくりだ。衣装もとても綺麗だ。お疲れさま」

 あぐらで木にもたれかかったまま、ピファを見上げて答える。

「憧れだったんです、これ着るの。今日はずっと着替えません」

 ピファが笑って、くるっと回ってみせた。スカートが広がり、白いがヨゾラから見えた。

「どう? ヨゾラちゃん、どう?」

「どうって?」

「この衣装」

 着ないから、服の事なんてわからないけど

「青い。すごくきれい」

 それぐらいならちゃんとわかる。


 そのあと、少しおしゃべりしてピファは行ってしまった。もうちょっとおしゃべりしたかったな、とヨゾラは思う。

「ウーウィーのところか?」

 とアルルが訊いて

「別にいつも一緒じゃないですよー、だ」

 ちょっと怒られていた。ちょっと怒ってみせたあと、ピファは笑って、

「ヨゾラちゃん、またね!」

 と軽やかな足音で走っていった。

 その向こうには、おじさんと、おばさんと、おばあさんと、大きさの違う男の子が三人いて、一番小さな男の子には見覚えがあった。

 おじさんとおばさんが遠くから軽くをしてきて、アルルが頭をさげ返していた。


「ピファちゃんはお父さん似だな」

 ピファを見送ったあと、そんな事をアルルが言う。

「おとうさん、ってことは、さっきのがピファちゃんの家族ってやつなの?」

「そうだと思う。そっくりだったよ」

「えー、年も大きさもぜんぜん違うじゃん。お父さん男だし」

「そこは受け入れよう。家族ってのは似るものなんだよ」

「そうなの?」

「普通はな」

 そう言って、アルルは立ち上がってコートを羽織った。

「さて、揚げ酢浸しでもつまみにいくかなぁ」

「一匹ちょうだいね」

 そうお願いしたら、まだ食うのかよ、め、とあきれられた。


 あきれたわりには、一匹くれた。

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