第51歩: 人なんてな
「アルルさん!」
「大丈夫だ」
アルルは短く答えた。
声を上げたウーウィーが、左手をヤミモリの口から抜いた。儀式はこれでほぼ完了。ドゥトーが言っていたように、ほどなくヤミモリの身体が作り変わるだろう。
「動いたら撃つ。銃になにか変な力が加わっても撃つ。おれが何か感じても撃つ。お前らも動くな!」
最後の言葉は、お
「狩りで獲物を撃ったらな、きちんと
銃口がアルルの後頭部を小突く。それなりに痛く、ひどく苛つく感触だった。
「でないと、油断した所を逃げられたり、反撃をくらったりする。いまお前がされてるみたいにな」
つまり死んでるのを確認しておけ、と言うことか。一理あって腹がたつ。
銃口は後頭部に接していない。正確な場所が読めないのは痛かった。
ユニオーが続ける。
「そもそもお前にもちゃんと
知ったことか、とアルルは思う。
「なにがしたいんだ、あんた」
ヨゾラを抱え、地面に膝をついたまま背後に問いかける。ヤミモリの周りへ魔力が渦巻いて行くのが見えた。
こんな機会、めったにないというのに邪魔をしてくれる。
「なにって、お前を人質にして逃げるよ。なんか、バレちまったっぽいしな」
「ああ、バレてるよ。あの三人組が全部話した。お前の小屋にも行った。弾が欲しかったんなら、素直に買っときゃよかったんだ」
「
金持ちの癖にケチくさい。あの墨つくるのにどれだけ手間がかかると思ってんだ。
「人質ひとり、下流に逃げるにも歩いて三日だ。できると思うのか」
また強めに小突かれた。
「できる。お前らと違って、おれは殺せるからな。わかるか?」
さっぱりわからなかった。
ウーウィーのヤミモリからは出血がとまり、徐々にその色が薄くなっている。
広場の入口を警邏の面々が並んでふさいでいた。その後ろの人垣を押しのけて、前に出てきた男がいた。
「ユニオぉっ! 無事か? 無事なのだな!?」
ウールク・ゴーガンだ。
「もうやめなさい! やめてくれ!」
戻る警邏についてきたのか、それとも騒ぎを聞きつけたのか。誰か、警邏長やドゥトーが、事情を話したのかもしれない。目を逸らしていたことを、もう知ってしまったのかも知れない。
工場の社長室や屋敷の前で聞いた声とは、まるで別人のようだった。こんなに弱い声を出す人ではなかった。
「もうやめてくれ! 頼む! 無事ならいいのだ! それでいいじゃないか! 私が悪かったのなら謝るから! もうやめてくれ! その銃をおろして──」
「父上は黙っていてください!」
懇願の声をユニオーは一喝した。
「力があるなら、振るうべきなのです! 我々は選ばれた血筋なのでしょうに、やれ橋が、職人がと、みっともないではないですか!」
徐々に陽が落ちて、地面はその暗さを増していく。アルルは広場の土に視線を向けたまま思う。
選ばれた血筋というのは、力を振るうというのは、それは、
「十四歳の女の子を追いかけ回して銃で撃つのが、力を振るうと言うことか? その指を切り落として仕舞っておく血筋か!? 情けない話だな!!」
蹴りが飛んできた。アルルは横倒しに倒れた。
「アルルさん!」
「動くなウーウィー!」
仰向けになった所に、もう一蹴り肩口に飛んできた。だてに森を走り回っていないのか、なかなかに重い蹴りではあった。
目論見どおりだ、とアルルは思う。
銃なんて、一発撃ったら空っぽなのだ。撃ってしまえばそれで終わりだ。だから殴るか蹴るかしかない。
銃口も、銃身も、それを構えるユニオーの顔も全部見えた。
銃口が心臓のあたりに突きつけられている。長い銃身ということもあるが、ユニオーは随分と背が低かった。自分よりも頭ひとつ低いのではないかとアルルは思った。
ヨゾラは腕のなかで眠ったままだ。よくもまぁ寝ていられる。
「よすんだ、頼むから! ユニオォっ!」
警邏に押しとどめられながら、ゴーガンは必死に息子に呼びかけている。
やりづらいな、とアルルは思った。ウールク・ゴーガンにはなんの恨みもない。
「一人目の子は見つけたよ」
アルルはユニオーに投げかける。紙包みの日付は、灯り屋の娘のものが一番古かった。
「あとの五人はどうした?」
「教えると思うか? いまからお前を連れて逃げきってやる。おれがやったって目撃証拠はないんだ。裁判になっても、親父が全力でおれを守るさ」
本当に──残念だ。
父親を批判しながら、あんな声まで出させておきながら、結局は父親の力を当てにするのか。こんな奴に、灯り屋さんの娘は行きあってしまったのか。こんな奴のせいでドゥトーさんは悩み、ウーウィーは殴られたのか。町を育てたウールク・ゴーガンは、こいつの父親をやらなければならなかったのか。
残念だ。残念だよ、お前。
──いいかアル坊、よく聞け──
「人なんてな」
これだけは、言っておきたかった。湯屋でギデの話を聞いたときから、言ってやりたかった。
「誰にだって殺せるんだ。十四歳の女の子でも、もっと小さな子でも、年老いた灯り屋さんでも」
肋骨に銃が食い込んだ。痛みをこらえて、アルルは言った。
「みんな殺さないだけだ。人を殺せる事なんか、何ひとつ優れちゃいないんだ」
「黙れよお前、殺すぞ!」
「無理だよ」
アルルはユニオーの目を見た。上から見下ろしているくせに、下から
「その銃、暴発するんだ」
すでに魔法の発動は終わっている。
ユニオーが甲高く怒鳴った。
「嘘つけよ!」
「試してみるか!?」
下から怒鳴り返した。
「本当ならお前の脳味噌、ぶちまけたいくらいだよ!!」
そうしないのは、免じたからだ。ドゥトーの悩みや、警邏たちの正義や、ウールク・ゴーガンの悲嘆に免じたからだ。
それでも撃つなら、その報いを受けろ!
ユニオーと睨み合っていた時間は、ほとんど数瞬の間だった。
お社の磨き石の塀を乗り越えた人があった。
乗り越えて、あああああ! と言葉にならない叫び声を上げ、カンテラのついた、長い棒を左手にもって走ってくる。
「待ちなさい!」と警邏長が叫ぶ声が聞こえた。
コートにフードの人影には、右手がなかった。
銃口がアルルの胸から離れた。
ユニオーが突進する人影に対して、ほとんど反射的に、引き金を引いた。
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