第49歩: 代理魔法

 森でやってたのと、同じやり方だ。

 ヨゾラは「球」の行く先を目で追う。ただ、今度は隠そうとしていない。まっすぐ、ヤミヌシの眉間めがけて「糸」が伸びていく。


 ヨゾラは感じる。ヤミヌシは怒っている。そして怯えている。森でひどい目に遭わされたとき、そこに必ずヒトがいたからだ。

 何度襲いかかっても仕留められず、そのつど手痛い反撃に遭っている。誰がやったか、じゃない。何がいたか、なのだ。

 そして、ヤミヌシは悲しんでいる。求めていた太鼓の音、そこからでてくる力が得られなくて悲しんでいる。助けたいのに助けられないと知って、悲しんでいる。

 わかるよ。あの音は元気になるものね。元気になるかなって思うよね。


 アルルの「糸」はヤミヌシに気づかれることなく、眉間にぴたりと吸い付いた。「糸」の出すほのかな碧い光は、お日様の赤い光には弱すぎる。

 ヤミヌシが魔法の気配を感じられないのは、森での戦いでわかっていた。

「アルル」

 ヨゾラは一つだけ知りたかった。

「殺さなきゃだめ?」

 アルルは少し考えてから

「手加減できる相手じゃなかった」

 と言った。

「気づくのが、遅すぎたよ」

 とも言った。

 アルルの体が、魔力でになっている。光って見えるんじゃないかと思うほどだった。

 ウーウィーがヤミヌシの正面に回り込んだ。

「だめだ! 森へ帰るんだ! どこかヒトの居ないところへ行くんだヤミヌシ!」

 両腕を広げ、ヤミヌシの鼻先で、アルルに背を向けて立つ。その背中にアルルが怒鳴った。

「どけウーウィー! 俺たちヒトがそいつを怒らせた! 区別なんかしてくれないぞ!」

「いやです! 殺さないでください!」

「くそっ……!」

 アルルは「糸」を繋いだまま、杖にすがって重そうに立ち上がった。そのまま、右へ右へと動いていく。ヤミヌシと自分とを結ぶ線の上から、ウーウィーが外れるように。

 ヨゾラは寄り添うように三本足でついて行く。

 北側の広場入り口から、四、五人のけいたちが手に手に銃をもって入ってきた。

「離れなさいそこの少年!」

 警邏のひとりがウーウィーに怒鳴った。

「その化け物を大砲で狙っている。今すぐ離れなさい!」

 ウーウィーは警邏たちを見た。そして、役所の屋上を見た。正午を知らせる大砲の、長い砲身があった。

 ウーウィーの目が逸れて、ヤミヌシが口をゆっくり開けるのをヨゾラは見た。

 アルルが右へ大きく動いた。そしてヤミヌシへ一歩踏み出した。急な動きに、ヤミヌシが釣られた。アルルに注意が向いた。ウーウィーが線上から外れた。


 突進が来る。


「うわっ」

 すぐそばにいたウーウィーが驚き後ろへ倒れ込んだ。アルルはまだ魔法を放たない。迫り来る巨大な塊に、ヨゾラは本能的な恐怖を覚える。それでも踏みとどまれ、と別の本能が告げる。

 ヤミヌシの後ろ脚がウーウィーをかすめて過ぎて、アルルの声。

「──ごめんな」

 ぱんぱんに溜まっていたアルルの魔力はいっぺんに力場にかわり、ヤミヌシの眉間を


 どずっ。


 打ち抜いた。


 衝撃に、ヤミヌシの身体が大きく反り返る。

 森で使ったような、爆発させるようなやり方じゃない。小さな範囲に、一瞬で、大きな力を打ち込む。容赦のない、ただ殺すための魔法フィジコ

 その魔法はしかし、ヤミヌシが突進する勢いまでは殺さなかった。

 もんどり打って横倒しになりながら松明灯籠たいまつとうろうをなぎ倒し、闇色の塊がヨゾラの視界いっぱいに広がる。アルルに魔力は残っていない。


 あ、死ぬ。

 アルルが死ぬ。


 その視界に一瞬、何か文字のようなものが大量に映って消えた。最後に見えた文字だけが、記憶に残った。

  

 代理魔法   実行


 ヨゾラは、身体が遠くなったように感じた。

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