第43歩: 火葬

 隠すつもりも全然無かったんだな。

 小屋から持ってきたスコップを地面に刺し、アルルは思った。何のために使われたスコップか考えないようにして持ってきた。

 でも、もういいだろう。もう使いたくない。

 黒々とした土から顔をのぞかせる、白っぽい丸いもの。

 おおよその場所さえわかれば、魔法フィジコでいい。



 小屋からけいが出て行った後、ドゥトーは指の骨を丁寧にくるんだ。

 元の紙ではなく、追跡の魔法陣にしていた紙で。

 女の子の幽霊は骨に追いすがったが、紙にくるんでしばらくすると、そんなことはすっかり忘れたようにゆらりと出て行った、らしい。

 幽霊の様子は、ヨゾラとドゥトーがそれぞれ教えてくれた。

「たいていの場合は」

 とドゥトーが通説を述べる。

「幽霊は生まれた場所、言い換えれば、死んだ場所に戻る」

 幽霊は本人とは別物と言う説に対し、本人の魂の欠片が魔力に結びついて生まれた、という説もある。それが証拠に、元の体だったものや、何か思い入れのあるものに強い反応を示す、と。

 最期を迎えた場所に戻るのも、そこに想いが残っているからだという。

 しかし、魂を証明できた魔法使いはいない。

 人が死ぬ時に、体から魔力が抜けるのを魂と言う者もいるが、生き物の身体は多少なりとも魔力を含むのだ。それを魂と言うべきかについては、いまでも学院で議論をしているだろう。


「幽霊についてはわかったけどさ」

 アルルに抱き上げられたままのヨゾラが言う。

「あたしのしっぽを引っ張ったのは全然わかんない」

 そして、魔力を全く含まないこの生き物に魂がないのかと言われると、それは違うと思う。

「キミには絶対わからないと思うけど、めーっちゃくちゃ痛いんだよ? 首にくる。あ、ちょっとズレた。もう少しこっち」

 ズレたのは首ではない。幽霊の行く先だ。

 ヨゾラは前足で方向を示してくれる。

 幽霊はふらふらと行き先が定まらない。行き先なんてものが果たしてあるのかもわからないが。

 まるで見えない道を歩いているみたいだと、ヨゾラは言っていた。逆さになったり、横向きになったりしながら、見えない道を歩き回っていると。

 そしてしばらくして、結局は小屋の裏手で幽霊は止まった。日影になっていて薄ら寒い。

 近くの木にはひとつ、小さなウロがあった。

 

「あ、寝転がった」

 とヨゾラが言った。

「地面にか?」

 ヨゾラが頷く。

「なんか、沈んでく」

「このあたりだの」

 とドゥトーが杖の先で大きく楕円を描いた。

 アルルはヨゾラを降ろし杖を置いて、慎重に掘り始めた。

 骨が見えて来るまで、ほとんど時間はかからなかった。

 ──隠すつもりも全然無かったんだな。




 魔力を吸い、場所を見定めて数本の「糸」を飛ばす。骨の周りから土くれをどけるための力場を作る。

「昼間は地味と言ったが、これはこれで見事なもんだの」

 フィジコの力場は見えないので、はたには生き物のように土が動くのだ。

 こんな時でなければ、アルルも少しは得意になれるはずだった。

 徐々に全身が見えてくる。

「幽霊、起きた」

 数歩さがってヨゾラがそう言う。

 骨はうつぶせだった。着ていた物も朽ちて残ってはいない。かろうじて、ケープやスカートの切れ端が残っているぐらいだ。

 アルルは大きく息をつくと、コートのポケットに手を入れる。仕込んだ塩袋からひと欠片かけらを出して口に含んだ。

 ドゥトーが少女の骨のかたわらにひざまずき

「お前さんに返そう」

 と紙包みを開く。

 右手の小指だった。

 丁寧に、順番に、三本を並べていく。

「幽霊の子、すごく動き回ってる。くるんくるん飛んでる」

 その様子を追っているのか、ヨゾラが顔をくるんくるんとさせながら言った。

 骨を並べ終わり、立ち上がろうとしてドゥトーは何かに気がついたようだった。アルルがどけた土くれの中に、西日を受けて光るもの。

  瑪瑙めのうであしらった蝶々。

 髪留めの部分は錆びて落ち、飾りの蝶だけがその形を留めている。

 ドゥトーは、幽霊の子を見上げた。

「これは、お前さんのお父さんに届けるからの」

 静かな声でそう言うと蝶々を大事にしまい、杖を両手で持って体を支えるように立ち上がった。

 アルルには何をしようとしているのかわかった。

 死者はとむらわなければならない。

 祭司がいなければそれは、魔法使いの仕事だった。

すべて生けるものは──」

 アルルもこうべをたれ、ドゥトーの言葉に唱和する。


すべて生けるものは死せるときまた旅立つものなり。煙は天に、灰は地上に、骨は土に。かの夜からこの世一つと産まれいでにければまたかの世の中に還らん。願わくはまたいずれかの世の夜をあしたに出逢わんことを」

 

 しばらくの間、誰もなにも言わず、その沈黙の中、ドゥトーがゆっくり口を開いた。


「おいでませい、火トカゲたち」

 

 杖の先から生き物のように火の舌が広がる。少女の骨を慈しむように包みこむ。

「あ……」

 とヨゾラが声をあげる。

 火が骨を洗うように流れて消えた。

「幽霊の子、笑ったかも……」

 アルルは頭をあげた。

「もう、見えなくなったか?」

「うん。アワゥオが消えてく時と似てた。透き通って、溶けていくみたいだった」

「なら……これで良かったんだ」

 アルルは杖を拾い上げた。


 だぁん!


 銃声が鋭く響いた。

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