第41歩: ヒトみたいな奴

 小屋に入ってヨゾラの目に見えたのは、テーブルの脚と、その向こうに椅子の脚。どちらも一つ分だ。一番奥には火の入っていない暖炉がある。

 床からは、かすかにヒトの血のにおいがした。

 やっぱり、なんだか薄暗い。お日さまの光は差し込んで来ているのに、何が違うんだろう。しっぽに何かがまとわりついてる感じがして、居心地わるいな。

 そんなふうにヨゾラは思った。

 大人のヒトが三人入っても小屋の広さには余裕がある。

「あったな」

 とドゥトーが短く言った。テーブルの上から白トカゲの足音が聞こえた。

「弾も自作していたようですね。良い道具つかっていやぁがる」

 けいの人がそう言うのも聞こえる。

 ヨゾラは椅子に飛び乗り、ついでテーブルに跳んだ。飛び乗った拍子に、何か小さく丸いものを蹴飛ばしてしまう。

て」

 テーブルの上をころころと転がっていく鈍い銀色のを、アルルが手で止めた。

「これ、弾、ですか?」

 と警邏へと訊いている。

「どんぐり弾ですよ。警邏隊うちにはそれを撃てる銃は配備されてないですがね」

 テーブルの上には、どんぐり弾と呼ばれた物が並んでいて、ドゥトーの家で見た発動陣の束が隣に置いてあった。

「盗まれた品はこれですか?」

 紙束を指して警邏の人が言う。

「さよう」

「わかりました。証拠として預かります」

 そう言って警邏の人は紙束を腰止めの鞄にしまおうとしたが、それをドゥトーがとめた。

「その中の一枚は追跡に使った物でな。仕舞う前に、少し貸してくれ」

 警邏の人は嫌そうな顔をしたが、ドゥトーが出した手を引っ込めないので、しぶしぶ束を渡した。

「証拠品ですので、傷めないで下さい」

「儂の作ったもんだぞ? そんな真似せんわ」

 そう言ってドゥトーは紙の束の中から一枚抜き出すと、テーブルの上に広げて端を手で押さえた。

「ラガルト。ご苦労だった」

 ラガルトが、紙に描かれた線をなぞるように走る。

 線が紙を離れて浮き上がる。

 浮き上がった線が、ラガルトの尾の切り口へと吸われていく。するするする、と滑らかに吸われた線がラガルトの尾の輪郭を形作っていく。

「うわぁ……」

 アルルが、その様子に思わず声をもらした。

「証拠が……」

 警邏の人もその様子に思わず声をもらした。

 ラガルトの尾がすっかり元通りになる。

「傷めるなと言ったでしょうに……」

 警邏の人ががっくりとうなだれている所に、

「良いではないか、まだたくさんあるんだから」

 とドゥトーがラガルトを手の甲に登らせながら声をかけた。

 唸り声みたいな声を上げて、警邏の人は残りの束をしまう。そのまま、小屋の中を見て回る。

「……銃ばっかり随分とたくさん集めたもんだ」

 舌打ちしそうな口振りで、丸鉤で壁に飾られた銃の群れにそう言う。六丁あった。一組、何もかかっていない丸鉤があった。

 ヨゾラも周りを見回す。

 銃と、銀色のどんぐりと、他にはアルルも持ってるようなスコップとか。あと、あれは、あの女の所でも見た。けものの皮を剥ぐためのナイフだ、おっかない。

 暖炉から離れた一角に、厚手の布で仕切られた場所がある。アルルはそこに入っていった。

 布の向こうから引き出しを引っ張る音がする。

「火薬。それに、こっちは普通の弾か。何だこれ? 日付?」

 何を見てるのかなと、ヨゾラはアルルの所へ行こうとした。そのとき、頭上でふわりとした流れを感じた。しっぽの違和感が急に具体的になった。

 えっ?

「痛いっ!」

 しっぽが引っ張られ、背骨から首の方にっと痛みがくる。

「嬢ちゃん!」

 振り向くと、ヒトの手が上からしっぽをつかんでいる。

 ドゥトーじゃない、警邏の人でもない。

 アルルが布の向こうから飛び出してきた。

 ドゥトーが屋根を見上げて目を見開いている。

 屋根裏から垂れ下がった女の子が、九本の指でしっぽを掴みしげしげと眺めていた。

「痛いじゃないかぁ!」

 しっぽを掴まれたまま、後ろ脚で反撃する。手応えはあるのに、あんまり効いてる感じがしない。蹴ると、反動が首に来て痛む。

「ラガルト、吸い取れ!」

 とドゥトーが命令し終わる前に、女の子の指がラガルトをドゥトーの手の甲からはじいた。

 かつっ! と硬い音をたててラガルトが壁にぶつかる。

「ラガルト!」

「いててててっ、痛いって!」

 しっぽを握る手に力が籠もってきた。徐々に上へと引っ張られて、脚が浮きそうになる。

 警邏は唖然としている。たぶん見えていない。

 と言うことは、当然アルルにも

「ヒトみたいな奴か!?」

 見えていない。

「そ、そ、そ、そう!」

 こんなときになに訊いてんだよ!

 前足の爪をテーブルにたてて踏ん張りながら必死に返事をする。

「なら……!」

 アルルが短く息をはいた。あたりの魔力に流れができた。次の瞬間


 しゅぼっ!


 魔力がひと固まりに、女の子からアルルに吸い取られた。しっぽが解放された。後ろ脚がテーブルに着く。おそるおそる上を見る。


 まだいた。


 全力でアルルに飛びつく。

「な、なにあれ。なにあれ。なにあれ」

 しっぽがズキズキした。

「見えないけど」

 飛びついてきたヨゾラを支え、暖炉へ「糸」を飛ばしながらアルルが答えた。

「幽霊だと思う」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る