第40歩: 小屋へ
ごく緩やかな斜面を、黒っぽい人影が等間隔に広がって登っていく。腰止めの鞄をさげ、それぞれの銃には剣先が取り付けられていた。
馬を手近の木に繋ぎ、全員が徒歩だ。
町の方から差し込む日差しが木漏れ日となり、彼らの黒い背中に揺らめいていた。
何も知らなければ、きれいな森なんだろうな。
背の高い針葉樹の森に杖を繰り出し、お世辞にも速いとは言えないドゥトーの後ろをアルルはついていく。ドゥトーの家に来た部下の警邏も一緒だった。
ラガルトが先導し、その横にヨゾラがついている。時折、侵入者に驚いて飛び立つ鳥の羽音が低く唸っていた。
黒く湿り気を含んだ土や、落ち葉に隠れた枯れ枝に足を取られ、そのたびにアルルや警邏に支えられながら、それでもこの初老の男は無言で進んでいく。
斜面を横切るように登りながら、ごく小さな水の流れを渡り、町を一望できるちょっとした崖を遠目に通り過ぎる。
午後の陽に照らされる町並みに、アルルはほんの少し足を止めたい衝動にかられた。
「近いってさ」
ヨゾラが振り返ってそう言う。
「どっちがだ?」
「魔法陣」
ヨゾラには、ラガルトの小さな声も聞こえるらしい。顔をあげると、森の中にしては立派な小屋が木立の向こうに建っていた。
ヨゾラは立ち止まって、耳の向きを素早く変えながらあたりをうかがっている。
「どうした?」
「んー。なにか聞こえた気がしたんだけどな。気のせいかも」
「また何か聞こえたら教えてくれ」
「まかせて」
中に誰かいるのかどうか、遠目からはわからない。警邏の指示でアルルたちは足を止めて斜面の陰に身を潜めた。ドゥトーがしんどそうに大きく息をついている。
「大丈夫ですか?」
「なんの……」
気を張ってはいるようだが、やはり山歩きはかなり堪えるのだろう。アルルは腰から革の水袋を外す。
「飲んでください」
「すまんな」
ドゥトーは煽るように水を飲んだ。人心地ついたのか、
「オゥルならもっと良かったがの」
と冗談めかした。
「贅沢言わないでくださいよ」
水袋を返してもらいながらアルルは呆れた声を出す。その質はさておいても、冗談が言えるならまだ大丈夫だろう。
「人がいる様子はないようですが……」
警邏が小屋をうかがいながら言う。
ラガルトがドゥトーに向かって喉をヒクつかせると、するするすると小屋へ向かって這って行った。
「見てくるそうだ」
幾分か張りの戻った声でドゥトーは言い、懐から何か取り出してかじった。こんな時でも興味しんしんにヨゾラがドゥトーを見上げた。
「これはカラカラ胡桃の塩干しだよ嬢ちゃん。食べてみるか?」
「言っとくけど、めちゃくちゃしょっぱいぞ」
とアルルは忠告したのだが
「食べる」
とヨゾラは言い、それに警邏の言葉がつづいた。
「もう少し緊張感持ってもらえないですかね?」
めちゃくちゃしょっぱかった。
けへっ、けへっ、と変な咳まででる。
「しょっぱい……」
「そう言った」
見かねたアルルが手のひらに水を溜めて飲ませてくれた。残りはアルルが飲み干した。
「すまん嬢ちゃん、しょっぱいのは苦手だったか」
ばつが悪そうに言いながらドゥトーはもう一つかじる。あんなにしょっぱいのに、とヨゾラは信じられないものを見る気持ちになる。
「戻ってきませんねぇ」
思いついたように言う警邏の顔は苦そうだった。
今は、少し違う。ムダで、ひどいと思う。ドゥトーの身体がめちゃくちゃになったのを見た時の気持ちは忘れられそうにない。
あいつらは捕まった。そして、もうあたしは手を出せないらしい。
今探している、ユニオーという奴も捕まえるつもりだという。捕まえればそいつはもう人を殺せなくなるから、それでいいだろ? とアルルは言うけれど。
いいのかな。
「行くかの。中には誰もいないようだ」
ドゥトーが、よっこいせ、と立ち上がった。
「まだトカゲ殿は戻ってきていませんが?」
急に立ち上がったドゥトーに、警邏の人が非難じみた口調でいう。
「お若いの。儂はラガルトの見ているものを見せてもらえるのだよ」
少し得意げなドゥトーに溜息をついて、警邏も立ち上がった。アルルがそれに続く。
ちょっと
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