第39歩: 森へ

 おやしろの前を通り過ぎたとき、広場にちらりとピファの姿も見えた。何か大きな布地を抱え、別の女性から指示を受けては頷いていた。

 広場には屋台の骨や松明灯篭たいまつとうろうが組まれ、本殿前の一角を四角く囲うように細い丸木の柱が建てられていた。

 祭司さんや、洗濯してくれたまつりたちも動きやすそうな服を着て、あちこちに走り回っている。


 反対側をみれば、目抜き通り。青と黄色の菱形が彩る通りは、土曜日ティエハの半日仕事を終えた人たちで賑わっている。春を思わせる午後の陽ざしの中、樽テーブルを囲んでオゥル酒を酌み交わしている一団もいる。


 その二つの間を、けいの一団が行く。警邏長を含めて十人。うち五人は馬に乗って、そこにアルル、ドゥトー、ヨゾラが加わっていた。

 いよいよ祝祭を迎えようか、という高揚感を割って通る物々しい集団はひどく場違いで。

 なんだか滑稽こっけいだな、とアルルは思った




「あの感じわるいやつを捕まえにいくの?」

 手綱を操る警邏の尻と、その後ろに乗るアルルの腿に囲まれながら、ヨゾラはそっくり返るように上を見る。

「そうだ。俺たちはそのお手伝い」

 まっすぐ見下ろすようにして、アルルが答える。

「感じわるいから捕まえるの?」

「そんなわけあるか。三人組の一人を銃で撃ったから捕まえに行くんだよ」

「でも、あいつはひどいやつだったよ。ひどいやつをひどい目にあわせても捕まるの?」

 アルルはちょっとだけ何か考えて、けっきょく言ったのは

「そうだ」

 だった。

「ふーん」

 釈然としないまま、ヨゾラは前を見る。警邏の尻から目をそらすと、ドゥトーの青いローブの端っこが見えた。

「あんまり余計なことは考えるな。あの感じのわるいユニオーを見つける。見つけたら知らせる。知らせを受けた人が捕まえる。俺たちはそれだけ考えることにしよう」

 そう言うアルルの首から、細長い金属の笛がぶら下がっている。

「わーったー」

 揺れる馬の背中で、仕立て屋が過ぎていくのを見ながらヨゾラは返事をする。

 アルルの服、直ったかな。

 

 あの太い男からいろいろ聞き出したあと、髭の警邏長はあわただしく動き回っていた。なにか、いろいろ手続きという物をしているのだ、とドゥトーが教えてくれた。

 ちょっと暑いからと、アルルは帽子と手袋を荷物ごと警邏の詰め所に置いてきていた。持ってきているのは塩と水と杖だけだ。

「その杖、なんで持ってきたの? 魔法の杖なの?」

 身体ごと振り返ってヨゾラは訊く。アルルのアゴぐらいまである、だいぶ長い杖だ。よく見ると、手で持つあたりを布で締めてある。

「いいや、ただのイチイの杖。頑丈だし、歩くとき楽だし、何かと便利だ」

「いま使う? 邪魔じゃない?」

「好みの問題」

 アルルは鞍の後ろを左手でつかみ、右手で杖を立てるようにして持っている。片手がふさがっているし、杖の上半分ぐらいは頭の上に突き出て、馬の早足にゆらゆらしている。

 やっぱりなんだか邪魔そうだ。

「ねぇ、爪とぎたいからそれ貸して」

「やだよ。気に入ってるんだこの杖」

 とアルルはヨゾラから杖を遠ざける、

「うしろのお二人? 一人と一匹? さん。ちょっとは緊張感持ってもらえないか」

 手綱を握る警邏がちらりと振り返ってからそう言った。その声は怒っているのかなんなのか、ずいぶん硬い響きがあった。

「……キンチョーカン?」

「あとで教えてやる」

 小さな声でアルルはヨゾラにそう言うと、それからは黙った。




 背の高い青銅細工の柵の向こうは、思ったよりは小さな庭園。

 屋敷にたどり着くのにも一苦労するような庭を想像していて、アルルは少し拍子抜けした。

 柵の向こうにいた庭師が馬に乗った警邏の集団を見て、腰を抜かしそうになりながらしょうしゃな屋敷へと駆けていく。警邏が二人、両開きの門扉を押しあけた。庭園に造られた道を二列縦隊で進んでいく。

 隊列が屋敷正面の車留しゃどめにさしかかるのと、ゴーガンが玄関から飛び出てくるのがほぼ同時だった。

「何の真似だ……! 役人風情がこんなことをして、覚悟はできているんだろうな?」

 視線で殴りつけるかのように一団をにらみつけるゴーガンの、歯の間から言葉が漏れる。

 警邏長が馬から降りた。ゴーガンの視線にまったくひるむことなく、あくまで事務的に、要件を告げた。

「ウールク・ゴーガン = ユニオーに強盗の示唆、盗品の購入および銃による重傷害の嫌疑がかかっている。ご子息はどちらか?」

「なんの権利があって我が家に踏み込むか!」

 真っ青な顔で怒鳴るゴーガンに、警邏長は丸めた紙を広げてみせた。

「エレスクルー執行長官の署名入りだ。邪魔立てすれば、あなたも捕まえねばならなくなる」

 それに続いた警邏長の言葉は、彼個人のものとアルルには聞こえた。

「そんなことは、させてくれるな」


 ぱぁぁぁん、という炸裂音が屋敷の背後から響いてくる。ユニオーの居場所は、聞くまでもなかった。

 警邏長が馬に戻る。こぶしを震わせるゴーガンを残して屋敷を迂回する。部下たちがそれに続く。

「ウールク……」

 馬上でドゥトーが苦しげな声を出し、ゴーガンの前を過ぎて行った。

 屋敷の裏手へと続く道を行き、裏門が見えてきたころ

「ツェツェカフカぁぁ!!」

 というゴーガンの絶叫が遠く後ろから聞こえてきた。

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