第38歩: 耳食いちぎっていい?

 あたしを蹴ったやつだ。

 檻の向こうで腰を抜かしている男をみてヨゾラは思う。

 階段をいくつか降りると、たくさん檻の並んでいる所にでた。なんだかジメっとしていて、家の床下みたいなにおいがした。

「ジジイ! お前なんでだよ! なんで生きてるんだよ!」

 男はわめきながら、狭い檻の、いちばん向こうの壁の、さらにその向こうまでさがろうとしているようだった。

「魔法使いは不死身なのだよ」

 さらりと言ってのけるドゥトーに、アルルが一瞬目を真ん丸にする。

 ラガルトがドゥトーの体から滑るように地面に降りた。檻の中に入った。


 檻が炎に包まれた。


 男が絶叫する。ヨゾラがアルルの脚にしがみつく。アルルが後ずさる。けい長と部下が絶句する。見張りの警邏がすっ飛んでくる。

 檻の中を走り回る火トカゲの姿がヨゾラには見えた。

「ラガルトやめなさい」

 ドゥトーがそういうと、炎は何事もなかったように消え去り、

「助けてくれよ、助けてくれよ……」

 おびえたように繰り返す男が残った。

「ツェツェカフカさん!」

 警邏長が非難の目をむける。

「いや、儂の使い魔が申し訳ない」

 とドゥトーが謝っていた。

 ラガルトの「ざまをみろ」という声がヨゾラの耳には届く。

 使い魔ってすごいな。あんなことできるんだ。

 

 別の檻へも案内された。そっちにはウーウィーを踏んづけていた、太い男がいた。ドゥトーを見て、さっきの蹴った男と似たような反応をしていた。

 ドゥトーもさっきとまったく同じことを言った。違ったのは、太い男が檻の向こう側の壁から立ち上がり、こちら側へそろそろと歩いてきたことだ。

 警邏たちが身構える。

「助けてほしい奴がいるんだ」

 と太い男が消え入りそうな声で言う。

「勝手な事を……!」

 アルルが喉の奥から声を絞り出した。

「お、脅されて仕方なくやったんだ! 殺すつもりなんかなかったし、爺さんピンピンしてるじゃねぇか!」

 直後、太い男の体が鉄格子に激突した。

 碧い「糸」が一本伸びている。

「そういう事じゃねぇよ!」

「アルル君!」

 ドゥトーが「糸」をつかんで、勢いよく引いた。アルルの指から「糸」が切れて外れた。太い男がそのまま尻餅をつく。警邏長がアルルの肩を強くつかんで振り向かせた。

「今のは見なかったことにするが、次やったら君も捕まえねばならんぞ」

 人差し指を突きつけて、静かで、迫力のある声だとヨゾラは思った。

 アルルは何度か荒い息をつき、ぎゅっと目を閉じてから

「すみません……」

 と言った。警邏長はアルルの肩から手を離し、アルルは掴まれていた肩をさする。

 今のの何がいけないんだろう。髭おじさん、乱暴だ。そうヨゾラは思った。

「助けてほしいんだ、あんたは見ただろう?」

 尻餅をついたまま、太い男がアルルに向けて言う。

「もう一人、俺たちの仲間がいるのを、見ただろう?」

 泣きそうな声だった。

「死んじまうんだよ、ほっといたら死んじまう。助けてくれよ、俺にできることならなんでもするからよぉ、あいつだけは助けてくれよ!」

 もう一人。木箱に座ってたあいつ。あたしの腕を切り落とそうとした、あいつか。

 ヨゾラは全く興味がなかった。死ぬなら、それでいいじゃないか。

「手短に話せ。場所と、状態だ」

 だから、警邏長ヒゲおじさんがなんでこんなやつのお願いを聞くのかわからなかった。

「い、一番橋の向こう側の橋の下に、昔の舟屋がある。今は使われてない小屋だ。そこに、脚を撃たれた仲間がいる。血止めはしたけど、止まらねぇんだ。止まらねぇんだよ」

 警邏長は太い男をさらに詰問する

「誰にやられた?」

「ゴーガンとこのクソ息子だよ! 仲間を人質にしやがった! 朝までに魔法陣とか言うのを持ってこなければ、『今度はこいつの頭を撃つ』って脅されたんだ!」

 太い男の絶叫が地下に響いた。

 警邏長が部下に目くばせして、顎をしゃくった。部下がうなずいて、走っていく。


 ヨゾラはアルルの靴をたたいて言う。

「ねぇ、あいつらの耳食いちぎっていい?」

「物騒な事言うなよ、さっきのを見てただろ? ダメだ」

「なんで? ラガルトもアルルも仕返ししてたじゃん」

「それは……」

 アルルが口ごもる。

 ヨゾラは納得がいかない。昨日の納屋では耳のひとつも食いちぎってやると思っていたのに、食い損ねたのを思い出した。

 警邏長がヨゾラを見た。

「黒猫、君がなにかすれば、おじさんは君を捕まえねばならん」

「なんでさ?」

 黒猫、と呼ばれてヨゾラはむっとした。

 警邏長はゆっくりヨゾラへ告げる。

「そういう決まりだからだ。そんな事をさせてくれるな」

「なにそれ? 決まりってなんなの?」

 さらに言いつのろうとしたら、上からアルルに捕まった。

「なんだよ、はなせよっ!」

 そう言うと、アルルが軽くうめく。

「……ダメだ。ヨゾラ、ダメだ。さっきのは、俺が間違えたんだ。ダメなんだ」

 なおも暴れるが、身体をつかむ手は緩まない。

「ヨゾラやめろ。こいつらはもう捕まった。俺たちが乱暴するのはダメなんだ」

「なんでだよっ。こいつ、ウーウィーくんに乱暴したのに! ドゥトーの身体をめちゃくちゃにしたのにっ!」

 さらに力をこめて暴れる。すり抜けては捕まり、後ろ脚をバタつかせ、前脚をアルルの手に掛けて踏ん張る。

「わかるけど! でも、だからこうして牢屋にいれられてるんだ。おとなしくしろヨゾラ。頼むから!」

 ヨゾラは疲れてきた。アルルがやめろと言うたびに、暴れるための気持ちが削られていく気がする。

「……アルルがそう言うなら、いいよ。わかったよ……」 

 しぶしぶ、ヨゾラは暴れるのをやめた。 

 警邏長は「しかしまぁ」と呟いて見張りの警邏を呼び寄せ、上から男を見下ろしたまま言った。

「お前の仲間は探してやる。まだ生きてれば手当もしてやろう。もう少し詳しく話せ」

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