第37歩: 穴の目
穴の目。
闇や影に近しいもの
その名の通り、穴の中に潜む目玉。
関わり過ぎれば、自分も穴に取り込まれると言われるもの。
「穴の目」を覗き込む時、別の「穴の目」が見ているものを見るのだという。
「ウーウィーは影や闇と相性がよくてな。小さい頃、よく穴の目を覗き込んで遊んでいたらしい」
「女の子がいなくなって大人たちが騒いでいたときに、七歳だったウーウィーが『みた』と言ってきた。女の子が怪我をして痛がっているそばに、ユニオーがいたとな」
「ウーウィーはアルル君も知ってのとおり、しゃべるのが苦手だ。子どもで、言うことも滅茶苦茶だったが、ユニオーが女の子を助けるでもなく、細長い筒の中に何かを詰め込んでいた事と、その筒をこう、水平に構えたという事はわかった。儂らはウールクに掛け合ったよ。もしかしたら、もしかしたらまだ、間に合うかも知れんとおもってな。だが、とうとう森には入れんかった」
「女の子はその後も帰ってこず、ウーウィーと家族は、辛い目にあった」
「ウールクが学校を立て直したり、街道や舟着き場を整備したり、お社の屋根を葺きかえたり、そんな事にいっそう精力的になったのも、丁度その頃からだ。ゴーガン家の息子は人を狩る、という噂が立ち始めたのもな」
「真偽は、わからんのだ。だが儂にはどうしてもウールクが何かの罪滅ぼしをしているように見えてしまってな。あの男が……あの男のそんな姿を見るのは……。せめて、せめてあの時、無理やりにでも森に入っていたら、なにか違っていたかもしれない、そう思わずにはいられん」
「そして、今回の件だ」
パンと、干し肉と、酢漬け野菜はあまり味を感じなかった。無言で食事をしながら、アルルはドゥトーの話を思い返し、考える。
ユニオーは最近になって新しい銃を手に入れたという。町一番の金持ちの息子が、小遣い欲しさに盗品を売るとは思えない。発動陣は弾にしているのだろう。
あの魔法陣が何なのか、素人にわかるわけがない。それを知っているのは、作った人間と、使っている人間だけだ。ウーウィーを脅して魔法陣を手に入れようとするのが誰かなんて、最初から見当がついていたのだ。
昨日、ドゥトーさんはここに来たのだろう。
追跡用の魔法陣は確かに「エサ」だった。泥棒の親玉を捕まえるためではなく、ユニオーに迫るための布石だったのだ。
だからゴーガンに会いに行ったのだ。
真相を突き止めるつもりだと、宣言しに行ったのだ。
ユニオーがこれ以上誰かを撃つ前に。
ドゥトーさんは知らない。俺がすでに撃たれていることを。
撃たれた理由はわからない。一人旅で、見るからにこの土地の人間ではないから。それだけの理由だったのかもしれない。そして、それをユニオーは自慢げに語っていたと。
人を殺せることを自慢していたと。
昨日までは、そんなことはさっさと忘れてしまいたいと思っていた。今は、覚えていない事がもどかしいと思った。覚えていればむしろ迷わずにユニオーを恨むことができた。
ヨゾラが膝に飛び乗ってきて、アルルは我に帰った。なにをするのかと見ていたら、頭をアルルの腹のあたりにすり付けてくる。
「どうした、ヨゾラ?」
黒い頭を見下ろして尋ねると、
「直感で」
と顔を上げないまま短く答えた。
アルルはその背中に右手を置いた。藍にも紫にもみえる毛並みは柔らかで、温かい空気を含んでいた。
「む」
と声をだして、ヨゾラが少しだけ
数度、その背中をなでる。ヨゾラの身体から力が抜けていく。
「冴えてるな、お前の直感」
アルルも心の力が抜けた気がした。
やはりあの男を、ユニオーを野放しにしていてはいけない。だから捕まえるのに協力する。あとの事はこの町に任せよう。
「わかったことが二つあるよ」
右手の下でヨゾラがこちらを見上げていた。
「ひとつは、撫でてもらうのは気持ちがいい。もうひとつは、猫の
またよくわからないことを、とアルルは思い、少し笑う。
「猫の身体も、ってお前の身体はひとつしかないじゃないか」
「うん。そうなんだけどね」
と、ヨゾラは後ろ足で耳を掻いた。
その時、扉が軽く叩かれて、警邏がひとり入ってきた。
ドゥトーの家にも来た部下の警邏で「よろしいですか」と警邏長に耳打ちする。
聞き終えた警邏長は
「しかし早かったな」
と感嘆の声をもらし、アルルたちに向き直って言った。
「例の二人、捕まえたぞ」
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