第35歩: ゴーガン
「なっ……!」
と言うのがその男の第一声だった。木目の美しい樫材の扉を乱暴に閉じて出てきた、二十代半ばぐらいの男。長くまっすぐな金髪に透き通った美しい瞳をしているのに、目つきがそれを台無しにしている。
下から
アルルとドゥトーを交互に見やり、しばらく無言の睨み合い── 一方的に睨まれているだけだが──が続いた後で、
「……なんの用だ、あんたら」
とようやく言葉がつづいた。
「どうも、ユニオーさん。ちょっとお父君にお話があっての」
ドゥトーがにこやかな言葉を発した。
「そうかい。ぞろぞろ連れ立って、ヒマなことだな」
「まぁ、儲かっとるからの」
ユニオーと呼ばれた男は、ふん、と鼻をならし、三人をかき分けるようにして通り抜けた。最後にアルルの鞄に軽く肩が当たり、大げさに舌打ちすると
「
と吐き捨てた。
野郎!
思わず頭に血が昇りそうになるのをこらえて、なんとか無視する。
あいつが、そうか。ウールク・ゴーガン =
「あいつ……感じわるいね」
背後から声がした。さっきぶつかられたのとは反対側に、ヨゾラが顔を出している。アルルは首をひねって小鞠のようなその頭を見ると、右腕を背後に無理やり伸ばしてヨゾラの頭をなでた。
「わ、なにさ?」
とヨゾラが戸惑った声をあげた。
「いや……ありがとうな」
とアルルが言う。
ドゥトーが樫の戸を叩く。
「ヘンなの」
とヨゾラが呟くのと
「誰だ? 来客の予定はないはずだ」
と中から声がするのが同時だった。
「ゴーガン、突然申し訳ない。儂だ。ツェツェカフカだ」
しばらくの間があいて
「入ってくれ」
と中から声がした。
「すまないが、嬢ちゃんはまたしばらく隠れててくれんかな」
と言いながらドゥトーが扉を開ける。
中は飾り気のない、しかし質の良い家具のそろった執務室だった。
「
眉間の皺をいっそう深くしながらウールク・ゴーガンは腕を組み、机の向こうで椅子に深くもたれた。
「座ってもいいかな、ゴーガン」
先にドゥトーが尋ねる。白髪を短く刈り込み、生地のしっかりした三つ揃いを着込んだ初老の男は、無言で革張りの長椅子を手で示した。
向かいあう二脚の長椅子だ。執務机に座るゴーガンと話すためには、横を向く必要がある。
「単刀直入に言わせてもらうが、おたくの森を調べさせてもらいたい」
アルルの隣に座ったドゥトーは開口一番そう言った。
「なぜだ」
ゴーガンは短く問う。あくまで決めるのは自分だ、という態度に思えた。
「儂の工房から盗まれた品物が、おたくの森に運び込まれたようでな。それを見つけたい」
ゴーガンは一つ鼻から息を吐く。
「盗難の被害に遭った事には同情するが、うちの裏手の森にあると言うのはなぜわかる? お得意の魔法か?」
「ま、その通りだよ」
「魔法によって見聞きした物は、法的な証拠能力を持たないはずだ。今の話を根拠に私の土地を捜索することもできないのではないか?」
ゴーガンは組んだ腕をほどかずそう言う。
その発言は事実だった。「魔法で見た、聞いた」というのは、裁判の証拠としては採用されない。
魔法使い以外に証明できないからだ、とされている。
「しかしですね、ゴーガンさん」
口を開いたのは
「ツェツェカフカさんは強盗の被害に遭われています。ご本人は幸い無事ですが、ご自宅はひどいもんでした。我々としても、見過ごす事のできない事件です。ここは一つ、ご協力願いたい」
「お断りする。確たる証拠もないのにゴーガン家の土地を荒らされるのは許容できない」
「しかしですなぁ」
警邏長が言葉を継ごうとするのを、ゴーガンが遮った。
「捜索に協力しないとは言っていない。うちの森にあるというなら、場所を教えてもらえれば屋敷の者に探させるし、その盗まれた物とやらが見つかれば、それを証拠に改めて調べるなり何なりすればいい話と思うが、違うか?」
「残念ながら、正確な場所がわかるわけではないのだ。おおよその距離と方向しかわからんのだよ」
「なら、うちの森にあると言うのもほとんど言いがかりではないか。お前の魔法も意外と役に立たんな」
聞いてアルルは腹がたった。魔法使いがどれだけ必死に考えてるかも知らずに、言ってくれる。
「ウールク」
ドゥトーの声に苛立ちが乗った。姓ではなく、名を呼んだ。
「もう
ゴーガンの目が、ぴくりと動いた。
「何をだ?」
腕組みをほどき、前に乗り出してくる。
「お前さんにもわかっておるのだろうに」
そしてドゥトーの口調には、苛立ちの底に、別のものが沈んでいる。
「わからんなヴィリェルム。全然わからんよ」
対するゴーガンも、怒りの裏に何かを隠しているように聞こえた。
「魔法は役にたたん。七年前にも、お前はそう言ったな」
また「七年前」だ。アルルは引っかかりを覚える。
「あれは家出と言うことで片がついたはずだ」
「見たものがおる」
「七歳の子どもの戯れ言だっただろうが。それを今更蒸し返すなヴィリェルム!」
ゴーガンが声を荒げる。
七年前の、ゴーガン家。アルルは灯り屋の話を思い出さずにはいられなかった。
ゴーガンが続ける。
「今回の目的もそれか? 終わった話をほじくり返して何が楽しい!」
「楽しくなぞないわ!」
ドゥトーも堪えきれなくなったのか、大きな声をだした。
「二人とも落ち着いてくださいしかし! 今回は、あくまで強盗の件ですから!」
警邏長が宥めにかかる。
強盗。たしかにそうかもしれないけど、とアルルは思う。
アルルも何か言いたくて、それが言葉にできずにもどかしかった。
「息子に手出しはさせん。ゴーガン家の事は、私がカタをつける!」
「だから慈善事業か!?だから学校を建てたのか!?」
突然のドゥトーの言葉が、ゴーガンの何かを刺激した。
「貴様ぁっ!」
ゴーガンが椅子を蹴倒して立ち上がる。
ドゥトーが杖をつかむ。
アルルと警邏の二人も身構えた。
その時、扉がせわしなく叩かれた。
「社長、何事ですか、社長!」
ゴーガンは荒い息をつき、机に手を突いて立ったまま
「お客様がお帰りだ、送って差し上げろ……!」
と扉の向こうの人間へ命じた。
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