第31歩: ツェツェカフカロック
ドゥトーの家からお
「ギデ、そこの机の上の引き出しに、点火の魔法陣がしまってある。ちょっとアルル君に見せてやってくれんかね?」
ドゥトーが弟子に指示をだす。
ギデが別々の引き出しから取り出したのは、厚手の一枚の紙と、小さな木箱にしまわれた中指の爪ほどの鉄片。
紙には格子状に薄く線が引かれ、格子の目の一つ一つにびっしり円と図形が描かれている。
「これは、魔法陣、ですか?」
紙を受け取ったアルルが驚く。意匠の緻密さにではない。単純さにだ。
「どう思うかね?」
「ほとんど情報が書き込まれてないように見えます。一つ、二つか……随分単純な構文ですね。一つは
しばらくアルルは食い入るように図形を眺めていた。もっと小さな図形が隠れているのではないかと目を皿のようにして見つめるが、それ以上の手がかりは見あたらない。
目が疲れてきて、紙を遠ざける。
一枚の紙に規則正しくびっしりと描かれた、同じ形の魔法陣。
「数……? 数多く描くための、単純な構造?」
「ご明察だ!」
さすがに声が大きかった。
「びっくりした……」
ベッドの足元でヨゾラがつぶやく。
「紙の方は、発動陣と呼んでおるよ。そして、その小さな鉄片に描かれたのが本体陣だ」
「鉄片に?」
アルルは本体陣を見せてもらおうとしたが、ギデは本体陣をさっと引いた。
「ん?」
「すいません、危ないす。先に、発動陣を机の上に置いてほしいす」
とりあえず、言われたとおりにする。そうしてギデから本体陣を受け取った。
つまんで眺めると、小さな鉄片がぎっしりと図形と記号で埋まっている。
今度も驚いた。
「せっ、精密」
ドゥトーとギデがにやっとした。
「鉄片に陣を彫ってアラモント墨を流し込んでいるのか。理屈はわかるけど、でも、なんで鉄に墨が定着した……?」
「どうかね?」
「造りとしては、火に関する普通の魔法陣に見えますが、小さな鉄片によくもこんな細かい細工ができるなと」
「普通の魔法陣かな?」
ちょっと挑むような口調に、アルルは再び陣に目を落とす。こうも細かいと虫眼鏡が欲しい所だ。
「あれ? こっちには力積図がないですね。発動陣と本体陣ってそう言うことか。その代わり、見慣れない記号があります。配置からいって、発動鍵から主構文につながっていて……これは、魔力を蓄える陣と、魔法を発現させる陣が別々の魔法陣? こんな事もできるのか……」
ドゥトーは満足げに微笑んだ。
「さすがだの」
アルルは頭を掻いた。
「凄いの一言ですよ」
ため息まじりにアルルが言った。エレスク・ルーに留まっただけの価値はあった。
「あたしも見たい」
ベッドから飛び降りてヨゾラが言う。
「構わんよ嬢ちゃん。アルル君、本体陣と発動陣は、向かい合わせないように気をつけてくれ」
「わかりました」
机に本体陣を置き、
「ヨゾラ」
しゃがんで両腕を黒猫に伸ばす。
ヨゾラはその腕を軽やかに駆け上がり、机の上に静かに飛び乗った。
抱き上げるつもりだったアルルは、腕の持って行く先を失って所在なげに立ち上がる。ヨゾラは尾を揺らしながら本体陣を眺めていた。
「どうかね、嬢ちゃん?」
「きれい」
ドゥトーが爆笑して、ちょっとむせた。
「っはー。なるほど『きれい』か! そんな事を言われたのは初めてだの!」
「もう片っぽのは、面白いね。来たと思ったらもう帰っちゃう。どうやって使うの?」
ヨゾラが何気なく問う。
ドゥトーがギデに目配せした。
机の窓側の隅、あちこち黒ずんだ木箱から小振りのはさみを取り出して、ギデが発動陣を一つだけ切り取っていく。
「なにあれ……」
その様子をヨゾラが熱心に見守っていた。
「あれははさみだ」
小声でアルルが教える。
「へぇぇ……」
ヨゾラはギデの手元から目を離さない。
ギデは、切り取った発動陣を今度はとげぬきのような物で
「アルル、あれは?」
「とげぬき」
「
「違うじゃん」
「うるさい」
ギデは摘まんだ発動陣を机の上の本体陣に近づける。
「よく見てて下さいす。一瞬すから」
ヨゾラとアルルが凝視する。
ギデが二つの魔法陣を向かい合わせた瞬間
ぽん!
「わっ」
「うお」
本体陣から一瞬小さな炎が吹きあがり──
「……これだけ?」
ヨゾラがドゥトーを振り返った。
「ま、そうだの」
ドゥトーは歯を見せて笑っている。
紙の魔法陣の方は炎で焦げ、あちこちがボロっと崩れていた。
「ドゥトーさん、これは、ええと、何に?」
アルルもピンと来ないようだった。
「まぁ、地味だわな」
ドゥトーは笑みを崩さない。まだ何か言ってない事があるんだろうな、とヨゾラは直感した。
ギデは無言で机を片づけている。
「ほれ、最初に言っただろう、点火の魔法陣と」
てんかの意味が知りたくてアルルを見ると、なぜかお腹でも痛そうな顔をしてブツブツ言っていた。
「……二つで一組の陣、火の魔法、片方は鉄製、もう片方は紙製で数が必要、エレスク・ルーには火薬工場がある」
言いながら、なんとなく右わき腹を気にしている。目を閉じて一呼吸置いてから、アルルは結論を言った。
「これは銃の発射に使うんですね」
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