第32歩: ヨゾラになったばかりなんだ

「さよう。鉄製は銃本体に、紙製は弾丸に。紙製の方に魔力を充填しておけば、撃つたびに陣へ魔力を入れ直さなくて済むし、魔法使いじゃなくても使うことができる」

 アルルを補足するようにドゥトーが続けた。


「なんだって、よりにもよって銃なんです?」

 どうにもおさまりの悪い気分のままアルルは訊いてみた。

「銃は嫌いなタチかね?」

「そういう訳ではないんですが……」

 一昨日からはどうも苦手だ。

「なかなかに面白い仕事だったがの。ほれ、銃は、火皿の点火薬に火花を飛ばして、そこから銃身の炸薬に点火するだろ?」

「ええ。俺も地元ララカウァラで何度か触ったことがあります」

「猟師連が言っとったそうなんだが、点火薬に火が付いた時の音と煙で獲物に逃げられる事がよくあるそうだ。 鍛冶かじからいい方法はないかともちかけられて開発したのが、さっきの魔法陣だ」

「点火薬の煙でって……撃ったことありますけど、引き金引いたらすぐズドンでしたよ?」

「猟師に言わせると、瞬きするぐらいの時間差はあるらしいのだよ。その時間差で逃げられるらしい」

「文字通りの一瞬か。すごいな」

「そのおかげでそれなりに儲けさせてもらっとる」

 言いながら、ドゥトーは口の端を釣り上げた。

「だからアラモント墨の追加が必要になったんですね」

 アルルは紙に書かれた発動陣の数を思い出す。

「そういうことだ。そして、ゆうべ強盗にとられたのもこの発動陣だよ」




 ドゥトーがそろそろ着替えると言ったら、アルルが部屋を出た。机から飛び降りてヨゾラもついていく。ギデは着替えの手伝いを頼まれていた。

「ヨゾラ、さっきは悪かったな」

 階段に腰掛けてアルルがそんな事を言う。

「なにが?」

 箱座りしたままヨゾラは見上げる。

「乱暴に落とした事とか」

「うん」

「ごめんな」

「うん」

「怒ってるか?」

「怒ってないよ。でもびっくりした」

「悪い。ドゥトーさんが殺されたと思って、気が動転したんだ。お前は、何も間違ってなかったのにな」

 は初めて聞いたが、ヨゾラにも何となくわかった。ラガルトの小さな声が聞こえるまでの短い間、ヨゾラも叫びだしたいような、なにかしなくちゃいけないような、でもどうしたらいいかわからない、感じた事のない気持ちだった。

 たぶん、そういう事なんだろう。


「……お前は、なんというか『いいやつ』なんだと思う」

 唐突な話に、ヨゾラは戸惑う。

「でも、お前の言葉は時々俺の心を引っ張る」

 ますますわからない話になった。

「どういうこと?」

 アルルは少し黙った。

「たとえば、さ」

 黒々とした瞳が、自分の瞳を捉える。

「お前が『やめろ』と言えば、俺はやめなきゃと思う。お前が『聞けよ』と言えば、俺は聞かなきゃと思う。白羊はくようじんメシ食ってた時もおかしかった。お前がなにか危ない目にあってるのを感じたし、お前の居場所もすぐにわかった」

「うん」

「そういうのが、少し、少しだけな。怖いんだよ。お前が、俺を操ってるんじゃないかって気分になる」

「うん……」

「お前は、何者なんだ?」

 その言葉を聞いたとき、ヨゾラは胸のあたりがドクンと脈打つのを感じた。

「……わからないよ、アルル。そんなのわかんない。あたしは──」

 ヨゾラは言葉を探す。

 ことば。不思議な音の連なり。あたしが知りたくて、あたしが全然知らないもの。

「わたしも、ヨゾラになったばかりなんだ」

 沈黙が落ちた。

 アルルがなんだか困ったような、ちょっとかなしいような顔をして何かを言いかけたとき、

「待たせたの」

 とドゥトーとギデが部屋から出てきた。

 ヨゾラの耳には、馬が走る音が届いていた。




「これは酷いですな、しかし」

 口髭を蓄えたけい長が、そう口にする。青みがかった黒い服に皮の長衣を着込み、くすんだ金色のぼたんが光る。

 部下も一人。こちらは木のぼたんだった。

 二人とも腰に小型の銃を下げ、サーベルを吊っている。

「しかしツェツェカフカさん、なんというか、魔法と言うのはまで作ってしまうような物なのですか?」

 警邏長が髭を手でしごきながらそう言った。

「簡単な魔法ではないがの。条件が揃えば不可能ではない」

 青いフエルトのローブを小脇に抱え、茶色い毛糸の服を着込んだドゥトーがそう返す。

「しかしこの光景は、ゾッとしませんなぁ」

 遠隔身体コッポヘモートと、ドゥトー本人を交互にみやりながら警邏長が苦虫を噛み潰す。

「儂も、生きとる内に自分の『死体』を見る日が来るとは思わなんだ」

 そう広くもない廊下はの六人の人と黒猫で満杯だ。

 床に横たわる遠隔身体コッポヘモートの検分を終えて、部下が警邏長に尋ねる。

「これは……案件としてはどう扱えば宜しいでしょうか?」

「刃傷沙汰といえば刃傷沙汰だが、しかし当の本人は無事であることだしなぁ、これ自体はせいぜい物品の毀損きそんにしかならんだろうなぁ」

 ガラガラとした声で警邏長が答える。

「腹部に刺し傷が十三カ所でした」

 上役に報告する部下の言葉に、ドゥトーが呻くような息をもらす。ウーウィーが青い顔をしてふらふらと外へ出て行った。

 血糊やら、アルルの鞄やら、警邏の二人やらをよけながらギデもそれを追う。

 これは魔法で作った二つ目の体なんだ、ドゥトー本人は無事なんだ、とアルルは自分に言い聞かせる。それでも、暴力の爪痕を間のあたりにして、ふつふつと頭に血が上って行く。

 ギデをやり過ごした警邏長が所見を述べた。

「しかしめった刺しとは。素人のやり口だ」


 ──玄人ってのぁ、無駄なく一刺しで終わらすもんだ──

 アルルは父の言葉を思い出す。産まれて初めて見た「殺された人間」は、道も見えないような森の中で、何かの冗談のように転がっていた。

 ──いいかアル坊、よく聞け──


「それで、ツェツェカフカさん。誰がやったのか、見ましたか?」

 警邏長の言葉だ。アルルは我に帰った。

「見た。二人組で、片方は──」

 と、ドゥトーが人相を二人の警邏に説明する。

 二人組、というのがアルルには少し引っかかった。三人じゃなかったのか。

「──おそらくは、おたくのお弟子さんを脅したのと同じ連中でしょうが、一人足りませんな」

「まぁ、それについてはな。あんたがたがとっ捕まえてくれればわかるだろ」

 警邏長は、ドゥトーの言葉に鷹揚に頷くと

「しかしまぁ、本題はこちらではないのですよね?」

 と言った。

 ドゥトーはゆっくり頷いた。

「ゴーガンには気の毒だが──」

 ドゥトーは灰色の目を少し伏せ、閉じ、また上げる。

「エサは南東の森、ユニオーの狩り場の中だ」

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