第30歩: コッポヘモート
「あれは、儂が古い研究から作ったもう一つの体でな。
背中に使い魔のラガルトを貼り付かせ、主と使い魔とのつながりを利用して操っていたのだと言う。普段の仕事や人への応対はほとんどその
最初に会ったドゥトーもそっちの体で、こっちの本体ではなかったのか。
人が悪いなぁ、とアルルは思った。
何だか騙されていたような気分になる。
「そ、それは、先生。ぼ、ぼ、僕たちが、先生と思っていたのは、にっ、に、ニセモノだったって事ですか!?」
ウーウィーが噛みついていた。
「ニセモノでは……ないのだ。アレはアレで本物の儂なのだよ」
「でっでっ、でも、そっ、それでも僕たちには、い、言ってくれてても、良かったじゃないですか!」
そうだよな、とアルルも思う。
ヨゾラに目をやると、宙の一点を見つめて微動だにしない。また思いもかけない知識を披露するかと思ったが、何も「思い出せない」のかも知れない。
「ウーウィー、もういい。やめろ」
ギデがウーウィーの背を軽くたたいた。
「でも!」
「おれだって話して欲しかったけど、今、それじゃねぇだろ」
「だけど先生、ぼ、ぼ、僕は、先生が、し、死んでしまったのかと、思って……! ぼ、僕が、納屋のナ、ナイフを、工房に置いたりしなければって。そ、それで、それで……」
「ウーウィー、それは儂がそうしろと言った。お前には責任のない事だ。だが、」
沈痛な顔でドゥトーが続ける。
「お前たちに何も言っておらんかったのは、すまんかった。辛い思いをさせてしもうた」
ウーウィーが鼻をすすりながら引き下がる。
「最近は遠出をするのも、細かい作業をするのも、ちとしんどくてな。何十年も前に
「……おれ、今までずっと気がつかんした」
苦い顔でギデが言う。
「それは……まぁ、その、儂の『作品』であるから……」
魔法使いは、厳密には「登録証持ちの魔法使い」には、それぞれ「作品」と呼ばれる魔法がある。その魔法の審査を経て、晴れて協会に登録されるのだが……。
なんでちょっと得意げなんですか、とアルルは内心つぶやいた。
ドゥトーは軽く咳払いをする。
「隠しておる気はなかったのだよ。あれは、もう一つの体であって、作り物の儂ではないのだ。お前たちに会って、弟子にとったのは、紛れもなく儂だったというのは、わかって欲しい」
ウーウィーが鼻をすすり上げた。ギデが深く息を吸い、吐いた。
「ねぇ、ドゥトー」
口を開いたのはヨゾラだった。
「怖くなかった?」
突然何を言い出すんだ、とアルルは思った。
ベッドの足元で、ドゥトーの顔をまっすぐに見上げる緑色の瞳が僅かに揺れていた。
「昨日、怖かったんだ、わたし。捕まっちゃって、あの短剣がわたしの腕に当たった時、すごく怖かった。だから、ドゥトーも怖かったのかなって」
ドゥトーは少しの間目を閉じて、答えた。
「怖かった、なぁ。下で物音がして、ヘモートで見に行った時はなんとも思わなかったが、襲われた時にはやはり怖かった。痛みはたいして無かったのだよ。ヘモートはそういうふうには出来ておらんからな。だが、その、刺されているときにな、正直ひどく恐ろしいと思ったわ。ひどく、恐ろしかった。おかげで魔法をトチって塩切れだ」
「からだが二つあっても、やっぱり怖いよね」
ドゥトーはため息をつき、ヨゾラに頷いた。
ウーウィーが鼻をすすり上げた。ギデが深く息を吸い、吐いた。
アルルは恥じた。ドゥトーを最後まで気遣っていたのは、ヨゾラだけだった。
「せんせえぇぇ」
「先生。無事で……本当に良かったす」
また泣き出しそうな弟子二人をなだめながら、ドゥトーは壁のラガルトを手招きする。
「こいつが、ずっとヘモートの背中でがんばってくれとったわ。重みで潰されないように
ドゥトーの言葉にラガルトは喉をヒクつかせると、するするとヨゾラに近づいていく。
「ん、なに?」
ヨゾラが伏せて頭を下げると、その耳元で囁いた。
「うひゃあああ!」
すっとんきょうな声と共に、ヨゾラの身体がぶわっ! と膨れる。毛が逆立ったのだ。
「どっ、どうしたヨゾラ?」
と驚くアルルと、泣きはらした目でちょっと笑うドゥトーの弟子二人。
「ああ」とウーウィー。
「ラガルトさんの囁き、すね」とギデ。
ぽわーん、と聞こえてきそうな顔で、目の焦点が合わないままヨゾラが言った。
「お礼を言われたの。気付いてくれてありがとうって。でも、こっ、声が……声が……」
ヨタヨタと四つ足になるヨゾラの様子に、アルルはラガルトを見た。トカゲの表情なんてわかるはずもないが、イタズラに微笑んでいるようにも見えた。
今度はアルルに向けてするすると突進してくる。
「ま、待ってくれ俺はいい。お礼を言われるような事なんて何も!」
そんな言葉を無視して体を登ってくる。
「うわ、うわわわわっ」
ドゥトーの使い魔である以上、たたき落とすわけにも行かない。そしてラガルトはアルルの耳元で囁いた。
「はん」と「わん」のあいのこのような裏声を出して、アルルの腰がくだけた。
ドゥトーと弟子たちが声をあげて笑った。
ラガルトがアルルの首から飛び降り、ベッドの下を通ってまた壁を登る。
男声とも女声とも取れる、無防備な部分にするりと入り込んでくる蠱惑的な声だった。
手近にあった書き物机に手をついて、アルルはどうにか立ち上がる。まだ動悸がしていた。
「どうかね?」
どうもこうも
「……凄いの一言ですよ」
この爺さんはしょっちゅうこの声を聞いてるのか。
当のラガルトは規則的に喉をひくつかせている。トカゲの表情なんてわかるはずもないが、さっきのをワザとやったのはわかった。囁かれた言葉が
「いい子だね」
だったからだ。からかわれたように感じた。
「さて」
白湯を飲み干すドゥトー。
「ウーウィー、すまんが
灰色の目の奥が、光を取り戻してきていた。
「儂の『作品』を壊してくれた連中には、きちんと償ってもらわねばの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます