第30歩: コッポヘモート

「あれは、儂が古い研究から作ったもう一つの体でな。遠隔身体コッポヘモートというものだ」

 

 背中に使い魔のラガルトを貼り付かせ、主と使い魔とのを利用して操っていたのだと言う。普段の仕事や人への応対はほとんどその遠隔身体コッポヘモートで行っていたらしい。

 最初に会ったドゥトーもそっちの体で、こっちの本体ではなかったのか。

 人が悪いなぁ、とアルルは思った。

 何だか騙されていたような気分になる。

「そ、それは、先生。ぼ、ぼ、僕たちが、先生と思っていたのは、にっ、に、ニセモノだったって事ですか!?」

 ウーウィーが噛みついていた。

「ニセモノでは……ないのだ。アレはアレで本物の儂なのだよ」

「でっでっ、でも、そっ、それでも僕たちには、い、言ってくれてても、良かったじゃないですか!」

 そうだよな、とアルルも思う。

 ヨゾラに目をやると、宙の一点を見つめて微動だにしない。また思いもかけない知識を披露するかと思ったが、何も「思い出せない」のかも知れない。

「ウーウィー、もういい。やめろ」

 ギデがウーウィーの背を軽くたたいた。

「でも!」

「おれだって話して欲しかったけど、今、それじゃねぇだろ」

「だけど先生、ぼ、ぼ、僕は、先生が、し、死んでしまったのかと、思って……! ぼ、僕が、納屋のナ、ナイフを、工房に置いたりしなければって。そ、それで、それで……」

「ウーウィー、それは儂がそうしろと言った。お前には責任のない事だ。だが、」

 沈痛な顔でドゥトーが続ける。

「お前たちに何も言っておらんかったのは、すまんかった。辛い思いをさせてしもうた」

 ウーウィーが鼻をすすりながら引き下がる。

「最近は遠出をするのも、細かい作業をするのも、ちとしんどくてな。何十年も前にこしらえた遠隔身体コッポヘモートを作り直して、もう三年ほど使っておるのだ。ちょうどギデ、お前さんがうちに来た頃からだの」

「……おれ、今までずっと気がつかんした」

 苦い顔でギデが言う。

「それは……まぁ、その、儂の『作品』であるから……」


 魔法使いは、厳密には「登録証持ちの魔法使い」には、それぞれ「作品」と呼ばれる魔法がある。その魔法の審査を経て、晴れて協会に登録されるのだが……。

 なんでちょっと得意げなんですか、とアルルは内心つぶやいた。


 ドゥトーは軽く咳払いをする。

「隠しておる気はなかったのだよ。あれは、もう一つの体であって、作り物の儂ではないのだ。お前たちに会って、弟子にとったのは、紛れもなく儂だったというのは、わかって欲しい」

 ウーウィーが鼻をすすり上げた。ギデが深く息を吸い、吐いた。

「ねぇ、ドゥトー」

 口を開いたのはヨゾラだった。

「怖くなかった?」

 突然何を言い出すんだ、とアルルは思った。

 ベッドの足元で、ドゥトーの顔をまっすぐに見上げる緑色の瞳が僅かに揺れていた。

「昨日、怖かったんだ、わたし。捕まっちゃって、あの短剣がわたしの腕に当たった時、すごく怖かった。だから、ドゥトーも怖かったのかなって」

 ドゥトーは少しの間目を閉じて、答えた。


「怖かった、なぁ。下で物音がして、ヘモートで見に行った時はなんとも思わなかったが、襲われた時にはやはり怖かった。痛みはたいして無かったのだよ。ヘモートはそういうふうには出来ておらんからな。だが、その、刺されているときにな、正直ひどく恐ろしいと思ったわ。ひどく、恐ろしかった。おかげで魔法をトチって塩切れだ」

が二つあっても、やっぱり怖いよね」

 ドゥトーはため息をつき、ヨゾラに頷いた。

 ウーウィーが鼻をすすり上げた。ギデが深く息を吸い、吐いた。

 アルルは恥じた。ドゥトーを最後まで気遣っていたのは、ヨゾラだけだった。

「せんせえぇぇ」

「先生。無事で……本当に良かったす」

 また泣き出しそうな弟子二人をなだめながら、ドゥトーは壁のラガルトを手招きする。

「こいつが、ずっとヘモートの背中でがんばってくれとったわ。重みで潰されないように身体からだを固くして、誰かが来るまで必死に待っとった」

 ドゥトーの言葉にラガルトは喉をヒクつかせると、するするとヨゾラに近づいていく。

「ん、なに?」

 ヨゾラが伏せて頭を下げると、その耳元で囁いた。

「うひゃあああ!」

 すっとんきょうな声と共に、ヨゾラの身体がぶわっ! と膨れる。毛が逆立ったのだ。

「どっ、どうしたヨゾラ?」

 と驚くアルルと、泣きはらした目でちょっと笑うドゥトーの弟子二人。

「ああ」とウーウィー。

「ラガルトさんの囁き、すね」とギデ。

 ぽわーん、と聞こえてきそうな顔で、目の焦点が合わないままヨゾラが言った。

「お礼を言われたの。気付いてくれてありがとうって。でも、こっ、声が……声が……」

 ヨタヨタと四つ足になるヨゾラの様子に、アルルはラガルトを見た。トカゲの表情なんてわかるはずもないが、イタズラに微笑んでいるようにも見えた。

 今度はアルルに向けてするすると突進してくる。

「ま、待ってくれ俺はいい。お礼を言われるような事なんて何も!」

 そんな言葉を無視して体を登ってくる。

「うわ、うわわわわっ」

 ドゥトーの使い魔である以上、たたき落とすわけにも行かない。そしてラガルトはアルルの耳元で囁いた。

 「はん」と「わん」ののような裏声を出して、アルルの腰がくだけた。

 ドゥトーと弟子たちが声をあげて笑った。

 ラガルトがアルルの首から飛び降り、ベッドの下を通ってまた壁を登る。

 男声とも女声とも取れる、無防備な部分にするりと入り込んでくる蠱惑的な声だった。

 手近にあった書き物机に手をついて、アルルはどうにか立ち上がる。まだ動悸がしていた。

「どうかね?」

 どうもこうも

「……凄いの一言ですよ」

 この爺さんはしょっちゅうこの声を聞いてるのか。

 当のラガルトは規則的に喉をひくつかせている。トカゲの表情なんてわかるはずもないが、さっきのをワザとやったのはわかった。囁かれた言葉が

「いい子だね」

 だったからだ。からかわれたように感じた。

 あるじも使い魔も、人が悪いな。


「さて」

 白湯を飲み干すドゥトー。

「ウーウィー、すまんがけいさんを呼んできてくれんかね? 下の片付けはその後だ」

 灰色の目の奥が、光を取り戻してきていた。

「儂の『作品』を壊してくれた連中には、きちんと償ってもらわねばの」

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