第28歩: さっぱりわからないウーウィーの話

「ヨゾラちゃんだっけ? あんた最高だ。また来ておくれよ!」

 行列をさばく女将さんに串とカップを返しに行ったらそう言われた。

「面白いモンみたよ兄さん!」

「エレスクにはいつまでいるのかね?」

「黒猫ちゃん、また来いよな!」

 なんだかもうちょっとした有名人だった。

 再び鞄を背負うと、ヨゾラがまた鞄に乗っていた。自分で歩けよな、とアルルは思う。

 気を取り直してドゥトーの所へ、と思った時、少し離れた所からウーウィーとピファがこっちを見ているのに気がついた。

「あ!」

 と耳元でヨゾラの声がする。

 アルルは二人に手を振り、二人が振り返す。ピファは大きく、ウーウィーは控えめに。

「おはよう、お二人さん」

 アルルが何気なく発した挨拶に、二人ははにかんだ笑顔を浮かべた。

「ウーウィーくん、ピファちゃん、おはよ」

 ヨゾラの挨拶にそれぞれ

「ヨゾラちゃんおはよ! アルルさんも、おはようございます」

「お、おはようございます」

 と返ってきた。

「大人気だね」

 とピファが言えば、

「へへへ、お腹いっぱい」

 とヨゾラが応える。

 いつから見てたのかアルルが尋ねると、「おーいしー!」の辺りからだという。

 結構長いこと見てたんだな、声をかけてくりゃぁいいのに。

 そんなアルルの心中は知らず、ピファの青い瞳がアルルを捉えた。

「アルルさんは先生の所ですか?」

「そうだよ。いろいろ魔法についての話をする予定なんだ。ウーウィーもドゥトーさんの所か?」

「は、はい。今日は土曜日ティエハだから、ごっ午前中だけですけど」

「ピファちゃんは?」

 とヨゾラが訊く。

「私はおやしろ。明日のお祭りの飾り付けするんだよ」

「他の人たちもお社……では、ないか」

 人の流れを見てアルルが口にすると、ピファがハキハキと答えた。

「はい、ほとんどの人は上流の火薬工場だと思います。私のお父さんもそこで働いてるんです」

 確かに、昨日職人の娘だと言っていた。

「たくさんの人が働いてるんだな」

 通りを行く全員が工場ではないのだろうが、それでも故郷ララカウァラの住人より多いように思える。

「でっかいなぁ……」

「ヒトが?」

 ふと呟いた言葉にヨゾラがのぞき込んでくる。

「身長の話じゃない。そろそろ行くぞ」

 説明して伝わるような気はしなかった。

「ぼ、僕も行きます。じゃあ、ピファ、また、ゆ、夕方に行くから」

「うん……じゃね」

 昨日とは違う、柔らかい声でピファが言う。

 ふーん、とアルルは思う。

 ウーウィーくん、昨日あの後、いったい何があったんだい?

 アルルは、今ここで訊きたい気持ちを必死におさえた。




「お前、自分で歩けよな」

 とアルルが言うのだが、ヨゾラにも理由はある。

「キミたちは顔が高いんだもん。こっちの方がおしゃべりしやすい」

 楽だしね、とは言わなかった。山陰から日が顔をだして、黒い毛並みが急に暖かくなった。

 ピファと別れて目抜き通りを抜けると目の前が大きく開けて、浅い谷をゆるゆると流れる河と、上り下りの舟が見えた。

「ヨ、ヨゾラさんにアルルさん、昨日は助けてくれて、その、あ、ありがとうございました」

 そう言ってウーウィーがぎこちなく頭を下げる。

「どうってことないよ。大変だったな」

 とアルルが言った。

「へへへー」

 とヨゾラはした。

「ウーウィーくんも助けてくれたから、おあいこ」

「ぼ、僕は……なにも」

 本当に心当たりがないようで、ウーウィーは少し考え込んでしまう。

「そんなことないよ」

「そんなことないな」

 ヨゾラとアルルの言葉がかぶる。

「お前の頑張りがなかったら、俺は間に合わなかったんだ」

「うん。あたし、手が片方なくなるところだった。ありがとう」

「あ……」

 ウーウィーは何かを言おうとして、結局顔を赤くしてうつむいただけだった。

 曲がり角が見えてきた。その向こうの三番橋が陽をあびて、はためく布飾りもきらきらして見えた。


「ドゥトーさんはあの後なにか言ってたか?」

 ちょっとした沈黙のあと、アルルが口を開く。

「はい、おっ、怒られちゃいました」

「おこられた?」

「その、な、『なんで相談しなかったー!?』って。先生はいつも、こ、声が大きいですけど、あんな、お、大きな声は初めてでした」

「あー、それ、ヨゾラに聞こえてたみたいだよ。そういう事か」

 なにかを納得したようにアルルが言う。道を右にまがりながら、左隣のウーウィーを見上げ、また別の事をアルルが尋ねた。

昨夜ゆうべの帰り道は?」

 ヨゾラはアルルの左肩に顎をのせて、二人の会話に挟まれる形になる。

「はい。だ、大丈夫でした。ちっ、ちゃんと、無事に帰れました」

 ウーウィーくんとはドゥトーのところでさよならしなかったっけ? あたしが寝てる間に何かあったのかな。

 ヨゾラはそんな事を思いながら続きを聞いていた。

「それで、今朝も迎えに?」

「あっ、あ、はい、行きました。いっ、行きました」

 一つ目の家を過ぎる。

 悪いことをしたわけでもないのに、ウーウィーは縮こまっているように見えた。ただ、縮こまる態度に少しの嘘みたいなものがある、そんなふうにヨゾラには見えた。

「じゃあおやしろまで送ってってやれば良かったのに」

 からかうように言うアルルの顔は、シシシと笑ったまつりの顔と少し似ていた。

「ひ、昼間の、お社なら、人目もたくさん、あ、ありますし。きっと、だ、大丈夫なんです。ピファも、そう言ってたし。ぼ、僕も仕事ありますし」

 ウーウィーがちょっと拗ねたように言う。

 アルルはそれに何を思ったのか普通の顔に戻って

「あー、まぁ、何事もなくて良かったよ」

 と言ってしばらく歩いた。が、ふとウーウィーを見上げて問いかけた。

そう言ってた?」

「はい。そ、そうですけど」

「何があったか、話したのか?」

 すこし驚いたように声を上げたアルルをヨゾラは不思議に思う。

「話しちゃダメな事があったの?」

 ヨゾラの問いかけに、アルルは歯切れ悪く答えた。

「ダメって訳じゃないけど、お前、それは、あれだよ」

 何がどれなのかヨゾラにはさっぱりわからない。詳しく訊こうとしたら、ウーウィーが前を向いたままポツンと言った。

「話しました」

 ヨゾラの見上げたその横顔は、昨日とは少し違って見えた。

「その、ピファを怖がらせるの、嫌だったんですけど、で、でも、やっぱり、か、か、隠し事するのも、や、や、や……やだなって、その……」

 口ごもるウーウィーにアルルは短く

「そうか」

 と言った。

「なにがそうなのか全然わかんない」

 話がさっぱり見えないのでヨゾラは不満だ。

「た、大したことじゃ、なくて。ぼ、僕が、ピファに、昨日の納屋の話をしたって、話、なんです」

「うん。それから?」

「そ……それ、から、ですか? ええと、お、お礼を言われました」

「お礼って、ありがとうって? なんで?」

「なんで……でしょう。ぼ、僕も、よくわからない、です」

 やっぱりよくわからない話だった。

「ちゃんと話したからだ、と思うよ」

 アルルがぽつんと口にした。ヨゾラにはなんとなく、ウーウィーじゃない人へ言っているようにも聞こえた。

「そう、なんですか?」

「多分だけどな」

 そう言うと、アルルはまたシシシの祭子みたいな顔になって続けた。

「さて、ウーウィーくん。それから何があったんだい?」

「なっ、何もないですよっ。ちょ、ちょっと家の前で話をして、明日の朝も、つ、つまり今朝ですけど、むむむ迎えにいくって話をして」

 なだらかな坂の、二つ目の家を過ぎる。

「えと、その、そしたら、うんって言われて、だから……」

 さっき感じた嘘の匂いはもうしていなかった。

「迎えに行きました」

 アルルはニヤニヤしながらまた短く

「そうか」

 と言った。

 なにがそうなのかさっぱりわからない。つまんない。

 鞄の上でヨゾラは大きくあくびをして、ふと別のにおいを感じた。


 獲物の臭い。


 もっと正確に言えばだ。

 

 なだらかな坂を上って三つ目の、白い壁の家。


 その家の窓が割れていた。

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