第27歩: 羊串

「おや、昨日の猫連れのお兄さんじゃないか。朝食はすんだのかい? まだならうちでどうかね? パンと串で銅五枚だよ」

 羊串の女将はしゃがれた深い声でそう言った。

 道の端に長方形の炭火台と、テーブルがわりの樽が三つならんでいる。炭火台の上には串に刺さった羊肉が並んで、時折くるりとひっくり返されたり、台の隅へ移されたりしていた。

 女将の脇では、大きな鍋がとろ火にかかって湯気をたてていた。

「パンと串、一つずつで。あと、こいつに焼いてないのを少し頼みます」

 と、手袋を外しながらアルルはヨゾラを指差す。

「お安いご用で。パンも温めようか?」

「あ、いいですね。お願いします」

 コートのポケットにしまった小袋から、銅貨を六枚取り出してアルルは答える。

「生肉ひとかけらぐらいオマケするよ」

 と女将が言うので

「じゃ、お茶を一杯追加で」

 とアルルは返した。

「はいよ、まいどね。ちょっと待っとくれよ」

 と、女将が鍋から柄杓ひしゃくでお茶を汲み、炭火台の端に平たくて丸いパンを乗せる。お茶を受け取ったアルルは、ヨゾラに一声かけて荷物を降ろし、樽テーブルの一つに陣取った。

 他の樽でも、二、三人の男たちが黙々と朝食を取っていて、アルルの向かいには十五、六歳ぐらいの太っちょの少年がいる。

「おはよう。失礼するよ」

 アルルが言うと、少年はもぐもぐしながら右手を上げて応えた。

「先に言っておくと、俺は魔法使いで、こいつは人の言葉をしゃべるけど、危険はないから驚かないでくれ」

 と、周りにも聞こえるようにアルルは少し大きめの声で言う。

「おはよ。あたし、ヨゾラだよ」

 そして、少年は驚いてむせ込んだ。他の樽からも「おおう」といった声が漏れる。

「ごめん」

 アルルは小さく少年に謝った。

 むせるのが収まって、口の中の物も飲み込んで、少年は口をひらく。

「魔法使い?」

「そう。ドゥトーさんの所に用事があってね」

「その猫も魔法をつかう?」

「いや、こいつはしゃべるだけ。驚かせてわるかったよ」

「しゃべるだけじゃないぞ。鼠とか捕るぞ」

 と下からヨゾラが主張してきた。

「だそうだ」

 アルルとヨゾラを交互に見比べる少年にそう言うのと、女将が「猫のお兄さん、お待ちどお」と言うのが同時だった。

 杖を左手に持ったまま、右手でパンと串を器用に受け取る。

「お連れさんにはこっちだ。投げるよ、しっかり取りな」

 と放られた生の羊肉を、ヨゾラは空中でがぶっと受け取る。女将が上手に口笛を吹いた。

「やるもんだねぇ」

 ヨゾラが肉をくわえたまま「にっ」としたのがわかった。「いふぁふぁひあふ」とかなんとか言ってから、肉を噛みちぎって食べ始める

 ものを食べる時、ヨゾラは必ず何か言ってるな、と思いながらアルルはパンにかじりついた。黒っぽい、とした普通のパンだが、温かくて仄かな甘みを感じた。

 これ、旨いな。

 串にもかじりついた。

 身のしまった羊の肉は、噛みごたえと食べごたえがあった。たしかにエレスクの塩は一味違う。ちょっと買って帰りたくなった。

 お茶は、白羊婦人でも出していた黒くて苦いお茶だ。口の中がさっぱりしてちょうど良い。

 もう一度串にかぶりついたとき、靴が軽く叩かれるのを感じた。見下ろすと、緑の目をいっぱいに見開くヨゾラと目があった。

「お前もう食べたのか?」

 こくん、とヨゾラが頷く。ぎゅっと結んだ口が、もぞもぞと動いている。

 アルルもなんとなく察しがついた。

「これも欲しいのか? まだ熱いぞ」

「冷ます」

「塩、効いてるぞ」

「食べてみたら平気かもしれない」

 後ろ足で立ち上がりながらヨゾラが言う。

 アルルは軽くため息をついた。

 そんな物欲しそうな目で見るなよな。


 大騒ぎになった。

 正確には、ヨゾラが大騒ぎした。

「おーいしー! おいしー何これ!? ぎゅっとしてジュっとして、しょっぱいけどおいしい! 何これ!」

 焼いた羊の肉だけどさ、とアルルは気まずくなった。説明すればわかってもらえる、とは言えあんまり目立つのは面倒くさい。

 ヨゾラは腹ばいになったまま前足でばたばたと地面を叩いている。

「おーいしー!」

 女将さんが、客の相手をしながらケタケタ笑っていた。その背後の店の二階から眠そうな目をした、おそらく旦那が、何事かと見下ろしている。

 樽の向かいにいた少年が苦笑いしている。

あんさんの猫は違いがわかるな!」

 と、隣の樽の男が笑いながら言った。

「そんなに気に入ったんなら、俺のも食うか?」

 その向かいの男が言う。

「いいの!?」

「あ、じゃ俺のも」

「いいの!? いいの!?」

 何事かと屋台の周りに人が集まりはじめた。猫が大声でしゃべってれば無理もない。

 アルルは肉とパンの残りを頬張って、お茶で流し込んだ。

 ヤケクソだ。

「魔法使いアルルとその連れのヨゾラです! 羊串を初めて食って、騒いでおりまーす!」

 そこにすかさず、女将さんが重ねた。

「しゃべる黒猫ちゃんも大絶賛の羊串だ! エレスクの朝に一本どうだい! 串だけなら銅三枚、銅五枚ならパンがつくよ!」

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