第23歩: 灯り屋

「こういう商売してますとね」

 と灯り屋は言う。

「色んな話聞くんですよお兄さん」

 長い杖の先に、四角いカンテラを吊して灯り屋は道の先を行く。

 湯屋の前には、分厚いコートにフードを被った灯り屋が何人か客待ちをしていた。その様子は夜道に光の玉が並んで揺れているようにも見えた。

 湯屋帰りの客には自分で灯りを持ち込んでいた者もおり、それぞれ闇の中へと流れていく。

 アルルも一人の灯り屋を頼み、道すがらゴーガン家の噂について尋ねてみたのだった。

 灯り屋は前だけを見て、話を続ける。

「この町で人がいなくなるって事なら、そりゃまぁ、無くもないですよ」

 アルルは口を挟まない。

「ご存知かも知れませんが、この町には二つの橋があります。一つは、下流の大きな三番橋。もう一つは、上流にある古い一番橋。昔は二番橋もあったんですがね。で、一番橋のこちら側に別の湯屋がありまして、そこの二階は女の子たちの部屋ですよ。以前にそこの主人が言ってました。つれてきた新人がよく逃げるって。まぁ、娼館から女が逃げるなんてそう珍しい事でもないですから、あんまり話題にもなりませんがね」

 灯り屋は淡々と続ける。

「ただ、七年前に一人ね。十四歳の女の子が一人いなくなりました。河で溺れたとか、悪いに連れて行かれたとか、いろんな噂がありましたが、わからずじまいでしてね」

 十四歳。ピファと同じ年だとアルルは思う。

「その子は、青瑪瑙で出来た蝶々の髪留めを持ってました。その年の春分祭でねだられて買った物ですよ。手前は夜道を照らして案内するのが仕事ですから、まぁ色んな道を通ります。その髪留めがね、東の森への入り口に落ちてたんですよ」

 石畳の道にはいったのがわかった。ピファ達と別れたあたりだ。

「あの道の先にはね、ゴーガンさんの土地しかないんです。今はご子息の狩り場になってるあの森だけなんですよ。そこに、あの噂ですからね」

 灯り屋はひとつため息をついた。強い風が立木の枝を流れて、ひょう、と鳴った。


「もしかしたらあの子は」


 夜の底の方からうめくような声だった。

「あの子は今でも、もしかしたら、あの森のどこかにいるのかなぁとね。特にこの時期にはね。思わずにはいられないんですよ」

 沈黙が落ちた。

「その話は、だれかに──」

「もちろんしましたとも。でもねぇお兄さん。その道は三叉路だから、森に行ったとは限らない。髪飾りも、目抜き通りで売ってる細工物だから、その娘のものとは限らない。だいたい、いなくなってから何日もたってましたしね。あの子の物ではないかもしれない。あの森はゴーガンさんのものだから、勝手に入って探すわけにもいかない。けいさんたちも、こんな貧乏人の訴えで町一番の金持ちを敵に回したくはない、と、こんなわけでして」

 歩みを進める度にカンテラが棒の先で左右に揺れて、鬼火のように彷徨っていた。

「いや、きっとあの子は貧乏暮らしが嫌で、どこか、下流の町へ飛び出して行ったんです。そこで、元気にやってるんです。あんな暗い森の中にはいません。いませんとも」

 灯り屋が不自然に明るく言い放ったとき、お社の広場についた。

「ああ、これはつい、つまらない話をしまって。申し訳ありませんでした。建屋の入り口まではいきますよ。どちらの方ですかい?」

 

 灯り屋は、カンテラ棒を肩に立てかけるようにすると、左手で銅貨を受け取った。灯り屋には右手が無かった。

 アルルがそれに気づいたことに、灯り屋も気づいた。

「工場の事故でね。いろいろ不便ですが、まぁそれでもこの仕事がありました。ありがたいことですよ。では、今後ともご贔屓に」

 アルルは言葉を絞り出した。

「また、よろしくお願いします」


 七年前に十四歳。生きてれば俺と同じ歳か。

 ロウソクに照らされた階段を上りながらそんな事を思う。鍵を回して、部屋の扉をあける。


「おかーえりー」


 くぐもった声がとどいた。

 一瞬どこからの声かわからずにいると、

「使い方あってるー?」

 と、また声がした。

 アルルは思わずふっと笑った。

 ああ、ベッドの中か。

「あってたよ。ばっちりだ」

「やったね」

 満足そうな声の主に向けて、アルルは応えた。

「ただいま」

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