第19歩: てどんとどん

 ばららん! てどんと、てどどん、どん。

 ばららん! てどん、てどん、

 とくでん、とろでん、とろでん、てどんとどん!


 おやしろが近づくにつれて、音の輪郭もはっきりとしてくる。町の人は慣れっこなのかこれといって気にしてないようだが、アルルの足取りは徐々に速くなっていく。

 磨き石の塀に囲まれた広場の向こうに、お社の青瓦でできた緩やかな屋根が山並みを背負っていた。

 広場の中にはそれなりに人だかりができている。音はその中から聞こえてくるようで、ときどき短いばちを持った手が人々の頭上に見え隠れしていた。


 てどんと、てどどん、てどんと、てどどん、

 とくでん、とろでん、とろでん、てどんとどん。

「さい!」

 てどとどん!


 途中に掛け声を交えつつ、演奏は熱を帯びて続いていく。

 アルルは背中で何かが動く気配を感じた。次いで、頭に二本の棒状の物が乗っかる。

 頭のすぐ上で、そろそろ聞き慣れてきた声がした。

「うっはー! アルル、これすごいよ! すごいすごい!」

「ヨゾラ、お前出てきても大丈……いって! 頭たたくな痛い!」

 どうやったのか、器用に背負い鞄からヨゾラが抜け出てきて、その上に立ち上がっていた。

「なんだろうこの音! すっごく元気になる! すごいよこれ!」

 前足でアルルの頭につかまり、太鼓の音に興奮しているのか、真似しているのか、兎に角ぽかぽかと叩いている。

 叩かれる方はたまらない。

「わかった。わかったから落ち着け、爪たてるな痛いっての!」


 突然、太鼓の音に、金属の音が重なる。


 つきーん、きんきん。つきーん、きんきん。つきーん、きんきん。


 三度繰り返すと太鼓が一斉に、


 てどんと、てどんと、てどんと、どんてくでん!


 と打って止まった。


「あれ、終わっちゃった?」

 頭上からヨゾラが訊いてくる。

「終わってくれて本当に良かったよ」

 アルルは後頭部の猫に向けて声を返した。

 人だかりがざわざわと解散していく。満足そうに拍手しているおばさんもいれば、今年の新人は良いとか悪いとかとか言ってるおじさんもいれば、ぽーっとしたまま突っ立っている子どももいた。

 人垣がほどけて、音の主が見える。

 様々な年齢の、二十人ほどの男女がずらり。全員、右肩から太鼓を斜めがけにしていて、太鼓そのものも斜めに傾いていた。

 ララカウァラやウ・ルーで使う太鼓と似てるけど、やる事がぜんぜん違うな、とアルルは思う。

 彼らに向き合って、真鍮の平たいかねをもった男が大きな身振りで指導する姿があった。


「悪くはないです。が、ちょっと音が前のめりすぎですね。もう少し体を開いて、拍と拍を大きく感じないと、ファヤ様の好みにはなりません。私は、前のめるのも嫌いじゃありませんがね」

 男はよく通る声をしていた。楽隊の面々は直立しながらも、どこか寛いだ様子で話を聞いている。

 そんな中に、数名ほど緊張した面持ちの者がいた。

 彼らが今年の新人なのかな、とアルルは思う。

 鉦をもった男は続けている。

「ヨルンは中盤で気が散りやすいから最後まで集中して。基調の所がキマれば、変化のところでもっとグッときます。ファヤ様大喜びです。気を抜かずに」

 巻き毛の少年がトロンとした目で「ふぁい」と返事をした。

 大丈夫か気ぃ抜けてるぞ、とアルルも心配になる返事だったが、鉦の男は気にせず続ける。

「ピファはちょっと丁寧すぎですね。周りに合わせようとし過ぎかもしれません。音が聞こえてから叩くと打ち遅れちゃいますよ。勇気を出して狙い打ちです。勇気です、ゆうき」

 ピファ。

 ドゥトーさんの所に来てた子かな、とアルルは思う。楽隊の中で一番背の低い、明るい金髪の女の子が、唇を引き結んで言葉に頷いていた。

「勇気だって」

 ヨゾラが覚えたての言葉に反応する。

「はい、じゃ、ちょっと休憩したらもう一回やりますよ。ラハイネさんはちょっとこちらへ」

 鉦の男が楽隊の前から外れると、楽隊の面々も楽器を降ろしてそれぞれに雑談やら確認やらで騒がしくなる。

 ヨゾラがまた、くしゃみをした。

 アルルはヨゾラを振り返る。その時遠くから微かに、ぱぁぁぁん、と音がした。

 銃の音、だ。

「今の音、昨日聞いた音だよアルル」

 鼻をスン、と鳴らしてヨゾラが嫌な事を言う。

「たしかに銃の音みたいだけど、あっちの山の方だしな。猟師でもいるんじゃないか?」

 猟師じゃなかったとしても、わざわざ探し出そうとは思わない。心なしか脇腹が疼いた気がした。

「そうかな? おんなじ音だったよ?」

「銃の音なんてみんな同じだろ。それよりも」

 とアルルはコートの内ポケットから紙を一枚取り出す。

「祭司さんを探さないと」

 誰かに尋ねようと周りを見回すと、先ほどの女の子と目が合った。

 なんとなく、ぺこりと会釈する。

 女の子も会釈を返すと、ちょっと迷う素振りを見せてからこちらへやってきた。

 さて、何の用だろうか。

「あのっ。あの、魔法使いさんですか?」

 近くで見ると、白い肌にそばかすが浮いている。そして、アルルと同じぐらいの背丈だった。

「ん、うん。よくわかるな」

「だって、猫とお話してるじゃないですか。ドゥトー先生の所にいらっしゃってましたか?」

 説明が省けた。

「そうだよ。君も、ドゥトーさんの所に来てたかな」

「はい! ピファです。初めまして!」

 目と口の大きな子だな、とアルルは思った。喋ると表情がよく動く。

「初めまして。俺はアルル。こっちは」

 後頭部を指してヨゾラを紹介しようとしたら「アルル待って!」と止められた。

 ピファが大きな瞳を見開いた。

「あたし、自分でやりたい」

 言いながらヨゾラは、鞄とアルルの肩とで四つ足に立つ。

って何?」

 アルルは意味を教えてやった。

「じゃ、初めましてピファちゃん。あたしヨゾラだよ」

 ウーウィーは「くん」づけ、ピファは「ちゃん」づけ、そんな使い分けいつ覚えたんだ? とアルルは不思議に思う。

 ピファは声をださず、顔全体で「うわぁー、うわぁー、かわいい……」と感嘆のため息をもらしていた。

 いや、声も少し出ていた。

 ヨゾラが実も蓋もない感想を漏らす。

「くち大きいね」

 途端にピファがスっ! と口を引き結んだ。

「よ、よく言われるんです。それ。弟とかも、クチお化けとか、食べられるぞ逃げろー、とか」

 口を開けないように、ボソボソと喋っている。顔が赤くなっているのがわかった。

「ヒトの事はわかんないけど、口が大きいのは良い事だよ」

 とヨゾラが言う。声が耳元でするので、アルルはなんだかくすぐったかった。

「そう、なの?」

「うん、」

「ところで」

 ヨゾラが理由を説明する前にアルルが遮る。

「このお社はどの神さまのお社なんだ?」

 ピファはきょとんとした。

「いや、祭司さんに会いたいんだけど、その前にいろいろ知っとかないと失礼かと思ってさ」

「あ、そうか。すごく遠くからいらっしゃったんでしたよね」

 そこまで遠かないけどな、と内心つぶやく。

「ここはファヤ様のお社です。ファヤ様はこのあたりの山と鉱物の神さまですよ。ええと、青色が空、黄色が金です。金は採れないんですけどね」

 ピファがハキハキと説明してくれた。

「あとは、いま練習してるのが、アーファーヤです。本当は『アウ・ファヤ』だと思うんですけど、みんなアーファーヤって言ってます」

 アウ・ファヤ、「ファヤへ捧ぐ」とかそんな意味の帝国古語リンガンチーガだ。よく勉強してる子だな、とアルルは感じる。

 ピファがひとつ質問をした。

「ええと、アルルさんは春分祭までエレスクにいるんですか?」

「ああ、春分祭まではいるよ」

「じゃ、ぜひ本番もみていってください!」

「是非そうさせてもらう。あと、ここでやっちゃいけない事とかはあるかな? 肉を食べてはいけないとか、爪を切ってはいけないとか」

「特にはないですよ。お社で悪戯するとめちゃくちゃ怒られますけど」

「それは俺も覚えがあるなぁ」

 ピファはクスクス笑った

「祭司さんって、どこでも怖いんですね」

「そうだな」

 と、アルルも笑みをこぼす。

「それで、その祭司さんはどこだろう。本殿かな」

「いえ! さっきからここに……」

 と、ピファはキョロキョロし、鉦の男を目に留めた。彼はすでに先ほどの立ち位置に戻ってきていた。

「あっ、戻らなきゃ! あの鉦の人が祭司さんです。ヨゾラちゃんまたね!」

 ピファが駆け出しながら手を振った。

「ありがとな!」

 とアルルも手を振り返す

「またねー」

 とヨゾラが前足をあげてとした。

 楽器を肩に掛け、ピファは隊列に戻った。周りの面々と一言二言話したあと、二本のばちを構えた。

 右手は順手、左手は逆手。アルルもヨゾラも知らない持ち方だった。

 祭司さんが鉦を打つ。


 つきーん、きんきん、つきーん、きんきん、つきーん、きんきん

 ばららん、どんどて、どん!

 

 太鼓の音が突風のように立ち上がるのを聞き、さてと、とアルルはきびすを返した。

「あれ、どこ行くの?」

 とヨゾラが訊いてくる。

「時間かかりそうだからな。先に仕立て屋さん」

「ん、そっちも行ってみよう!」

 ヨゾラはまた鞄に潜り込んだ。

 何をはしゃいでるんだか、とアルルは一旦お社を後にした。

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