第18歩: ヨゾラの確信
あたしは猫じゃない。
ヨゾラは確信している。例えば、ナワバリがよくわからない。
アルルが目立たない所でしろと言うので、建物の隙間に入りこんで、ちょっと行って、すっきりしたので戻ろうとしたら出くわした。
赤茶けた毛並みの、痩せた猫が身を低くしてジっとこちらを睨んでいる。
うーん。
ヨゾラは考える。
帰り道を塞がれてしまった。ちょっとそこを曲がればアルルの所なのだが。
「にゃー」
試しに鳴いてみたら、猫は前足をシュっと前に出した。飛びかかるぞ、という態度だ。
痩せてるし、細長いしでそんなに強そうには思えない。こっちも脅かしたら道を譲ってくれないだろうか。
ええと
「おあー」
赤茶け猫は動かない。アルルやドゥトーみたいに話を聞いてくれれば楽なのにな、と思った。他の猫はどんな感じだったか、とヨゾラは少ない記憶をたどって、いくつか試してみる。
「おおぅあー」
「あおー」
「うあーお」
「ふしゃあああ」
「くははははははは!」
最後のはアルルだ。
赤茶け猫が声に驚いて、こっちに走ってくる。
ヨゾラもそれに驚いて、建物の壁を駆け上がり、爪の掛かりが悪くて途中でおちた。
着地して隙間から出ると、アルルは体を折り曲げてヒクヒクしている。
「お前、お前、お前、棒読みじゃないか。本っ当に猫の鳴き声ヘタだな」
裏がえった声で言いながら、アルルはまだ笑いが止まらない。
「だってあたし猫じゃないもん!」
ヨゾラが言うとアルルは一瞬静かになり、
「あははははは! ははっ、くははははははは!」
と止まらなくなった。
ヨゾラは面倒くさくなって、降ろしっぱなしの背負い鞄へ向かった。向かう途中で、アルルの足首を前足で小突いた。靴のなめし革が、ぱふっ、と音をたてた。
あたしは猫じゃない。ヨゾラは確信している。
背負い鞄に戻ると、なんだか狭くなっていた。
細長い木の板が束になって、鞄の一角を埋めてある。これがさっきのえんぴつなんだろう。木の匂いと、少しどこかの土の匂いがする。
気が済むまで笑ったアルルが鞄のフタを閉めて、中が暗くなる。そのあと、揺れて、がちゃがちゃと音がして、持ち上げられる感覚がある。
一定のリズムでゆっさゆっさするかと思えば、話しかけられて止まり
「こんにちは。暖かくなってきましたね」
「魔法使いと連れです」
「いやー、飛ぶ魔法は、本当に疲れてしまうので、そうそうお見せするわけには」
「昼にはお騒がせしてすみません」
「こう見えても北の半島の生まれで」
「お、猫ちゃん見つかったのか。良かったな坊や」
「飾り紐はもう買っちゃったんですよ」
「はい、ドゥトーさんには午前に会いました」
「春分祭は見てから帰るつもりですよ」
さっきと似たような事をきかれては、それに答えている。
鞄の中だと退屈なので、ヨゾラは鼻先を出して
いつもと違って、視点が高いのが面白い。人の顔もいつもより低い所にある。歩かなくていいのも良かった。家とか、お店とか、人とか、馬とか。下の方に犬とか、猫とか、子どもとか。景色だけが流れている。
馬車とか船とか、ヒトがのりものに乗るときもこんな感じなんだろうか。
低く飛ぶまっ黒い鳥が二羽、ヨゾラたちを横切った。そのまま建物にぶつかると、ぽふっ、と黒い粉になる。
ちょうどその下にはお爺さんがいて「なんぞっ? ススケリでも出たか?」と顔の周りを手で
視点が高くなったことで、他にも気付いた事がある。
「アルルってさ、そんなに大きくないよね?」
返事はない。
「もしもし?」
「ほっとけ。俺が小さいんじゃない。他の連中がデカいんだ」
アルルは振り返らずに強がる。
ヨゾラからは、その髪と頬のあたりが見えた。町の人たちは、ほとんどが金色の髪の毛に白い肌をしている。黒っぽい髪の人もいるが、アルルみたいな肌の人はいなかった。
アルルの色、すきだな。
ヨゾラはそう思った。なんだか懐かしい気持ちになる。
くしゃみが出た。
「お前、妙にクシャミでてないか?」
アルルが気づいて話しかけてくる。
「うん。この町、たまに鼻がムズムズする」
「たしかに独特な
「なんだろ、ツーンとくる」
「猫が喋っとる!」
邪魔が入って、アルルは目抜き通りに入って何度目かの説明をした。つまり
「旅の魔法使いと連れの猫です」
説明の後でアルルがぼやいた。
「ドゥトーさん
あの白いトカゲの事かな、とヨゾラは思った。使い魔というのは喋るらしいから、あいつも喋るのか。
使い魔、もう少しでちゃんと思い出せそうだったのに、と残念に思う。
そろそろ目抜き通りも終わりに近づいて来た頃、低く強い音が聞こえてきた。
道の向こうから押し寄せて来るようだった。
ばららん、てどんど、てどんとどん。
そんな風にヨゾラの耳には聞こえる。
「アルル、なんか聞こえる」
「祭り太鼓かな? お社の方だ」
少しだけアルルが歩を早め、鞄は今までよりもゆっさゆっさした。
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