第16歩: この気持ちはどっちだ
「儂らの事は儂らで片づけるから、お前さん方はそろそろ、な」
結局、ヨゾラの話の後でアルルたちはドゥトーの家から出る事になった。一筆もらって、お
塩切れは治っても、体は疲れていた。
こんな時は荷物の重さが恨めしいが、夕暮れ前には残りの用事を済ませてしまいたい。
「アルル、歩くの速いよー」
足下から文句が聞こえる。
「少し急ぎたい。頑張ってくれ」
黒猫を一瞥してからそう言うと
「へーいぃ!」
とむくれた返事がきた。
ふと気が付くと、黒猫が足下にいない。
振り返ると、ドゥトーの家の方を見て足を止めていた。
「お前なにやってるんだ?」
呼びかけると、またこちらへ走ってきて並ぶ。再び歩き出す。
「ええとね、いまドゥトーが怒鳴る声が聞こえた」
「なにも聞こえなかったぞ」
「怒鳴ってたよ。『相談しなかったー!』だってさ」
「なんだそりゃ」
誰かに相談し忘れた事でもあったのだろうか、とアルルは考えたが、見当もつかないのでやめにした。
「あいつら、何だったんだろうね」
「さぁな」
言いながら、突き当たりを左に曲がる。右に行けば三番橋だ。まだ陽は高いが、あの橋を渡ったのが
「アルル」
「なんだよ」
「おこってるの?」
アルルは黒猫を見た。表情は、読み取れない。
「いや……怒っては、いない」
答えながら、ちくりと罪悪感を覚えた。またか。いや「また」なのか? この気持ちはどっちだ。
「なら、いいけど」
ヨゾラは短くこたえた。
市街地が近づいてくる。道が交差したのでふと左右を見ると、左の方に白羊夫人が見えた。
なるほど、ここに出るのか。
「アルル」
「今度はどうした?」
「あのね、アルルの鞄の中にあたしを隠して欲しいんだ」
「歩き疲れたのか?」
まったく。
「そうじゃないよ。あたしにとってもの凄くヤな奴が、あそこのお店に来てたんだ」
黒猫が白羊夫人を見ている。
「見つかりたくない」
と足をとめて黒猫が言った。思いがけず不安な様子にアルルはまた、ちくりとしたものを感じた。
これは、どっちだ。俺の気持ちか、それとも、何かこの黒猫の能力なのか。
アルルは
鞄の雨除け
「いったい何をしたんだ?」
「なんであたしが悪いみたいに訊くのさ?」
にらまれた。
「そのヤな奴の顔にも小便をひっかけたのかと思ってさ」
「そんなことしてない! ……けど、それいいね。こんど会ったらやってやろ」
皮肉は通じないんだな、とアルルは思った。見つかりたくないと言うわりに、このチビ猫は意外と好戦的だ。
黒猫用の空間ができた。
「固いものも多いから、居心地はよくないかもしれないけど」
と言うと、黒猫はするりと鞄の中に滑りこむ。
「ありがとう。借りが増えちゃった」
「まぁ、そのうち返してくれ」
悩むのは保留にしよう、と思った。
人里に降りてきた熊や、家畜を襲う狼なら迷わず退治するが、こいつはそういうのとは違う。
この黒猫が、なにか人を操るものだとして、じゃあ今日、間に合わない方が良かったのか?
あいつらに前足を切り落とされそうになっていたのが、ただの知らない猫だったら助けないのか?
それは嫌だな、と思う。そんなのを、見過ごしたいとは思わない。でなけりゃ、なんのための
アルルは黒猫に声をかけた。
「ヨゾラ」
「ん?」
「お前、勇気あるんだな」
「ゆうき?」
知らないのか。
「ええと、勇気があるってのは……」
勇敢なこと、恐れを知らないこと、強いこと、どう説明すればいいかアルルは少し考え、難しいのでざっくりまとめた。
「格好いいって事だよ」
ヨゾラは
「へへへー」
と笑って見せた。
「それならさ、アルルもウーウィーくんも勇気があったね」
「ウーウィーは、そうだな」
短剣を持った男に組み付いていったらしい。オドオドした奴だと思っていたので、アルルは話を聞いて驚いた。ウーウィーの勇気がなければ、今頃ヨゾラの前足は一本なかったはずだ。
俺は、どうかな。
よくわからない衝動に身を任せただけじゃないか、と思う。あれが勇気だったとして、はたして俺のものだったのだろうか。
いや、これも保留だ。
アルルは背負い鞄の
「また、後で」
と緩く閉じた。
閉じたあとで思い出した。白羊夫人から鹿の炙りを持ってくるのを、忘れていた。
ヨゾラも忘れてくれてるといいけど。
勝手な事を思い、アルルはまた鞄を背負った。
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