第15歩: 痛いところ見せて
ドゥトーが着くよりも、ウーウィーが塩と水を持ってくる方が早かった。
「あ、朝に作った、ゆ、湯冷ましですから、どうぞ」
と、陶器のコップと砕いた岩塩の小袋を差し出す。
アルルは何かを言おうとして、言わず、手を軽く上げた。その手が小さく震えていた。そのままカップを受け取り、塩袋から一粒とると舌で舐め、水を一気に飲んでひどくむせた。
ヨゾラは何だか信じられなかった。ついさっきまであんなに強かったのに。
むせるのが一段落すると、アルルが涙目でウーウィーに言う。
「ありがとう。助かったよ」
へたりこんだままだが、声の調子は戻っている。
「い、いえ。ぼ、僕の方こそ。ヨ、ヨゾラさんも、ありがとうございっ、ました」
途中の「いっ」は「痛い」だよね、とヨゾラは思う。少しだけ考えて、ヨゾラは口を開いた。
「ウーウィーくん、痛いところ見せて」
「え、え?」
「あたし、人の
ウーウィーがアルルを見た。顔に「ほ、ほんとですか?」と書いてあった。アルルはヨゾラをみた。「いいのか?」と書いてあった。
「いいよ」
ヨゾラは短くこたえた。アルルはウーウィーに頷くと立ち上がり、坂の下の方へ大きな声をだした。
「ドゥトーさーん! 先ほどはすみませんでした!」
そして、坂の下へそろそろと歩いていく。
ウーウィーは、ゆっくりと濃紺の上着とシャツと肌着をまくりあげる。痩せた胴体の左側、あばらのあたりが大小いくつものアザになっていた。
「しゃがんで。それか抱っこ」
ヨゾラが伸び上がっても、ウーウィーの膝まで届かないのだ。ウーウィーはどちらにするかちょっと迷って、しゃがんだ。
膝の上に飛び乗ると、ヨゾラはウーウィーの腿に後ろ足で立って、アザを舌で舐めた。
「いっ」
ウーウィーが顔をしかめる。
アザはきれいに、ならなかった。
あれ? とヨゾラは何度か試す。
「い、いっ、痛い、痛いです痛い・・・・・・!」
たまらずウーウィーは両手でヨゾラを抱えて引き剥がした。まくった服の裾が落ちる。指にぶら下げた塩袋が揺れる。
「おっかしーなー。アルルの時はうまく行ったんだけどなー」
ウーウィーに持ち上げられたまま、ヨゾラは首を傾げる。ヨゾラの胴をすっぽり包む手にも擦り傷が見えた。それも舐めてみた。
「いいい痛いですってば」
特に何も起きなかった。
「おっかしーなー」
地面に降ろされながら、なおも首を傾げる。
「アルルー、だめだったよ?」
ちょうど近くまでやってきた所へ声をかけると、アルルは「えっ」と意外そうな顔をして、ドゥトーは「ん?」と不審な顔をした。
「せ、せ先生」
ウーウィーが何かを言おうとしたのを、ドゥトーは手で制して
「まずは、中に、入らんかね」
と言った。急いで来たのか、坂だったからか、ドゥトーは少し息を切らしていた。
午前にアラモント墨の受け渡しをした部屋へ、アルル、ヨゾラ、ドゥトーが戻った。
今回はドゥトーが「よっこいせ」と長椅子に座った。ウーウィーが怪我に薬を塗ってからこちらに来る予定だからだ。
やはり魔法の薬なのだろうかとアルルは思ったが、そんな話をする雰囲気でもない。ヨゾラは暖炉の前で火を眺めている。もしかしたら、何か見えているのかもしれない。
ウーウィーが戻ると、渋い顔でドゥトーが口を開いた。
「さて、始めるかの」
白いトカゲ、ラガルトが袖から出てきて、テーブルの上でノドをひくつかせた。
「せ、せ先生……」
ウーウィーが何か言いかけると
「お前は後だ」
と静かに制する。
「まずは嬢ちゃん、何があったのか話してくれんか」
火を見ていたヨゾラが振り返る。
アルルはヨゾラを手招きした。
「こっちで話さないか」
「へーい。でも、キミたちは顔が高いから乗っけてもらうよ」
と、アルルの膝に飛び乗ってくる。そのとき爪を立てられて、アルルは軽く呻いた。
テーブルに前足をかけて顔を出し、ヨゾラは話を始める。
要領よく、とは行かないようで、本筋と関係のない部分も多かった。納屋のくだりをヨゾラが話す間、ウーウィーは必死に縮こまっていた。
話を聞きながら、アルルは考える。
白羊夫人で感じた感覚はなんだったのか。ヨゾラの居場所がわかったのは、なんだったのか。危機感、義務感、直感、そんなものがないまぜになった感覚だった。一刻も早く、ヨゾラの所へ行かなければならない、そんな焦燥感に突き動かされた。
おかげでドゥトーを店に残して、自分だけ飛び出して来てしまったのだ。謝りはしたし、代金も渡したしで一応許してはもらえたが、いくらなんでも失礼な事をしたと思う。
とっておきの「翼」まで使って全速力で駆けつけ、「糸」を六本、いや七本も同時に繰り出して三人押さえつけて、「壁」までつくって、なりふりかまわずだ。
そりゃ塩切れも起こすよな。
ドゥトーが「大胆な事をした」と言った意味がわかった気がする。ヨゾラに名前を付けてから何かがおかしいのだ。
いや、名前を付けるところからおかしいのだ。
「それで、坂の下にドゥトーがみえたの」
そこまでヨゾラが話したところで、ドゥトーは「なるほどの」と相槌で話を区切った。
「ウーウィーを助けてくれて、ありがとうな。嬢ちゃん」
とドゥトーがヨゾラにお礼を述べる。
知りたい事がわかったからなのか、予想に反してアルルは特に何も訊かれなかった。
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