第11歩: トカゲはいいのかよ
テーブルの上から何か金属の音がして、アルルが「確かに」とか言っている。
軽い足音はさくりと音をたてて家の前に止まった。トカゲの
「ピピピピピファ!」
とウーウィーの声が聞こえた。
しゃべるの苦手なくせにピピピピなんてよく言えるな、とヨゾラは思う。
「ウーウィー! 来客中だ、静かにしなさい」
とドゥトーがドア越しに注意する声が、何よりも大きい。
「ちょっと外すぞ、すまんの」
「いえ」
アルルに声をかけて、ドゥトーが部屋を出た。その背中に、何か白く光るものが張り付いていた。
ヨゾラはなんとなしに耳をそばだてる。
「あ、先生。こんにちは!」
ハキハキとした女の子の声だった。
「こんにちはピファちゃん」
と、ドゥトーが応えている。
「例のものだね? ウーウィー、できとるか?」
「は、はい!」
廊下を行く足音が遠のいて、再び女の子の声がした。
「先生、お客さん来てるんですか?」
「おう。北の半島から魔法使いさんとお連れさんがな」
「えーっ、そんなに遠くから!?」
アルルも話を聞いていたようで「そこまで遠かない」と呟いている。
ウーウィーの足音が廊下を戻ってきて、つっかえつっかえ話すのが聞こえた。
「こ、これ。こ、こ、今年は僕が作ったんだ。危険だから、き、き、気をつけて」
「ウー、私、火薬職人の娘よ? あんたよりずっと取り扱いには詳しいんだから」
「そ、そうだよね。ごめん。く、詳しい事は、中に手紙、入れといた、から……えと、じ、じゃ僕、仕事、もどるよ」
「まって! これも」
女の子の声が、ウーウィーの足音を止める。
「な、なに?」
「今年はジャムが余りそうだから、練り込んでビスケット焼いたの。ウーと先生とギデさんと、三人で食べて」
「えっ。あ、ありがとう。ありがとう。うれしいよ……」
「ん。じゃね。先生ご機嫌よう」
「ご機嫌よう。わざわざありがとうさん」
扉の閉まる音がして、三人それぞれの足音が動いた。
ジャムとビスケットってなんだろう?
そうヨゾラが思った時、遠くから、どーーん、と長く低い音が響いた。同時に部屋に戻ってきたドゥトーは一言
「お昼だの」
と、あごヒゲをしごいた。
あたしも何かもらえるかな、とヨゾラは期待する。アルルはドゥトーとお昼ごはんを食べに行くらしい。
アルルがそそくさと、コート掛けのコートをジャケットもろとも着込む。荷物を背負おうとしたら、
「それは置いておいて構わんよ」
と言われていた。ドゥトーは上着を取って来ると言って、奥の階段へ歩いていく。
その途中で左の部屋へ声をかけた。
「ちょっとお客さんとお昼に出てくるよ。ギデは午後から舟だったな、お疲れさん」
応じる短い返事が二つ。
ドゥトーの背中には小さな白いトカゲが張り付いていた。
「トカゲ、だったね」
家の前でドゥトーを待ちながら、ヨゾラは呟いた。
「トカゲ、だったな。使い魔かな」
「使い魔って……なんだっけ?」
「『もしもし』には詳しいのに、使い魔は知らないのか?」
「思い出せなかった」
アルルがまじまじとヨゾラを見る。なんでそんなふうに見るのか、ヨゾラにはわからなかった。
少しあって、アルルは続けた。
「使い魔っていうのは、魔法使いにお供する動物だよ。人の言葉を話し、自分でも魔法を使い、
「それは、『魔法を使えるあたし』みたいのが他にいるって事?」
「それは……ざっくり言えば、そうなのかなぁ。猫の使い魔を連れてる魔法使いには会った事あるぞ」
「そっかぁ……」
他にもいる。
「へへ、会ってみたいな。会えるかな」
風向きが変わった。上流からの風は微かにツンとする臭いがして、ヨゾラはくしゃみをした。
「さっきは、ありがとね」
スン、と鼻を鳴らしてヨゾラが言う。
「何がだ?」
「飲み物。熱かったのが熱くなくなった」
「ああ、あれ? 俺も子どもの頃、村のおばさんに教えてもらってさ。平たい器に入れたり、息を吹きかけたりすると早く冷めるんだよ」
「さめる?」
「熱くなくなること」
「へーぇえ! アルル、いろんな言葉知ってるよね。あたしにも教えてよ」
「お、おう。いいけどお前、充分よく喋ってるじゃないか」
「うん。しゃべるのたのしい。もっと知りたい」
がちゃり。
掛け金が外れる音がして、青いフエルトのローブを
「待たせたの」
肩には先ほどの白いトカゲがはりついて、喉をひくひくとさせている。
「では、行こうか。目抜き通りの入り口あたりに『
とドゥトーが杖を繰り出し歩き出す。ヨゾラもアルルもそれに続いた。なだらかな坂を降りながら見上げると、白トカゲの尾が陽の光を跳ね返してキラりとした。
きれいなトカゲ、とヨゾラは思う。それにしても、あいつは歩かないでいいからいいな。
先頭を歩くドゥトーが振り返り振り返りアルルに話しかけている。
「町からちょっと山の方に行くと湖があってな。季節を問わずいろんな魚が取れる。あぶった羊も良いが、燻した魚もいい。運が良ければ出してるかもしれんぞ。魚の薫製は好きかね?」
「河のも海のも大好物です。赤身の燻した奴が特に」
「あー、赤身もいいのう。昔ウ・ルーに行ったときに食ったのが格別だったわ。火を通さないのを、こう、ツルっとな。で、ウチトカをクイっとな。ツルっとして、またクイっと。はっはー。赤身を食いたくなってきた」
羊と魚。食べ物の話だ、と言うのはヨゾラにもわかったが、それ以外は知らないものばかりだ。
ヒトは、同じ食べ物をいくつもの食べ物に変えてしまう。
あれも魔法なんだろうか、とヨゾラは思う。昨日の腸詰めっていうのはしょっぱくてイマイチだったけど、さっきのお茶はおいしかった。いま向かっている所でもきっと、おいしいものが食べられるんだろう。
ウキウキとしたヨゾラの期待は、店の入口で見事に裏切られる。
「いや動物はちょっと……」
「いやいやいや、そう言わんでくれ。儂の連れだし、そこらの猫とはわけが違う」
「俺の近くに居させるし、そこらを歩き回らせたりはしないですよ。何かあってもちゃんと責任はとるから」
とアルルもドゥトーも食い下がる。
「ドゥトーさんの頼みですし、なんとかしたいのはヤマヤマなんですが、けものだけはどうしてもダメで。すみません」
ヒトの事はヒトに任せようとヨゾラは黙って見ていたが、そうこうするうちに後ろに行列も出来る。店の人も困惑している。二人ともがんばれと無言の声援を送ったものの、結局アルルが折れた。
「ヨゾラ、ごめん。しばらくこの辺で待っててくれ。なにかお前にも持って出てくるからさ」
しゃがみこんで、小声で話しかけてくる。
醒めた声でヨゾラは返した。
「わーったー」
案内されて、魔法使いどもが中に入っていく。ドゥトーの背中の白トカゲが、するっと襟からローブの中へ入るのが見えた。
列になっていた人たちもそれぞれ中に入っていき、最後に店の人がぱたんと戸をしめる。
ヨゾラは叫んだ。
「トカゲはいいのかよ!!」
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