ふたつめ。河と火薬のエレスク・ルー

いろんな人に会った日

第8歩: 三番橋

「すごいねー。あれ全部石でできてるの?」

 足下からヨゾラが問いかける。

 道の途中で数組の旅人とすれ違い、一台の馬車に追い抜かれ、すでに山陰から陽も顔を出していた。

 河を行き交う舟はいよいよ多い。

 その河を、石造りの橋が渡っていた。

「全部石、だろうな。すごいなぁ、長さどれぐらいあるんだろう」

 逆光に目を細めてアルルが言った。

 白く眩しい橋の側面を鮮やかな青と黄色の布が彩り、河面を渡る風にはためいている。

 ああそうか、もうじき春分。

「あの橋を渡れば、エレスク・ルーだ。もうちょっとだよ」

「へーい」


 近づいてみると、馬車も楽にすれ違えるほど幅広い立派な橋だった。

 たもとには石碑がある。

 橋と同じ色合いの白い石に「三番橋の礎」と彫られ、人の名前が数多く刻まれていた。

 橋の建設に携わった人の、慰霊碑のように思えた。

 アルルは石碑に向かい、頭を下げて暫し黙祷する。

「なにしてるの?」

 と声がした。欄干の上でヨゾラが首を傾げていた。

「いや、ちょっとな」

 杖を握りなおして、アルルは橋へ足を踏み入れる。ヨゾラは身を低くして下を覗き込んでいる。

「河が……下に見える……!」

「そりゃ橋だからな。落ちるなよ」

「そんなヘマしないよ」

 アルルを先導するように、ヨゾラは欄干の上をするする歩いていく。

 おととい河で溺れたのはどこのどいつだよ、と思いながらアルルも続いた。

 ヨゾラの背中越しに、ちょっとした丘や、小さな舟着き場や、ささやかな灯台も見える。

 ふいに振り返って黒猫が言った。

「蛙がいた」

「ん? いないぞ?」

 歩きながら後ろを振り返って、アルルが答える。

「いたけどなー。おととい河でみたのと同じやつ。えっと、なんだっけ? キミたちが魚捕る時に使うのって」

「網」

「ちがう。棒みたいの」

「釣り竿?」

「そうそれ。それもって座ってた」

「誰が?」

「だから蛙が」

 アルルは歩みを速めた。ヨゾラに追いついて並ぶ。

「ヨゾラお前、えるのか?」

「なにが?」

「釣り竿持った蛙」

「みえるのかって……だって、いたじゃん」

 何を言ってるんだこのヒトは、とでも言いたげな顔でヨゾラは言った。

「ええとな、ヨゾラ。お前が視たのは、たぶん『河の子』だ。普通の人には見えない『不思議なもの』の一つだよ」

「ん? ん? どういうこと?」

「つまり……視える人にはいつも見える。でも見えない人の方が多い。見えない人には触れない。でも、見える人には触れる。そういうたちの事だ」

「変なやつって事?」

「まとめが雑」

 アルルはもう少し説明する。

「普通じゃない生き物、生き物かどうかも曖昧な動物や虫、人の形をしたヒトでない者、そういうたちが世の中にはいるんだよ。お前だってそうなんだ」

「あたし? そうかなぁ、みんなあたしの事みえるみたいだよ。みえなかったら便利なのに」

 背後から、炭を積んだ荷馬車がガラガラ、ポクポクと追い抜いていく。

「そういう事じゃなくて」

 馬車に道を譲りながらアルルはなおも試みる。

「お前は猫だけど、猫ってしゃべらないんだ。だからお前は普通の猫とは違う。そういうのを『不思議なもの』って呼ぶんだ」

「んー、よくわかんないけど、あたしがあいつらと違うのは、あたしもそう思うよ。そういう、他とちょっと違う奴らがいろいろいて、キミに見えないのと見えるのがいるって事?」

 急に理解されて、アルルは言葉につまる。

「もーしもーし?」

 またよくわからない呼びかけをしてくる。

「あ、と、うん」

「今のであってた?」

「お、おう。あってた。そういうこと。お前、頭いいな」

「へへー」

 歩きながらヨゾラは得意気に顎をしゃくって見せた。器用で単純なやつ、とアルルは思う。

「そしたら、アルルもその『フシギなもの』だ」

「俺が? 何で?」

「キミはヒトだけど、ヒトってふつうは魔法を使わないでしょ?」

「あ……」

 アルルは反論したくなり、何も思いつかず、

「それもそうか」

 と頭を掻いた。ヨゾラはカラカラとわらった。

「あはは、フシギなモノどうし、仲良くしよーぜー」


 長い橋も半ばを過ぎる。風が吹く。


「へくしっ!」

 ヨゾラがくしゃみをした。

「あ、また蛙……えと、河の子いた」

「お! どこだ?」

「反対の端っこだったけど……見えないんでしょ?」

 反対の端っこに目をやるアルルにヨゾラが言った。

「見えなくても興味はある。何持ってた?」

「葉っぱ」

「なんか普通だな」

「言ってる事さっきと違くない?」

「ほっとけ。一昨日も見たって言ってただろ? そいつは何してたんだ?」

「えっと、すごくいっぱいいて、なんか騒いでた。河の水汲んで配ってる蛙とか、草持ってたたかってる蛙とか。小さい蛙が大きい蛙を投げ飛ばす所とか見たよ。すっごいの。ぽーんって」

 それを聞いて、アルルはひとつ納得がいった。

「鉄砲水が来るわけだ」

「どういうこと?」

「河の子が騒ぐと水がくるんだってさ」

 ヨゾラはちょっと黙って何かを考え、口を開いた。

「つまり、あたしが溺れたのはあいつらのせい?」

「そりゃ逆恨みだ」


 橋も終わりに近づいた辺りで、また一台の荷馬車とすれ違う。

「おはようございます」

 という御者の挨拶に

「おはようございます」

「にゃー」

 アルルとヨゾラが返す。

 御者はなぜか怪訝な顔をして、通り過ぎていった。そのあとしばらくしてから、アルルが言った。

「ヨゾラ」

「何?」

「お前、猫の鳴き声ヘタだな」




 鳴き声にウマいとかヘタとかあるのか、とヨゾラは思う。

 アルルが言うには「俺が一緒なら普通にしゃべっても大丈夫」らしいので、それはありがたかった。

 そのアルルが今、魔法使いの登録証とかいうのを金髪の男の子に見せている。

 どんな物かヨゾラは見てみたかったが、足下からでは「くるりと丸めた紙」というところまでしか分からない。


 エレスク・ルーに入るなりアルルはとある家を尋ね、その扉を叩いたのである。

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