第3歩: よろしく人間さん

「クロ」

「却下」

 却下された。


「じゃ、チビ」

「却下!」

「ネコ?」

「は!?」

「えり好みするのか……」

「そりゃ、こっちにだって好みはあってね」

 黒猫がそりかえって鼻をならす。

「じゃ自分でつければいいだろ」

 青年は頬杖をついて焚き火を棒でつつく。

「ヒトがつける決まりとなっております」

 猫のくせに不自由なこった、と青年は棒に移った火を吹き消した。

 相も変わらず尻尾を揺らし、名無しの猫がじっとこちらを見つめている。その瞳に向かって青年は次の案を口にした。

「ミドリ」

 黒猫は二度まばたきした。

「えと、なんで?」

「目の色が綺麗な緑色だ」

 これは偽らざる感想だった。

「へぇぇ! じゃ、候補ね。他には他には?」

「タマ」

「やだよ」

「有名だぞタマ」

「知らないよ。もうちょっとこう、きれいで、由来もグッと来るのがいい」

 今度は青年が鼻をならした。

「そんなこと言われてもな。初対面だぞ俺たち」

「初対面じゃないー。にかいめ」

 めんどくさいな、と青年が言いかけた時、視界の端で何かが光った。青年はふいと空をみる。

「お、お? 何か思いついた?」

 と黒猫。

「流れ星だ」

「それは……ちょっとシュミに合わないっていうか」

 猫を「流れ星」と呼ぶ趣味は青年にもない。

「名前じゃなくて、さっき空に流れ星が……ほらまた」

 黒猫が振り向くと、さらに二つの星が流れた。

「あ、ほんと!」

「今夜は多いな」

 また一つ流れた。

 また一つ、今度は三つ、また二つ。

 縦に、横に、北の夜空に、白く光る鳥が飛び回るようで、

「おー」

「おおー」

「おおおおー!」

 人と猫は揃って声をあげる。

 幾十もの星が流れて、ひときわ長い星が流れると、空はまた静かになった。

 黒猫からため息が聞こえた。

「……すごーい。すごかった……」

 そう言うと、何かを思い出したように続ける。

「そうだ。今の流星群、春先の北の空のはね、『ウミネコの流星群』って呼ばれるらしいよ」

「へぇ。よく知ってるなぁ、そんな事」

 青年は知らなかった。

「見かけによらないでしょ?」

 と猫は青年に胸を張り、目を細めて「にっ」と牙をむいた。

「でも、見たのは初めて」

 と、再び北の空へ顔を向ける。

 青年と黒猫が夜空を眺める。また星が流れないかと期待していたが、もうおしまいのようだった。焚き火がパチンと爆ぜた。


 青年は空から目をおろした。

 夜空をみる黒猫の背中は、揺らぐ光で藍にも紫にも滲んで見えた。


 青年が呟く。

「ヨゾラかなぁ?」

 黒猫は背中越しに答えた。

「うん。これは間違いなく夜空だよ。自信持ちなよ」

「ヨゾラだ。決まりだ」

「ん?」

 と猫が向き直る。

 青年はまっすぐ黒猫の目を見た。

「お前はヨゾラだ」

「あっ? あ、名前の話?」

「そうだけど。やっぱりミドリの方がいいか?」

 黒猫は小首を傾げて少し考え、「ヨゾラ、ミドリ、ミドリ、ヨゾラ」とぶつぶつ言い比べると青年をまっすぐ見返した。

「うん、ヨゾラがいい。気に入った! 今の星空が由来でしょ? いい、良い! やるじゃんキミ」

「そりゃどうも。ウミネコの流星群とやらに感謝かな」

「そうかもね。へへ、名前だ。名前だぁ。ありがとう」

 黒猫が、座り直した。

 つられて青年も座り直した。

「あたしはヨゾラ! よろしく人間さん」

「俺はアルル。よろしく黒猫さん」


 ひと仕事終えた気分でアルルは一つ深い息を吐く。さっきまでの義務感からも解放され、すっきりとした気持ちで口を開いた。


「それで、俺がなんで血まみれで倒れてたのか、なんで今はなんともないのか、お前はいったい何なのか、説明してくれるんだろうな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る