第2話


 「僕に任せて」というのが京一の口癖だ。

 子どものころは、明日の学校の準備、休日遊びにいくときの服、その日のおやつまで、私のことは何でも京一が決めて世話をしたがった。はじめのうちは「なんでもやってくれるなんて最高!」と私自身は寝転がりながらあれやこれやと好きにさせていたが、身体が成長するにつれ、当たり前のことだけど京一には干渉してほしくない出来事がすこしずつ増えていった。

 例えば生理用品を持ち歩かなくてはいけなくなったとき、いつものように翌日の学校の準備を進めていた京一がランドセルの中に見慣れぬポーチを見つけ、「これ何?」と聞いてきたことがあった。黙ってポーチをひったくるようにして奪ったあと、何と言ってよいのか分からずそっと確かめた京一の表情に、手に持っていたポーチを床へ落してしまうことになる。


 瞳は今にも蕩けそうなほど潤んでいて、口元は喜びを隠しきれず歪んでいた。


 ずっと一緒にいたはずの幼馴染が見せたはじめての表情に驚きを隠せなかった私に対し、京一はすぐにいつもの優し気な顔に戻り、動けないでいる私のために床に転がっているポーチを拾い、「ごめんね」と手に持たせてくれた。そのあと、何事もなかったかのように、いつも通り私の世話をやいた京一が隣に立つ自分の家へと帰っていくまで私は一言も言葉を発することができなかった。

 何でも京一に任せるはやめよう。これから先も触ってほしくないものや京一に気が付かれたくないことがあるかもしれない。そう思った私は翌日の朝、学校へ向かう途中、京一に「今日から学校の準備は自分でやるね」と伝えた。

 昨日のことがきっかけではあったけど、私はそれ以外にも京一に気が付いてほしいことがあったのだ。

 私だって京一に迷惑をかけずにいられるんだということを知ってほしい。いつまでも甘えてばかりの京一の妹みたいな存在じゃなくて、きちんと同い年の女の子なんだって気が付いてほしい。京一に好きになってもらえるような、そんな女の子になりたい。

 しかし、小学生だった私のそんな淡い思いはすぐに砕かれることとなる。

 

「じゃあ僕はもう何もしないけど君はそれでいいの?」

「え…」


 ぴたりと足を止めた京一が振り向いてそう言った。


「君以外の女の子の服を選んで荷物を整理して、君以外の女の子とごはんを一緒に食べたり学校に行ったりするけどそれでいいの?」

「なんで、京一」

「僕は、僕に何でも任せてくれる子が好きなんだ」


 「君はそれでいいの?」と続けられて、頷けるはずがなかった。


「よくない…」

「じゃあ君は全部僕に任せてくれる?」

「うん…」

「ちゃんと言って」

「京一に全部やってもらいたい…」


 優しい京一の、厳しい口調に声が震える。

 京一を怒らせてしまった。

 何でも言うことを聞いてくれて、いつも優しく笑いかけてくれる京一を怒らせてしまった。

 こわくて下を向いたまま京一の言葉を待ったが、急に黙ってしまって何も言ってくれない。どきどきしながら顔をあげてみる。


 京一は、またあの表情をしていた。


 口元を片手で覆って、笑い声を抑えているみたいだ。

 反対の手がゆっくり伸びてくる。

 頭の上にのせられた京一の手が何度か私の髪をなでた。

 身長はほとんどかわらないはずなのに、私はなんだか押さえつけられたみたいに動くことができなかった。


「うそだよ。僕が君以外の世話なんてするわけないでしょ。そんなにびっくりしないで。君が「もうしなくていい」なんて言うから意地悪したくなっちゃっただけなんだ。僕のこと嫌いになった?」

「…嫌いになるわけないでしょ」

「よかった!これからもずっと僕に任せてね」

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ぼくにまかせて 屋根子ねこ @yanekoneko

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