削除バス
津村葉
削除バス
何だか毎日がつまらないし、自分はダメな人間だしとにかく消えてしまいたい。
そう考えていた高校一年の夏。
私、
バス停伝説と呼ばれている伝説を。
「
私は友人である
「あっ、それ聞いたことあるよ。そんなこと聞いてどうしたの榊?」
「何でもないよ。ただ聞いてみたかっただけ」
実那の質問に私はそう答えた。
「ならいいんだけど」
実那はそう言った。
今の受け答えは不自然じゃなかっただろうか。話し終えて席に戻ってから私は思う。
今日は条件がそろう金曜日。伝説を実行するにはちょうどいい。
実那には伝説を実行することを伝えてはいない。でも、話をした時の雰囲気で伝わってしまっていないだろうか。
多分大丈夫だよね。
話を戻そう。伝説の内容はこうだ。
平日の上りの時刻表の最終の一時間後。金曜日限定で運転手以外誰も乗っていないバスが発車される。
そのバスに自宅の最寄りのバス停(二ヶ所ある場合はよく利用する方)から乗って終点まで下りずにいると自分はこの世には存在していなかったことになるというものだ。
誰が考えたのかは知らないこの伝説。今の私にはピッタリな伝説だ。
上りの最終はいつだったかな。そう思いながらスマホを制服の上着のポケットから取り出し、ギャラリーから最寄りのバス停の時刻表を撮影したものを探す。
「あった」
えっと、上りの最終は十八時四十五分。ということは十九時四十五分に存在しないバスが来るはずなのか。
もしバスが来なかった時はどうしよう。そのことについては後で考えてみても遅くはないかも。
とにかく誰にもバレないように実行しなくちゃ。
その日の夜――。
私はいつものように母が用意してくれた夕飯を食べた。夕飯は冷しゃぶだった。
その後、母が洗った食器を拭いて片付けてから私は自室に戻る。
そしてパジャマ代わりに着ているTシャツとハーフパンツを脱ぎ、出掛けるための服装に着替える。
半袖のパーカーと黒のスキニージーンズ。これなら問題ないだろう。
「そういえば終点の運賃はいくらだったかな」
そう思った私はスマホを手に取り、バス会社の社名を検索して公式サイトにアクセスしてみた。
「えっと、運賃、運賃……。あった」
運賃と書かれたところをタップしてページを開く。出発地と目的地を入力する画面が表示されたのでそこに出発地と目的地を入力して検索と書かれたところをタップした。
検索結果には五百二十円と表示されていた。
この金額を用意して家を出れば終点でもし料金を払うように言われても大丈夫なはず。
私が運賃を検索したのは伝説を試しに行くとはいえ何が起きるか分からないと思ったからである。
検索を終え、画面の右隅に表示されている時計で時刻を確認する。時刻は十九時二十分を指していた。
どこにも寄らなければ家を出るまで十五分程余裕がある。でもバス停に向かう途中、水くらいは買っておきたい。あまり時間をかけなければコンビニに寄ることもできる。
そう思った私は十九時半に家を出ることにした。
必要最低限のお金を入れた財布と愛用の携帯音楽プレイヤーとヘッドホン。その二つをボディーバッグに入れて出掛ける準備をする。
あっ、一応スマホも持っておこうかな。パーカーのポケットにでも入れておけばいいか。
スマホをパーカーのポケットに入れようとした時だった。聴き慣れた着信音が鳴り響いたので画面を確認してみる。
実那からのLINEだった。「突然だけど明日、空いてる?」と表示されていた。
返信をタップしてアプリを開く。「ゴメン、明日は予定が……。」とウソの返信をする。
返信を終えて画面の右隅に表示されている時計を見る。そろそろ家を出ないといけない時間になっていた。
スマホをパーカーのポケットにしまい、ボディーバッグを背負う。誰にもバレないように気をつけながら家を出た。
途中、家の近くのコンビニへと立ち寄ってお気に入りのミネラルウォーターと駄菓子のチョコレートを買った。
コンビニを出てすぐまた聴き慣れた着信音が鳴り響く。実那からの返信だろうと思い画面を確認するとその通りだった。「そっかー。いきなりそんなこと言いだしてごめんね。」と表示されていた。
私は表示だけでそのメッセージを確認して閉じるをタップしてから通知を消した。
スマホをパーカーのポケットにしまいなおしてバス停へと向かう。
バス停に着くと私はパーカーのポケットからスマホを取り出して時刻を確認する。
時刻は十九時四十二分だった。
あと三分でバスが来るはずなのか。そうだ、持ってきた音楽プレイヤーで音楽でも聴きながら待つか。
ボディーバッグからヘッドホンのついた携帯音楽プレイヤーを取り出して電源を入れる。
起動する間にヘッドホンを装着して準備をしておいた。
メニュー画面が現れたので音楽を選択し詳細なメニュー画面を表示する。
曲の所から適当に選んで再生を始める。
そんなことをしながら待っているとバスがやって来た。
乗車口が開き、私はそれに乗り込む。適当な席に座るとバスは発車した。
音楽を聴きながら窓の外を眺める。何だかいつもとは違う感じがしてまるで異世界にでも迷い込んだみたいだ。この時間帯だからなのかは分からないが人の姿はあまり見えない。
音楽を聴きながら揺られること数分。窓の外の景色はいつの間にか見えなくなっていた。
そのことに関して私は何も疑問を持たなかったし、怖いとも思わなかった。
それから三十分程経った頃、バスは終点へと近づいていた。
もう少しで停車というタイミングで窓の外から光が差し込んできた。光が差し込んできた後、バスの車体が急にガタガタと揺れ始める。
地震ではないな……。
*
夏のある夜。高村榊という少女は何処かへ消えてしまった。
彼女は最初からこの世には存在していないことになるはずだった。誰に聞いたってそんな子はいたかなという存在になるはずだった。
でも何故なのかは分からないが一人の少女の記憶の中には存在し続けていた。その少女の名は定明寺実那である。
「あれ、榊の消した覚えなんてないのになぁ。おかしいなぁ」
実那はスマホの中の電話帳を見ながらそうつぶやく。
「電話番号は覚えてるし、直接番号入れてかけるか」
番号を入力して発信をタップする。
三回ほど鳴らしたところで相手が受話器を取ってくれた。
「もしもし、高村です」
「もしもし、定明寺です」
次の日になっても榊からのLINEの返事がなく心配になった実那は榊の家へ電話をかけていた。
「あら、実那ちゃん。どうかしたの?」
「えっと、榊いますか?」
「榊なんて子、うちにはいないわよ」
「えっ……」
―終―
削除バス 津村葉 @Sun6
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