第22話 3章07……あの娘にまさかの彼氏登場でおれに釘刺し宣告!?
◇
翌日は水曜日。
幹はいつも通り登校して教室に入る。時刻はすでにショート・ホームルームが始まる直前の遅刻寸前である。
しかし、中学時代の幹が遅刻上等な生活であったことを考えれば奇跡に等しい。
元気よく教室の戸を開けて「みんなおっはよー!」といつも通りの挨拶を大声でするが、先日も当然女子には無視されていたが、男子たちは少なくとも返してくれていたのに、その男子たちもよそよそしい態度とぼそぼそした声で「あー……」「おう……」などの短い返礼だ。
加えてなんとなく自分が入って来るなりクラス全体の空気も重苦しくなった気がする……と幹は肌で感じ取っていた。
◇
四限までの座学授業が終わって昼休みとなるが、今日の幹は前日のように自分が教室にいてはこの空気が重苦しいままだろう、と思っていつも通り自分が作った弁当はあったが制服のポケットの中にある財布とその中身の小銭を思い浮かべるなり、初めてこの高校の購買に足を運ぶことにした。
よく漫画などでは昼休みの購買は激戦区の戦場のように描写されるが、この高校もやはりマンモス校だけあって例外ではなかった。
さすがに「ラストのカレーパンだよ!」などと言ってトングで掴んだ生身のパンを池の鯉の如く口を開けて待っている飢えた生徒たちの上に投げるおばちゃんはいないが、尋常ではない数の生徒たちが購買の前にひしめき合っている。
そしていままで幹はオアシスに浸っていたが、やはりここは工業高校であった。
購買に並んでいる生徒では男子の比率が圧倒的に多いのだ。
幹はその激戦区に突っ込んで制服が破けるぐらいは覚悟したが……意外や意外。
生徒たちは筋骨隆々なラグビー部らしき男子も、パソコン作業が得意そうなメガネくんも、先生すらも、学年関係なく順番を守ってきちんと購買に並んでいるのだ。
その上、パンの列、簡単なお弁当やおにぎりの列、食事ではなく文房具などの実用品を買いたい生徒たちの列……と。誰かが指図しているわけでもなく、各々が自主的に並んでいる。
それに飲み物は購買の横に設置してある五台ほどの自販機で買うようだ。
当然、パンなどの食事系の列は昼休みの現在大人気で、四、五列ほどのぎゅうぎゅう詰めになっているが、この道数十年のおばちゃんたちの手腕にてテキパキと捌かれ、あっという間に幹の順番が回ってきた。
定番の人気パンたちはやはり出遅れた幹のところまで来れば売り切れていた。
かといって自分の好みと外れた物を買って失敗したくはない。
でも後ろではまた多くの生徒たちが列を成して待っている……。
幹が目の前にあるパンの山が置かれたトレーの前にして焦りつつ迷っていると、
「おや、お兄ちゃん。制服のそのワッペンの色からして新入生だね?
甘いモンが嫌いじゃないなら、『クリーム揚げパン』がウチの名物だし、『チョコチップメロンパン』もオススメだよ。
女の子は『カロリーが高いから』って敬遠するんだけど、男の子ならこのぐらいのカロリー、すぐ消費するだろう?」
「あ、じゃあそれで……」
売り上手なおばちゃんの勧めるままに買ってしまった。
そのまま自販機でパック牛乳を買い、購買近くに設置してあるベンチでパンの封を切ることにする。
同時に幹は、今日のクラスの雰囲気に対して思いを巡らせていた。
別に中学時代だって幹が友人と一緒に行なっていた悪ふざけが過ぎたら、次の日には昨日までつるんでいた友人たちが幹だけを切り捨てていたこともあった。
そんな場合は大抵周囲が忘れるまで時間が解決するのを待つか、幹だけの問題でなければなんだかんで面倒見の良い舞子が間に入って、周囲が凍るような女神の薄笑いを浮かべたまま
「喧嘩は両成敗。それに悪事は連帯責任と相場が決まっているのよ!」
とばかりに両者を叱り、後腐れないようにして幹の交友関係を取り戻してくれた。
けれど進学したぐらいで舞子の性格がそうそう簡単に変わるはずがない。つまり現在、そんな舞子の介入が無いということは……。
思案しつつ、幹はおばちゃんに勧められた『クリーム揚げパン』に手を付ける。
その価格は高校生の財布にも優しく桜のワンコイン以下で買えるものだった。
見た目は半分に折ったフレンチトーストに天麩羅の衣を付けて砂糖をまぶして揚げたような、いかにもカロリーの王様のような代物。
しかし一口齧れば、体内にて脂肪を形成する油と砂糖の人類を禁断の渦に陥らせるハーモニーが口腔内に広がった。
じゅわぁっと肉汁……じゃない、衣から滲み出て来る油だと頭で理解っていても、カリカリとした砂糖の甘さがそれを強制的に飲み込ませるんだ! 豚になる元凶とは理解っていても!
そして中のカスタードクリームが、これまたこってりとしていてパンの厚みに負けずにどんどん食べ進める要因になっちまう!
幹が先ほどまで考えていた中学時代のことを思い返してへこんでいたのも忘れ、心中でおばちゃんオススメの『おかこーの名物パン』の食レポを心中でしていると、前方にて幹を見下ろしている一人の影があったが、パンのクオリティの高さに感激している幹は気付いていない。
「……おい」
「ああ……超ウメェよ、このパン。おばちゃんのオススメなだけあるなあ……」
「おい、アンタだよ。アンタ」
「はぁ……牛乳とも合うし、至高の組み合わせだなあ、こりゃあ……」
「ちっ――テメェのことだよ! いい加減気付けや吉田幹!!」
「は? ――げふぉっ!」
『クリーム揚げパン』を完食した幹が卑しくも砂糖と油塗れになった指を舐めていると、いきなり上から胸倉を掴まれ、ベンチに座っていた身体を引き起こされた。
徹彦や真一ほどに背の高い相手を幹が見上げるような形になり、幹は目を白黒とさせながら、整ってはいるが眉を顰めているので冷たくも見える黒目がちの面貌で、しかしどこか見覚えがあるようで無いような相手方の出方を窺う。
「(え? 『おかこー』の校内で、しかもこんな公衆面前でカツアゲとかするやつとかいるの?
さっきの購買でも体格良くて強面な先輩とかいたけど、みんなちゃんと順番守って並んでるぐらい、将来の就職後のためにもこの高校は生徒の指導には厳しいって話なのに……。
それにブレザーのワッペンの色、おれと一緒の緑じゃん。
じゃあ一年生だからまだ厳しく指導されてない感じで、中学時代の不良癖とかが抜けてないんだろうなぁ……)」
……ぐらいのことを考える余裕はまだあった。
相手も周囲の衆人環視の状況に気付いたらしく、
「くそっ、場所変えるぞ」
怒りを含んだ調子で言いつつ、幹の胸倉を掴んだまま購買裏の芝生を植えているひと気の無い場所へと引き摺って行った。
購買裏は芝生が植えられているとはいえ、そのすぐ五メートル後ろには学校と外を隔絶するコンクリートブロック塀がそびえ立っている。
「あー……。悪いけどさ、おれ、いまお金とか持ってないよ?
さっきのパンたちを買ったので使い切っちゃったし。
てか、おまえが同学年なのこっちはもう分かってるからさ、マジでカツアゲとか暴力振るうつもりなら本気でおれを口封じとして殺すぐらいにしなきゃ、後から学年主任と生徒指導の先生におまえの特徴を言うからさ。
いかにこの学校がマンモス高校だって言っても、今年の新入生、十三クラス約五〇〇名の中でもすぐ見つかるだろうし、おまえの処分が叱られる……ぐらいで済んだらいいねー?」
幹はこれまで喧嘩の強そうな相手に絡まれた時の口八丁にて切り抜けようとしたが、相手はそこで幹を芝生の上に投げ落とし、スニーカーの足で幹が起き上がらないように胸を踏んで固定した。
「違ぇよ。テメェ昨日、クラスメイトの園井静香に絡んだだろ。
その所為で静香は傷付いたんだ。これ以上あいつに近寄るな。
いいか、これは俺からテメェへの最初で最後の忠告だ」
自分の胸を長い脚で圧迫している相手に対し、幹はその態勢から抜け出そうとして必死に起き上がろうと必死に努力はしていたが、〝静香〟の名前が出た時点で固まった。
「なっ!? なんだよそれ! つか、おまえがおれにそんな命令をする権利でもあんのかよ!?」
「当然、ある。
俺は静香にとって世界で一番大切な男だし、俺にとっても静香がこの世界で一番大切な女だからな。
おまえが発情したサルみたいなあの『野望』とやらを掲げて、何かの間違いでこの高校のデザイン科に入れたような輩でも、この言葉の意味ぐらいは理解出来るだろ?
俺の言いたいことはそれだけだよ。じゃあな」
その男子は最後まで冷たい瞳で幹を一瞥すると脚を離し、ひとつ鼻でせせら笑って去って行った。
幹はやっと身体の自由を得るが、上半身を起こせたぐらいのその場でへたり込んだような姿勢だ。
「…………なんだったんだよ、あいつ……。まさか、マジで静香の彼氏とかなワケ……?」
購買裏に取り残された幹は困惑していて、昼休みの間中、それ以上何も考えられなかった。
県立おーかやま工業高校デザイン科 でざいんっ! 時雨秋冬 @sigureakito
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