第21話 3章06……これまで女子から被害を受けてきたおれですが、今度はおれが逆に殺人の加害者になりそうです。




 可愛いだけではなく、クラスの女子たちの濃い本性までを知ってしまった幹は疲弊しまくっていたが、まだ諦めずに次は本棟三階の図書室でも行ってみるか……と階段を上りきった時。



「――おおっ、あの子は!」



 またもクラスメイトである一人の美少女を発見した。


 その少女はおかっぱに近いボブカットヘアーで、今日もまたどこかチワワのような雰囲気を漂わせながら歩いている――園井静香だ。


 大人しいあの子なら、きっと大丈夫だろう。

 蹴ったりマジギレして殺そうとしたり顎で使ってパシろうとしたり問答無用で鋭利な物で刺してきたりはしないだろう……と幹は楽観的に考え、満面の笑みを浮かべて静香の元へ向かった。



「おーい、静香~!」

「え? ……ひ――ひぃっ!」




 何故か静香は、幹が近寄ってくると同時に「ピキン」と一瞬だけ固まった。

 だがすぐに静香の時間が動き出すと、途端に幹とは反対方向に逃げ出した。


「ええっ!? なんで逃げんの!? いまめっちゃフレンドリーに話し掛けたはずなのに!?」


 なんでも何も、全てここまでの自分の言動の所為だとは微塵も思わないのが、この男のすごいところであり、悪いところだ。



 幹は逃げる静香を追いかける。

 事務室や職員室、図書室などがある本棟と他の教室棟と繋ぐ渡り廊下の最上階である三階部分は、二階までとは違って専門棟などとは繋げておらず、露天となっている。

 あえて言うならば、本棟と教室棟を繋ぐ二階の渡り廊下のための屋根的なものとして存在しているのだ。



 小話を語るならば、前にも語ったがだだっ広い校舎内なので、専門授業のために各科の棟への移動する際に雨が降っていたりしたら、生徒たちは遠回りになろうともわざわざ一階まで降りて完全に雨が遮断された遠いところでは約三〇〇メートルもある長い渡り廊下を急いで走って移動するか、持参している傘を差しながら途中から屋根が消えている二階の渡り廊下をこれまた短い授業の中休みの間に移動するしかない。

 公立のマンモス高校は生徒が多い分、予算が集まるため設備などの面でも「安い・早い・美味い!」な食券式の食堂が完備されているし、購買でもパンやおにぎりや各社ドリンク会社の自動販売機……あまつさえパンの自動販売機も取り揃えているが、意外と弊害デメリットはこのようなところで付いて回る。

 専門科が多いので、そのために校舎が分散している……というのも考えものなのだ。



 さて、三階の渡り廊下の端まで静香を追い詰めた幹がにやりと笑った。



「さあ静香~。もう逃げ場はないぞ~。…………なーんちゃってね。一緒に購買でも行かない? ジュースでも奢るからさ!」


 厭らしい笑みは取り払って優し気に微笑み掛けるも、静香はぷるぷると震えて怯えている。


 しかしついには静香もその口を開く。



 ……けれどもその内容は、とても残酷で、悲痛なものだった。




「――そ、それ以上こっちに近寄って来ないで下さい! 来たら私、ここから飛び降りますっっ!!」




 静香が震えながら告げる内容はあまりにも悲愴なものだったので、幹もその場で硬直する。


「ええっ、DEAD or おれ!?

 おれの存在ってそんなに静香の命と同格なワケ!? そこまで近寄られたくないの!?」


 「ガーン」とショックを受けつつも、幹はその場から動かなかった。というよりもショックで動けなかった。

 その間にも静香は柵に手を掛け、幹より一歩でも遠くへ、という気持ちから向こうには道も何も続いていない柵をよじ登ろうとしていた。



「わああぁぁん! 誰かぁ……っ! 助けて下さいぃぃ……」


 柵から身体を半分乗り越えた状態で、静香が泣き叫ぶ。

 実際、いまの静香の体勢は危なっかしいことこの上ない。

 ビュウ、と一陣の強い風でも吹けば「するり」と小柄で体重も軽そうな身体がこの校舎の三階から落下しかねない。



「えええっ!? 

 ちょ、ちょっと静香、泣かないで……っていうか危ないから、とりあえずそこから降りて! こっちに戻って来て!」



 おれがここからいなくなれば静香は落ち着くのか?

 でもいまにも三階から落ちそうな静香から目を離して、一人にしておけるかよ!


 幹にとって、いまの状況は前門の虎、後門の狼。

 放課後の本棟と教室棟たちを繋ぐ渡り廊下。

 周囲には誰もいないため、どういう行動を取るのが最善なのかすらも頭が回らなかった。


 だがそこに――



「――クラスメイトの女子に何してんのよゴラァァッッ!!

 このバカ幹がァッ!!」



 文字通りに背後から飛んで来た、フライングニードロップ。

 それは冷酷無比なほどに美しいフォームにて完璧に幹の背骨を捉えていた。

 喰らった幹は渡り廊下のコンクリートに顔から沈み込み、顔をザリザリとすりおろされつつ、いきなりの背中の激痛にもんどりうった。



「え――あ、あなたは……!?」

「大丈夫? 幹の野郎に変なこととかされてないかしら、園井さん?」



 いきなりのニードロップをかました人物は、舞子だった。


 まるでお姫様のピンチに現れた『白馬の王子』よろしく、舞子は慣れた手つきでゆっくりと静香の身体をホールドしながら柵から降ろし、幹の魔手から守るように自分の後ろに庇いつつ避難させる。



「ま、待て……舞子……」


 幹が地面を尺取虫しゃくとりむしのように這って追いすがるも、舞子はただ黙ったまま幹によく見えるように拳を作った右手の親指だけを立てて、それを自分の首の前ですっと横切らせ、そのまま手首を前腕ごと「くるっ」と下に反転させるジェスチャーを取ってきた。

 それに対し、幹は瞠目して項垂れるだけだった。


 第三者にはただのあまりよろしくない意味のジェスチャーとしか思われないだろうが、舞子と付き合いの長い幼なじみ関係の幹はきちんとその意味を理解していた。

 舞子があのジェスチャーに込めているのは、『地獄に落ちろ』という本来の意味であると同時に、




 『最悪の馬鹿』・『いますぐ』・『首を吊って』・『死にさらせ』




 ……という意味合いを含んでいるのだ。



 舞子は幹を夏場に一週間放置した生ゴミでも見るかのような眼で一瞥した後、



「アンタがそこまでクズだとは思わなかったわ」



 そう一言だけ吐き捨てたのち、避難させた静香を心配しているような目つきになるとその後を追いかけて行った。



 幹のほうは

「(唾を吐きかけられなかっただけまだマシだったかな……)」

 などと考えつつ、背骨の鈍痛が治まるまでひんやりとするコンクリートの床にうずくまっていた。



 走馬灯のように、今日の放課後の一連の出来事を思い出しながら。

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