第20話 3章05……シルバーアーティストとセミプロ漫画家さんはプロ意識が高すぎてストイック過ぎた。
「……はぁ、はぁ……ひどい目に遭うところだった。とりあえずお姉様方によるリンチの危機は回避、と……」
くそう、あのロリっ子め。
いつかあの求肥みたいに白くてもっちもちなほっぺたを優しく引っ張って伸ばして、顔面をくまなくぺろぺろしてやるぜ。
幹はまたろくでもない……というより変態的な野望を、心の
『いつかやりたいDEATHノート(効果:これを誰かに知られたら自分が社会的に死ぬ)』に書き留めた。
◇
さて、現在幹の居るデザイン科棟の一階は、棟の南側に生やしている桜並木の所為もあって、基本的に薄暗い。
特に葉桜に変わりつつある今の時期は顕著だ。
夏場は逆にそれが日陰を作ってくれるので有難くもあるのだが。
一階にある教室は、金工室と木工室に物置部屋。そして各々に広い作業机が与えられた三年生専用のデザインルームである。
ともかく二階から逃げることに一心不乱だった幹が迷い込んだのは、一階の金工室だった。
コンクリート打ちっぱなしのこの部屋は、デザイン科棟の一階の廊下を挟んで北部分を丸々占領しているということもあって戸口も広く、部屋自体の天井も高く取られているので、大きな作品を制作しても搬出が容易である。
それに床もコンクリートなので汚しても後からホースの水で洗うのに楽なためペンキなどで汚すことを予想出来る作業――そして、石膏を扱い、その粉などを溶かす際に高温となったり、他にも金属系のものを曲げるために炙ったりして周囲に燃え移ることが想定されるような『火を使う作業』をするにはもってこいの場所だ。
その上、『金工室』とは名目上そういうふうにあるが、角には小さな窯があって外に通じる煙突が伸びている。
そこでは三年次になっての選択授業で生徒が制作した物と……大っぴらには言えないが、このデザイン科だけでなく他の科の先生たちの『趣味の会』で制作した物を焼いているのだ。
こんな意図で作られ、使用されている場所のため、元々暖房なども無い上に室内全体の色味が少ない。春先のいまでも寒々しい。
しかしそこには――
「おっ、白鐘じゃないか!」
今日も大量のシルバーアクセサリーと、他とは一味違う空気を全身に纏った白鐘がいた。
全身を銀で包んだこの少女は、モノクロームな色で構成されたこの部屋にとてもマッチしていた。
「おーい、白鐘ーー!! 何を作ってるん……」
幹が声を掛けて背後から覗き込もうとしたところで……
――ガッ! ドガガッ!
いきなり、何本もの『金属用目打ち』が飛んできた。
それらは幹の制服を貫通し、なお且つコンクリートの壁に縫い留めるほどの威力であった。
「――……だい? だ、いいいいやあぁぁぁ!! 白鐘ぇぇえええっっ!?」
壁に縫い留められたまま、幹は仰天する。
すると白鐘がゆっくりと、両手のピンセットと金属の誘導棒を安全な場所に置いて振り向いた。
その顔を見れば、白鐘の鼻と口には金属の粉を吸い込まないようにするための灰色のマスクをしていた。
厳重なそのマスクをずらしながら、白鐘が口を開く。
同時に鈴モチーフの髪飾りがしゃらん、と鳴る。
「危ない」
「は、ハイィ?」
いや、もうすでにキミによってかなり危ない目には遭わされてるんですが……と幹が視線で訴え掛けるが、白鐘は無視して言葉を続ける。
「シルバーの『ロウ付け』の時にいきなり背後から近づくのは、危険。
いくら『イージーロウ』だとは言っても、六百七十度もあるから。
……それとも、あえて被りたかったの?」
しゃららん、とまた首を傾げながら白鐘が六百七十度のロウの入った鍋を差し出してくる。
鍋の中身は一見普通の半透明な液体だが、おそらく頭から被りでもしたらとんでもないことになるに違いない。
『YES or イージーロウ?』
穏やかな満月を映している夜の湖面のような白鐘の瞳が、静かに揺れて幹に問うてくる。
「No! No! どっちもノオオオオオオオオオッッ!!
か、被りたくないないない!! わ、分かったからこれ取って!
お願い! もう邪魔しないからーーーーッッ!!」
幹は今度こそ半泣きで、女子相手に助けを求めた。
男の矜持? ナニソレ。
そんなのもう忘れちゃったよ……と、ひどく遠い目をして去って行った。
◇
その後も幹は校内の色々な場所でデザイン科一年生の女子を見かけた。
「――だーかーら!
このシーンは主人公のライバルが自分の身体に流れる天魔族の血に抗いつつも人間たちの英雄として生きて行くことを葛藤の末に決意して、魔族の主人公と敵対する重要な部分だから絶対に削らないってば!
はあ? 中二病の読者に受けるだけじゃなくって、アタシの贔屓キャラだから特に内面描写したいだけだろうって?
そ、そんなことは無いってば、同年代の読者受けを考慮してんの!
それにさ、デジタルアシスタント原稿の追加が来たから忙しいのもあって、あんまりこっちの直しが出来てないんだってばぁ……」
少女がスマホ片手に喧々諤々とパソコンと液晶タブレットに向かっているそこはデザイン科棟二階、職員室すぐ隣にあるパソコンルームだった。
『昨今、他の科からも漫画家デビューする子が多いからね。
ウチの科の棟にも情報技術科には規模は負けるがパソコン室があるから、予算をもぎ取って評判の良いデジタル漫画作成専用ソフトとペンタブレット、液晶ペンタブレットを導入してみたんだよ!
おかこーの生徒なら他の科でも誰でも使っていいけれど、遊びとかじゃなくてプロデビューを目指すような意識の高い生徒を優先して欲しいね!
そしてウチの高校の名前を是非世間に売ってくれたまえ!!』
……と昨年のオープンスクールの売り文句の一つとして西大戸先生が豪語していたソレを誰かと通話しつつも液タブを使用している手は休めず、大いに使用しているのは、自己紹介でもセミプロ漫画家だと語っていた
通話相手との会話内容からして、どうやら火急の用件らしい。
「――……うぐっ! う、うるさいなーっ!
国語の勉強とかはいま関係ないでしょっ! どーせアタシは推薦でしか入れなかった馬鹿女ですよーだっ!
それに台詞の漢字が間違ってても後でアタシの担当であるアンタのお父さんが直してくれるもん! は?
『ただでさえ忙しい、単身赴任中のうちのお父さんの手間を増やすんじゃない』って?
そりゃもちろん理解ってるけどさー……じゃあ今度の休みにアンタの家に一応はオッケーを貰ったプロットを起こしたネームを出来てる範囲まで持って行くからさ、暇空けといて台詞の添削してよねっ。
漫画編集者の娘で、『将来の漫画編集者志望』さん!」
どうやら加奈子は友人らしき担当編集の娘との通話を切るなり、液晶タブレットにまた「ガリガリ」とペンを走らせていた。
なので……うん、こりゃ無理だ。
いまのおれには話し掛けられない空気が漂っている。
っていうか、何を話し掛けてもあの子の耳には入らない気がするよ……。
さしもの幹も珍しく空気を読んで口を挟まず、黙って去って行ったのだった。
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