第19話 3章04……二階ではロリータライオンとゴシップ大好きガールコンビが待ち構えているので、選択肢はもう一つしかない!!




 幹は人生一番の駆け足で階段を下って二階へと着いた。背後に未来はもう追って来ていない。


 デザイン科棟の二階には二年生の個別道具置き場があるデザイン作業室や、写真室、作品展示室……そして職員室がある。

 そこの職員室前の廊下で、幹は見知った二人の姿を見つけた。



「じゃあ先生、新作のポスターの発送のほど、どうぞよろしくお願いしまーっす!」

「しっつれーしましたーっ!」



「ち、千春……と、うらら?」


 職員室から意気揚々と出て来たのは、千春とうららだった。


 うららは新品らしきデジタル一眼レフのカメラを首に下げ、千春はあの肉食獣なオーラを見事に仔猫の皮を被って隠して頭を下げていた。


 ……だがその可愛らしい仔猫も、職員室の戸をきっちり閉じて幹の顔を視野にいれるなりサッと脱ぎ捨てられた。



「チッ……。ぁんだよ吉田。この千春サマに何か用事でもあるってーの?

 千春はさっき別段課題でもない、全国規模で募集かけてるコンテスト用のポスターの応募を頼んで来たとこで、うららが出品前のそいつの写真を先生も入れて一緒に撮りたいって言うからさー、超猫被った演技してて疲れてるんだけどー?

 やーだなあ。

 次は『天才美少女アーティスト、高校進学後も勢い衰えず!』 ……とかメディアで騒がれるのかなー?

 でもこれも、この学校に入学したからにはせめて千春が推薦で蹴落とした奴等の無念の代わりと知名度アップに貢献してやらなきゃねー」



「そーそ! 先に完成したポスターを見せてもらったウチも、千春が賞を取るのはもう確実だと思って!

 だから地元新聞に騒がれる前に写真撮っておいてインタビューもして、ウチが正式に加入した報道部が月一で発刊してる『おかこー新聞』の記事にするためのネタとしてストックしておきたいから頼み込んだの!

 ホント千春ったら、ウチらデザイン科新入生には春休みのうちに出されてた明日初めて行なわれる基礎技術授業での『新提案のマグカップのエスキース下書きのプレゼンテーション』もやらなきゃいけないってのにさ、そっちの準備もとっくに終わらせるって言うんだよ~?

 しかもその案なんか五枚も用意してるとか! マジ有り得ないぐらいパワフルだし、一回でいいから頭の中覗いてみたいよね~!」



「だってそんなモン、企業相手と仕事してたら打ち合わせ時に相手が気に入らなかった場合を想定して企画やデザイン案は数点持って行くのが常識でしょ。

 こっちが練りに練った一案を説得してゴリ押しするより、『それではこちらの提案は~』で話が早くて済むし、そっちのが印象は良いわよ。


 ま、でも普通ならコンペ形式で他の広告代理店との仕事の奪い合いになるから、こっちのチームに営業担当のメンバーがいれば、相手会社クライアントの決定権限持ってる担当者の趣味嗜好の情報をリサーチし、その情報をチームで共有して、千春たちはそれになるべく準じた感じの品のデザイン案を作成するのよ。

 あくまで、チームとしての成功を目指すなら【デザイナー】は【デザイナー】の領分での仕事をすることよ。

 ……まーでも、千春がこの高校入学前にフリーランスで出向してた会社とかでは、よーくそこかしこの新米営業職の奴等に舐められることもあったから、


『アンタらよりゴーグル社の検索エンジンのほうが役に立つわよ。

 クライアントのホームページで公開してる会社情報の基礎の基礎のレベルの情報すら頭に入ってない程度のポンコツ脳味噌なら、

 千春のことを「あんな中学生のガキに仕事が任せられるのか」やら「社会を舐めてるだろ」とか言ってる前に、その頭の中のCPUとHDDをご自慢の肩書である卒業した大学に一回戻って交換と増設してもらいなさいよ』


 とか言って黙らせることもよくあったわね。

 実際、そいつらの代わりに案山子でも立たせておいてもいいぐらいの役立たずだったし」



 ああ……こういう性格でさえなければロリロリで可愛いのに。

 ていうかこのロリータ、どんな経歴の持ち主なんだ? 中学生にして企業にフリーランスのデザイナーとして出向って……単なる絵の天才少女ってだけじゃねえだろ。

 そういや舞子に見せてもらったポスターコンテストの切り抜き集スクラップでも、その都度、所属中学の名前が違ってたりして出身中学も不明なんだよな……。


 それに、うららもこのスクープとゴシップ好きさえなければ、クラスの中では珍しくおれに忌憚なく話し掛けてくれたりするいい子なのになぁ……。


 幹は先日うららの手によって自分のゴシップ記事が学年中に出回ったことを、まだじくじくと根に持っていた。



 そこに、壁に寄り掛かった千春のけだるそうな声が響く。


「……あー、職員室の中で猫被んのマジ疲れた……。ねー、椅子とか欲しいなー?」


「あ、はいはい、千春様。それなら椅子をば……」


 別に自分に言われた訳でもないのに、幹の身体は自然と動いていた。

 手近に立て掛けてあったパイプ椅子を組んで千春に差し出すと千春は椅子にふんぞり返りながら座り、


「ありがと。それと購買のイチゴみるくが飲みたいなー」

「アタシは抹茶オレがいいな~」


 当然のように言ってのけるのに続いて、さり気にうららもリクエストしている。


「はいはい。それならおれが買って来て……ってコラッ! おれはパシリか!」


 それにはさすがの幹も突っ込んだ。ノリツッコミというやつだ。

 いやだがしかし、幹の身体が女子にお願いごとをされると勝手に動いてしまうのは、『生まれ持っての仕様』というやつでもあるから仕方ない。

 幹が口答えすると、千春は面白くなさそうにして、


「えー、違うの?

 ……っていうより、千春に口答えするなんてナマイキ。

 そんなヤツには…………う、う、……うえ~~~~ん!!

 このお兄ちゃんがイジメるよ~!」



 元より甲高い声音だが、いきなり小学校中学年ぐらいの子供の声色に変えて泣き出した。

 本当の涙までうっすらと出ている演技派だ。

 するとその泣き声が届いたのか、

「子供の泣き声?」

「え、どこどこ?」

「誰よイジメてんの」……と周囲に続々とデザイン科の二、三年生たちがそれぞれ二階の各教室内から出て来て集まってくる。



 えっ、いや、先輩であるお姉さまたちに囲まれるのは嬉しいんだけど……。



「――ヒィッ! ここは戦略的撤退!」



 幹は集まる先輩の女子生徒たちを振り切り、階段を下りて逃げ去った。

 人格と同様、いま下っている階段の段の如く落ちて行く男である。



 その後ろ姿を千春が眺めてケタケタと笑う。

 千春は嘘泣きの涙を指で掬ってぺろりと舐めた。

 薄い塩味のする涙自体は本物なので、さっさと拭っておかねば頬に白い跡が残る。



「チッ、逃げやがったか。根性のないヤツ~!」


「あっはっはー。あんまりイジメちゃったら可哀想じゃない?

 つっても止めなかったウチも同罪なのかなー?

 あっはっはっはーー!!」




 幹の逃げ出した二階のフロアには、うららの空恐ろしい笑い声がどこまでも響いていた。

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