黒狼『フェンリル』の錬金術師4

「まったく、妹がとっくに死んでいたとはな……。まぁひとまず目の不自由な少女はいなかったからよしとしよう」


 イブシェードは煙草を吸いながら、黒ビールの入ったカップを片手に唸っていた。

 あの後屋敷から脱出した二人は慌ただしく荷物をまとめて街から逃走していた。もう二人共街には居ることが出来ないし、追手も来るかもしれないからだ。

 イブシェードは街外れの丘の上で、大好きな黒ビールをカップに注ぎながら小休止をしていた。


「でもイブ兄ちゃん、予想は出来ていたんでしょ?」


 ルーティスが尋ねる。


「まぁ……な」と、イブシェードは小さく洩らす。


「何となく、そんな感じがしたからな。とにかく病気の妹が居なくて良かったよ。

 ……しかしルゥ君には悪いな」


「?」


「報酬だよ、報酬。生憎持ち合わせが無いからな」


「別にいいですよ、『イブシェード・バガー少佐』」


 ルーティスの何気ない返しに、


「……知っていたのか?」


 イブシェードは面白そうに、唸る。


「……かつて『錬金術の国』アスカラナン帝国と『四つの航路を持つ島国』神聖エステリア帝国との間に起きた戦争……『イスタルバ戦役』でアスカラナン帝国所属竜騎兵の切り札にイブシェード・バガーという名前の少佐がいましたよ。今は退役して、家業の錬金術師として諸国を渡り歩いているとか」


 淀みないルーティスの言葉に、


「……懐かしいな。イスタルバ戦役はもう七年前の戦争だ」


 イブシェードは煙草から煙を吐いて、双眸を閉じて思い出に浸る。


「だがルゥ君? それだけじゃ根拠にならないよ?」


「その拳銃」と、ルーティスはイブシェードの白衣を指差す。


「次世代の武器である回転式弾倉銃『グレイプニル』を自在に扱いこなす戦士は『フェンリル』と呼ばれた少佐のはずだよ?」


『フェンリル』とは伝説に伝わる巨大な黒狼の事だ。破滅をもたらす獣として、魔法の鎖『グレイプニル』で封じ込められていると伝承に残されている。

 科学技術という名前の『グレイプニル』で縛られた錬金術師の『フェンリル』……中々示唆的だ。


「……良く知っているな」


 それを訊いたイブシェードは、満足そうに煙草を吸う。


「……懐かしいな、あの戦争では色々な仲間と出会い、死に別れた。俺自身も科学技術の発展の為に身体を人体実験に使われて……寿命が縮んだよ。

 もう、この煙草……『延命草の薬用煙草』がないと二、三日で死ぬだろうな」


「……退役して、どうして錬金術師として諸国を旅しているのですか?」


 ルーティスの問いに、


「決まっているだろう?」とイブシェードは無邪気に笑うと。


「最高級の材料と最高級の科学技術を使ってさ、出来た物はがらくた……そんな情けない未来モンを創って君たちに託したかったんじゃないんだよ」


「そっか、そうなんだ」


 ルーティスも、満面の笑顔で返した。


「おぉ、お二方。探しましたぞ!」


 不意に、粘着質の厭らしい声がかかる。


「あ、オニヘビ」


「よう、オニヘビ」


 二人が気安く呼び掛けた先には。色つき眼鏡を着けて唐草模様の風呂敷を背負ったオニヘビがいた。


「元気でしたか、相変わらず手足は長いですか!」


「手足はなげーよ、人間だからな。……どうしたんだ? 何か用か?」


 イブシェードは怪訝そうに問いかけると、


「いえいえお二方、今回はとんでもない仕事を紹介してしまい誠に申し訳ありませんぞ」


 尻尾で揉み手のような仕草をしながら、オニヘビは喋りかけてきた。


「気にすんな、良くある事だ」


「ですが、ルーティス・アブサラスト様への報酬を払えなくて困っておいででは?」


「あー……、まぁなー……」


 イブシェードはばつが悪そうに頭をかいた。


「そこでこれなどどうですかな?」


 オニヘビはにたにた笑いながら、風呂敷から金貨の山を見せつけた。


「なぁにコレ?」


 ルーティスの問いに。


「先程町長様のお屋敷からパクって来ました。大丈夫! マネーはロンダリング済みですぞ!!」


「何しとんじゃお前はよ」


 イブシェードが半眼で責める。


「だって契約違反はあちらさんですからな! これぐらいは良かれでありますぞ!

 ささ、取り放題でございますぞ!!」


 悪びれないオニヘビに。二人は深々と嘆息したのだった。

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