黒狼『フェンリル』の錬金術師3

 それから三日後にラトアの瞳は問題無く完成した。七枚の硬質硝子の調整にはルーティスも徹夜で協力した。


「本当にせっかちなお客様だな。すぐに提出してくれとはね……」


 嘆息するイブシェード。そう。二人はラトアの瞳が完成した次の日に町長から呼び出されて、取引場所である屋敷に来たのだった。前に訪れた時もそうだったが。市街地から外れたこの場所は辺りの喧騒などまるで聞こえてこない静かな場所だ。


「それだけ妹様が大事なのですよ」


「だな。

 ……それにしては調整の為に会わせてもくれないというのは困るな」


 イブシェードは大きく伸びをする。


「しかし……。いつまで待てば良いのですかね?」


 怪訝そうに、呟くルーティス。現在二人は応接室で町長を待っていた。


「さて……もうじきだと思うな」


 イブシェードは煙草を食わえてソファーに深く腰を降ろし、何かを待っているように、感じ入っていた。

 ルーティスも同じように、ソファーで待ちぼうけ。しかしその間、ルーティスは『魔力と対話する魔法』を使い続けていた。


「本当に困った取引相手だ……。指定時間より半刻も遅れている……」


 紫煙を吐きながらイブシェードは嘆息。

 しかし……根が紳士なのだろう。苛々とした仕草も無ければ怒りの罵声も出てこない。


「そう言えばイブ兄ちゃん」


「ん?」


 ルーティスに煙が当たらないように吐いていたイブシェードに、


「あ、いや別にいいです」


 質問を、引っ込めた。

 ルーティスは知っていた。ラトアの瞳を錬成するのに『鉛』や『真鍮』、『火薬』は要らない事と昨日一晩、イブシェードが何か別の物を錬成していた事を。


(……多分、僕の見立てが正しいなら。『アレ』はきっと――!)


 そう思っていた矢先、魔力が集束する気配がみられた。


『どうしたの?』


 ルーティスの問いかけに、


『……来たよ。町長様』


 風の魔力が、応えてくれた。


「どうした?」


「……どうやら町長様が来てくれたらしいです」


「良かった。これでもう一本煙草を消費しなくてすみそうだ」


 木箱から煙草を取り出そうとして。イブシェードは箱とマッチを白衣の中にしまう。


「さて。町長様をお出迎えしないとな?」


 イブシェードは立ち上がる。ルーティスも同じく、立ち上がる。


『ねっ、ねぇ。ルゥってば!』


 慌てた様子で、中の良い風の魔力があだ名で呼び掛けてくるが。


『しぃ』


 ルーティスは人差し指を口に当てて止めた。


 やがて。町長様と護衛兵が入ってきた。


「こんにちは、町長様」


 イブシェードが丁寧に挨拶をした。


「こんにちは、イブシェード・バガー様」


 町長も完成された魅力的な笑顔でご挨拶。護衛兵は相変わらず無表情だ。


「ラトアの瞳が完成したらしいですね? 早く見せていただけませんか?」


 焦ったように見える様子で、町長。やはり妹の事が心配なのだろう……。


「はい。こちらにありますよ」


 イブシェードは木箱を取り出して蓋を開いた。

 中には七枚の硬質硝子を組み合わせた眼球大の球体が入っている。その球体の硝子と硝子の間にはルーティスの精製したアバスが入れられて、光を増幅させる特殊硝子も填められている。

 これが『ラトアの瞳』、高性能の義眼だ。七色の光を組み合わせて脳内に映像として届ける事ができる。


「……確かに、間違いなくかの有名な『ラトアの瞳』ですね」


 ほぅ……とため息を吐いて、双眸を見開きながら町長様。その様子はまさしく意中の恋人を慕う乙女のものだ。


「……それでは報酬をいただけませんか?」


 イブシェードはにっこりと柔らかな笑みを浮かべた。


「えぇ、判りました。ただし――」


 彼女もにっこり微笑んで。


「大量の『鉛』で宜しいかしら?」


 合図と共に、護衛兵達が長筒を向けて来た。

 いや、それは筒ではない。フリントロック銃と呼ばれる火打金で着火するシステムの兵器、『銃』だった。

 さらに申し合わせたかの如く、屋敷全体に殺意と火薬の香りが満ちて、さらに兵士達が雪崩れ込んでくる。


「……何の真似です?」


 完全に包囲されていた。そんな剣呑な気配にも関わらず、左右をゆるゆる見ながら、イブシェードは煙草に火を点けていた。


「こんな素晴らしい錬金術道具を錬成出来る術者を自由にして他の国に手渡す訳にはいかないのですよ。

 ……もちろん優秀な貴方もよ、可愛い白魔導士さん?」


 女神のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、町長様は答えた。

 なるほど、いわゆる口封じというわけだねとルーティスは悟った。多分最初に脅し抵抗したら殺害、屈してくれれば権利を与えて飼い殺し。こうすれば大抵の人間は従ってくれるという理屈だ。最高の武器である銃の使い手、竜騎兵ドラグーンを連れてきた事からもそれが窺えた。

 と、なると。最初からラトアの瞳は軍事転用するつもりだったのだ。


「さ、ラトアの瞳をこちらに。抵抗すれば……解りますよね?」


 まるで春の到来を告げるかのような朗らかさで、手を差し出す町長様。


「おぉすみません! 遅くなりましたぞイブシェード・バガー様!!」


 刹那、声が降ってくる。落ち着いて見上げたイブシェードとルーティスの前に、オニヘビが落ちてきた。


「いやいやすみませんぞイブシェード・バガー様! 中々調査がはかどりませんで!」


 呆気にとられる町長様と護衛兵。先ほどから風の魔力が喋っていたので、ルーティスは何も驚かない。


「……首尾はどうだ、オニヘビ?」


 半眼のイブシェードは。紙巻きの刻み煙草を咥えたままオニヘビに尋ねた。


「はい、イブシェード・バガー様! 我らの調査によるとこの街の町長様には確かに妹様がいらっしゃいましたが……」


「が?」


「既にこの人が町長になる為に政略の道具に使われて他界しております!」


 ……沈黙が、辺りを支配する。


「……やっぱりそうか。

 なら――」


「なら?」


 ルーティスの問いに、イブシェードはにやりと不敵に笑う。


「ラトアの瞳は渡せんな!」


 瞬間に。目にも止まらぬ神速で白衣の左側に右手を入れて引き抜くイブシェード。そこには大人の掌にも余る大きさで、中心部に六つ程縦穴の空いた金属と組み合わせた代物だ。

 拳銃だ。それも回転弾倉と呼ばれる連射機能を持つ次世代の物だった。普通フリントロック銃は先に火薬と鉛弾を込めて、火打金で着火させて発射させるシステムだが。この次世代拳銃は火薬箱パウダー・ボックスという火薬を入れた『真鍮』製の小さな筒に『鉛』で蓋をした弾丸を込めて射出させるシステムだ。

 イブシェードは握りと銃身に『鎖の装飾』が施された拳銃を構える。

 ぱんっ、という小さな発砲音と共に。イブシェードの拳銃から弾丸が発射されて、護衛兵の眉間に吸い込まれて仰け反り崩れ落ち、もう一人も同じように、崩れた。音は一つだけしか聞こえなかったが、弾丸は二つ発射されている。つまり、イブシェードの銃を使った戦闘能力は高い。

 そして。昨日イブシェードが作っていたのは『パウダー・ボックス』だったという訳だ。


「は、早く無礼者を殺しなさい!」


 町長が叫びながら、護衛兵を盾にして逃げ出した。

 護衛兵達が立ち塞がり長筒を構えて撃つが、イブシェードは最小限の身体をかわして弾丸を回避する。

 一部始終を見渡していたルーティスだったが。自身に銃口が向けられた刹那、相手の鳩尾を踵で蹴り上げてさらに回し蹴りを仕掛けて昏倒させた。


「ほぅ、中々やるな」


 イブシェードは口笛を吹いて、感嘆を洩らす。


「……どうする? イブ兄ちゃん?」


「そりゃもちろん、答えはただ一つだけだ」


 イブシェードは最後の一人を倒して、叫ぶ。


「逃げるんだよ!」


「了解!」


 二人は一瞬の隙を突いて、脱出を図った。


 ◇◇◇


 現在屋敷の中は騒然とした雰囲気に包まれていた。ルーティスとイブシェードの両者を殺害する為に、あるいは拷問にかけて屈服させる為に、竜騎兵達が駆け回っているからだ。しかし。捕らえる事は出来ない。

 二人が恐ろしく強いからだ。


「ただの白魔導士と錬金術師だと、甘く見すぎだな」


 曲がり角に隠れながら、イブシェードは煙草を食わえて『パウダー・ボックス』を中折れ型の回転弾倉に装填する。この拳銃は銃身を中央から折って弾丸を装填する型らしい。


「さて、どう手を打ちます?」


 魔法で辺りの気配を探るルーティス。


「そうだな……。とにかくラトアの瞳は渡せんな。軍事転用なんかお兄ちゃんはご免だからな」


 イブシェードの思いは良く判るなぁとルーティスは感じた。何故ならこのラトアの瞳は目の見えない少女の為に創られたもの。軍事転用させたくないのだろう。小さな鏡を使い、死角を見張るイブシェードの横顔を見ながらひしひしとそう感じた。

 ひとまず誰も来ていないようだった。


「……このまま逃げるの?」


 ルーティスの質問に、イブシェードは「まさか」と嘆息。


「あのお姉ちゃんにはちょっと痛い目を見せてやらんとな。あのまま放っておいたらますますつけ上がりかねん」


 イブシェード姿勢を低くして、鏡をしまう。気配がいくつかこちらに走って来ていたのだ。

 二人は視線を交わし合って頷くと、ルーティスがマントを手渡した。

 イブシェードはそれを投げると、同時に飛び出した。小さな発砲音と共に弾丸が飛んで来るが、人ではなくマントだと気づき動揺が走る。イブシェードはその隙を突いて、空中で正確に狙いを定めて頭部を撃ち抜く。一撃で竜騎兵達は倒されてゆく。


「すまん、悪かったね」


 イブシェードはマントを拾ってルーティスに返した。煙草を一服。

 刹那、気流が乱れる。イブシェードが前方に、ルーティスが後方と。それぞれ別方向に跳んだ瞬間に先ほどまで自分達が居た場所を電撃と鉛弾が撃ち抜いた。

 二手に分けられたね、早く合流しないと。ルーティスが嘆息した時。

 目の前に、銃を装備した兵士達が現れた。


「竜騎兵……だね?」


 ルーティスが呟いた頃、


「……黒魔道士だな?」


 イブシェードの方にも人影が現れる。彼の方は艶の無い黒いマントを羽織った青年が立っていた。

 間髪入れずに、ルーティスに鉛弾が飛んで来る。 ルーティスは右に跳んで壁を蹴り、天井を跳ねて竜騎兵の間合いの内側に肉薄する。

 そのままルーティスは全身の筋肉を掌打に転化し、威力を極限まで強化する。一瞬で肋骨から心臓を撃ち抜く衝撃に、竜騎兵の一名が沈み。更に正確な回し蹴りがもう一人を叩きのめす。


「――このガキ!」


 兵士の一人が銃で殴り付けてくる。フリントロック銃の弱点はこれだ。火薬を込めて鉛弾を発射するシステムのこの銃は、一度撃つと弾切れを起こす。もちろんちゃんと補給部隊を用意しておくものなのだが、今補給部隊の姿は見当たらない。ルーティスはそれを見抜いて接近戦を仕掛けたのだ。


「は!」


 ルーティスは相手の軸にしている左手を手刀でさばき、全身の体重と筋力を込めた肘打ちを鳩尾にお見舞いして倒した。


「イブ兄ちゃん! 大丈夫!?」


 叫ぶルーティス。


「ん? 何とかなるさ」


 イブシェードは煙草を食わえたまま、黒魔道士に拳銃を構える。


「全てを無に、焼き尽くせ『焔の聖剣』!」


 刹那、黒魔道士の紅の衝撃波が殺到してくるが。

 ぱんっ、という小さな発砲音と共に。魔法がかき消される。


「な?! へ!?」


 黒魔道士は慌てて一歩間を置くが、イブシェードは正確に脚部を狙い撃つ。

 ぎゃああっと足を押さえて、黒魔道士は転げ回る。


「……魔法が発生するには三つの要素が必要だ。

 一つ、魔力の収束。

 二つ、魔法式の構成。

 三つ、投影させる媒体。

 この三大要素の一つである魔力の収束点を弾丸で撃ち抜いて霧散させただけだ」


 イブシェードは煙草を放して、煙を吐きながら淡々と述べる。

 魔法を創成する為に必要なのは三つ。まずは引き起こす奇跡を構成――所謂『魔法式』としてイメージさせて、適切な分量の魔力を支払う。最後に呪文、もしくは、魔法文字等の媒体を用いて世界に投影させる。

 イブシェードはその内の一つである魔力が収束する瞬間を撃ち抜いて、魔法が完成するのを破壊したのだ。


「悪いな」


 イブシェードは引き金を引いて、黒魔道士を仕留めた。


「おーいルゥ君! 帰って来れるか!」


 振り返ると、イブシェードは叫んだ。


「うーん、ちょっと無理そうだね? イブ兄ちゃん、先に行ってて!」


「よし、判った。俺が陽動しておくから捕まるなよ!」


「うん、良く判った!」


 反対方向に駆けてゆくルーティスを見送りながら、


「あれで日当十万リークはちょっと安いな。やっぱりオニヘビは破格の白魔導士を紹介してくれたもんだよ」


 ふっと笑みを洩らすイブシェード。しかし、直後にその顔が曇る。


「……しかし、こんな事になってしまって……。今回ちゃんとあの子に給料を支払えるかな?」


 ◇◇◇


 ルーティスは竜騎兵達を切り込みながら確実に戦闘不能に追い込んでゆく。相手の弾丸をかわして壁はおろか天井や物陰を利用して正確無比に一撃をお見舞いする。


「やっぱり数が多いなー。ちょっと疲れて来たよ」


 気を抜いた瞬間に、鉛弾が頬を掠めて飛んで来る。


「……先に補給部隊を潰そうかな?」


 ルーティスは対話の魔法を使い、補給部隊の位置を探索してもらう。その理由は至極簡単で、フリントロック銃は大量の火薬と鉛弾が必要だからだ。特に火薬が無ければあれはただの筒、穴の空いた鈍器だ。そして殴って銃身が歪みでもすれば真っ直ぐ弾が飛ばなくなるからさらに役立たない。

 さらに弾丸が飛んできたのを見て、急いだ方が良いなとルーティスは感じた。


「白露よ集え、迷宮を築け。彼の者達を永遠の迷いに導け」


 素早く呪文を唱えて、濃霧を発生させる。本来なら方向感覚を狂わせる魔法だが、今回はさらに霧を濃くして火薬を湿気らせる効果を付属させている。さらに銃は零から上の命中率は当てにならないからこれは良い一手である。ルーティスは濃霧を駆使して相手を仕留める。


「……あれ?」


 相手を全滅させた後。ふと、ルーティスは立ち止まる。掛けられた来客用の絵画に少々違和感を感じたのだ。半眼で絵画を右回りに回すと、歯車が動く軋みと共に。壁が左右に開いてゆく。

 隠し部屋、らしい。中は地下に続く螺旋階段だ。どこに通じているのやら……?


『ねぇルゥ』


 不意に風の魔力が話しかけてきた。


『なぁに?』


『……兵士達が来てるよ』


 なるほど、ここは不意討ちの為に兵を伏せておいたり挟み撃ちや増援に使う隠し通路らしい。


「闇よ門よ、開け。災厄の冥王が参られる」


 ルーティスは現実世界から消失する魔法を使い、異空間へ逃げた。幾分の時間を経てルーティスは現実世界へと転移する。

 もう兵士達はいなかった。多分イブシェードを仕留める為に屋敷を進軍しているのだろう。彼が陽動しておくと言ったのは先に脱出していてくれ、という意味なのだろう。

 しかし。だからといって先に脱出なんて気が引けるルーティスだった。

 やはり弾薬庫ぐらいは潰しておかないとね? そう思い先を急ぐ。


「……ん?」


 ぴたりと早足を止めるルーティス。

 そこにはもう一つの隠し扉が見えたのだった。


 ◇◇◇


「……やれやれだな」


 屋敷から中庭に脱出したイブシェードは、兵士達に囲まれ銃を突きつけられていた。


「錬金術師のイブシェード・バガー。どうか私達に協力するつもりはありませんか?」


 天使とでも形容すべき笑みで、町長様が語りかける。まったく、口調は優しいがやってる事はただの恐喝だな。天使の微笑みが泣いて謝罪を求めてきそうだよとイブシェードは胸中で嘆息した。


「あ、いや待てよ? 確か天使の翼は猛禽類の翼を描くのが多かったらしいな? 愛想良く笑って心の奥底では人を喰う……。中々的確な表現かもしれんな……」


「……? 貴方何を仰っているのですか?」


「いやいや独り言だ。気にしないでくれ」


 ひらひらと気安く手を振って、イブシェードは煙草を吹かす。


「……それで、答えは?」


 その様子に眉をひそめながら、町長様は問い詰める。既に口調は最後通蝶と言いたげな、触れれば切れてしまいかねないものだった。


「ノー、だ。町長様」


「……残念、ですわ」


 ぱちんと指を鳴らして。町長様は竜騎兵達にイブシェードの極刑を言い渡す。

 構え狙いを定めてイブシェードを銃殺しようと試みる兵士達。


「早く殺してラトアの瞳を手にしなさい」


 それを合図に、一斉火を吹くフリントロック銃。

 しかし。銃弾は意味ある動作は何一つ成さなかった。イブシェードが銃弾を全て銃身で弾き飛ばしていたからだ。

 慌てて退却しようとした兵士達。しかしイブシェードは一瞬で頭部に狙いをつけて撃ち抜いた。相手が新たなフリントロック銃を構えようとした動作よりも早く、全員仕留めるイブシェード。


「終わり、だ」


 パウダー・ボックスを排出して新しい弾丸を装填し、彼は気のない仕草で拳銃を町長様に向けた。辺りの気配を感じ取り、伏兵がいないか調べながら。


「……まだ、まだですよ!」


「いいや、もう終わりだ」


「え……?」


 刹那、図ったかのように大爆発が発生した。


「――え? え!? え?!」


 彼女は振り返り爆発した場所を見据え、双眸がみるみる驚愕と絶望に見開かれてゆく。

 何故ならそこは。弾薬庫だった場所だからだ。


「悪いね町長のお姉ちゃん。弾薬庫と一緒にフリントロック銃の図面も燃やしておいたよ」


 現れたルーティスの言葉を訊いて、さらに絶望に蚕食される町長様。


「やっぱりやってくれたか。ありがとさん」


「一人だけ脱出なんて出来ませんよ。それにこれならお仕置きにはちょうど良いですよ」


「……だな? 確かにもう、何も出来そうにはないな……」


 ちらりと町長様を見やるイブシェード。

 そこには茫然自失と両膝を付いて涎を垂らしながら狂笑を上げている町長『だった』女性がいる。多分、もう同じ立場に戻るのは不可能だろう。だって優秀な竜騎兵を殆ど失い、貴重な弾薬を保管していた弾薬庫は資料もろとも焼失。どう取りなしてもらおうとも、国に知られたら文字通り『首が飛ぶ』はずなのだから。


「……さて、行こうか」


「だね」


 イブシェードとルーティス。両者は頷き合うと、町長の屋敷を後にした。

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