第30話 勝者と敗者
最初からしてやられてしまった。
「クソッ! まさか、攻めて来ないとはな」
吾輩の目論見は外れてしまった。初手から魔王軍が攻めてくると見込んでいたのだが、そうはいかない様子。
相手の大将もこちらが援軍を待っている可能性を考慮している。と、いう事を理解しているはずなのに攻めて来ない。貴重な一日を使わずに準備と兵への休息に使ったのだ。
それを理解したときにはもう遅い。吾輩が自ら、兵たちに三人一組で休憩をするように言った。
だが、こちらには志願兵も多い。
つまり、それだけ戦争慣れしていない兵士がいるという事。
休息を命じても布陣している魔王軍を見て、休憩する事も出来ないだろう。
相手の大将はこちらの兵の疲労を狙って貴重な一日を使ったのだ。
「思ったよりも頭が切れる相手だ。厄介だな」
それに、驚いたことにあのクリス=オールディスが。
吾輩の所に来た。それを騎士が行く手を阻んだ。
「何事だ!」
「それ以上、進むな! 止まれ」
騎士は剣を抜いて、俺の首に添えてくる。
「良い。その者は先の英雄。何がしか用があるのだろう」
「はっ! 畏まりました」
「総指揮官殿が言うのならば……」
首に添えられていた剣を納刀する騎士。
「クリス殿よ。何事か?」
「総指揮官殿。……援軍はいつ来る予定なのですか?」
余りの事に驚いてしまった。
「……それは、自分で考えた答えか?」
「はい、可能性が高い作戦がそうかと思いまして……」
まさか、ただの力ある者だけだと思っていたが、頭も多少回るようだ。これは計算外だった。
だが、ここまで言われて何も答えないのでは、クリス=オールディスも気になって戦いに集中できないだろう。
「そうか……。では、誰にもこの事を言うなよ。言った場合、英雄だとしても打ち首にする。良いな?」
「はっ、承知しました」
小さな声でジェイクさんは答えた。
「……五日だ」
「い、五日ですか」
そう聴いたクリス=オールディスは開いた口が塞がらない様だった。それもそうだろう。頼みの希望がまだ、五日も掛かるというのだから。
「これを知ったからには、奮戦して貰わなければならないぞ。クリス殿」
「……承知しました」
苦虫を嚙み潰したような顔をするクリス=オールディス。知らなかった方が存分に戦えたかもしれないな。
だが、知ってしまったからには奮戦してもらうしかあるまい。
そして、次の日。クリス=オールディスは奮戦してくれた。
攻城塔を一台倒し、多くの魔王軍兵士を討ち取ったのだ。
随時、報告をしてくる伝令からクリス=オールディスについての情報が入ってくる。
それに、我が兵も攻城塔を一台燃やすことに成功したようだ。
「これでいい。だが、攻城塔を二台しか使ってこないということは、相手もまだ一当てして様子見という算段なのだろう」
見えない大将。初日はやられたが、第一波はこちらの勝ちだ。
これで、戦いは半々と言った所か。
そして考える。相手は先ほどでクリス=オールディスを脅威とみなすだろう。
あれは言わば、爆弾だ。あれを止めねば、魔王軍兵士はかなりの被害を被る事になる。
と、なれば全力で止めに来るだろう。
こちらは守れば良い。だが、相手は攻め落とさないといけないのだ。その差がじわじわと響いてくる。
ならばクリス=オールディスを囮にするのが一番、我が軍にとって利益になる。
「クリス=オールディスを呼べ!」
部屋の騎士にそう告げると、兵は「承知しました」と言って、出て行った。
「失礼します!」
クリス=オールディスが着いたようだ。
「急に呼んで悪かったな」
しかめっ面をしている。なんとなく予想が付いているのだろう。援軍が来ることを理解していたのだ。なにがしかの命令を受けると理解していたのだろう。
「いえ、なにか御用でしょうか?」
「うむ。なに、話を聴いたぞ。攻城塔を二つ破壊したそうじゃないか。大したものだ」
「ありがとうございます。皆が守ってくれたからこそ出来た戦果です」
「そうかそうか! クリス殿は殊勝なことだ」
本当にな。あの戦果を自慢する事なく、皆の成果というのだからな。これが、英雄か。
「本当の事ですので。で、何か問題が?」
「なに、クリス殿にやって欲しい事があるのだ」
では、遠慮なく言わせてもらおう。
「その、やって欲しい事とは……?」
「簡単な事だ。的だ《・》」
「ま、
「
そう聴いたクリス=オールディスは、呆然としていた。それもそうだろう。あのカタパルトの的になれというのだ。誰だってやりたくはないだろう。
しかし、相手の次に取ってくる行動は、壁をカタパルトで破壊するのではなく。
壁上の敵を狙って戦力を潰してくることだろう。
クリス=オールディスも見えないところから魔法は打てない。ならば、壁上に向けてカタパルトで狙うと思われる。いや、そう考えるに違いない。相手が馬鹿でないなら、そういう思惑に行き着くはずだ。
クリス=オールディスが退出して、第二波が来た。
ちゃんと、カタパルトの的として機能しているようだ。おかげでこちらの被害は軽微。
カタパルトのない。ただの籠城戦となったわけだ。
こうなれば、守る側が有利なのは必然。
相手も不審に思うだろう。何故、ここで切り札をこのような形で出してくるのか、と。
だが、相手は乗るしかない。止めるためにはな。
「ククッ頑張ってくれよ英雄殿」
このまま、クリス=オールディスにはカタパルトの的になり続けてもらおうではないか。
三日目も変わらず籠城戦だ。相も変わらず戦況は停滞中。
「よしよし」
思惑通りに進んでいる。このまま待てば援軍が来る。だが、攻城塔がまだ来ていない。
それが、少し気になる所だ。
四日目だ。相手は大攻勢をかけるつもりのようだ。
相手も時間が無い事を理解したのだろう。
攻城塔も全て導入して、全力で攻めて来る。
最初は有利に事を運んでいた。
しかし、二台の攻城塔を破壊したのだが、最後の攻城塔に橋を架けられた。
クリス=オールディスはカタパルトの的になり続けていて、動けない。油も尽きた。
と、なればここは兵士を信じるしかない。
だが、多くの雲梯と攻城塔から来る兵士の対応でじわじわと左の一角を占拠されてしまった。
「マズイ! 出るぞ! 皆の者!」
戦局が傾いて来た。ここは吾輩自ら出て、士気を上げるしかない。
「副官は残れ。分かったな」
「はい! ご武運を」
副官を残して、戦場に出る。
「どおりゃあああああああ! 総指揮官ジェイク=ヴェッセルが来たぞ! 皆の者! 魔王軍を追い返すのだ!」
敵を斬り倒しながら、大きな声で叫んだ。
味方は雄たけびを上げ、士気を上げて外壁の魔王軍を追い返し始めた。
思惑は上手くいった。だが、これからどうなるかは分からない。兵士を信じるしかない。
だが無情にも門が破られ、壁上の一角も奪い取られていく。
今はまだ魔法部隊が門で敵を討ち取っているが、それもどこまで続くか。
魔王軍兵士は死をものともせずに攻め込んでくる。
そして、屍の山で壁を作ったのだ。
まさに魔王軍らしき、恐ろしき戦法だ。考えても誰も実行しようとは思わないだろう作戦だ。
それを信じて、攻める魔王軍兵士も恐ろしい。
そして、門の左側の兵士が壁上の兵士と門から来る魔王軍兵士の挟み撃ちに合って、潰されていった。
致命的な一撃だ。まさか、ここで落ちるのか……。と、思われた所でクリス=オールディスが門に下りてきた。
そして、門に迫る魔王軍兵士を圧倒的な魔法と剣で吹き飛ばした。
その猛攻に魔王軍兵士も足を止めた。
しかし、ここで大将が出てきた。四魔将が一、タータルハードだ。
相手はクリス=オールディスを自分に狙いに定めて、その間にカタパルトで壁上を一掃すれば良いと、出てきたのだ。
そうすれば、自分が討ち取られても砦を落とせると信じて。
だが、それはこちらも同じ。討ち取ったならば相手は士気が落ちる。
タータルハードは時間を稼げばいい。こちらは早く討ち取らなければいけない。
籠城戦をしていたはずなのに、なぜか逆転していた。
そして、クリス=オールディスはタータルハードを見事討ち取った。
それはこの戦争の決定打となった。
早々に討伐した事で、こちらの被害も出たがそこまで出てはいない。
我々はこの戦争に勝ったのだ。タータルハードに戦略的に負けてしまったが、クリス=オールディスの個の力で勝った。戦争には勝ったが、吾輩はタータルハードに負けたのだ。それが心残りだった。
転生者は時を遡り世界を救う 鈴木 淳 @purini-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。転生者は時を遡り世界を救うの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます